6/ 告死の黄炎 6

 シュガーポット地区。ゴミが散らばったその通りに、グリフィンは戻ってきていた。手には内部にフィア片石が収まった、四型通信機がある。紺白の長外衣の裾は汚い石畳の上で躊躇いがちに揺れていた。


「やっぱり一緒に行こうか?」


 シャノは気遣わしげに隣に立つグリフィンを見た。銅色の仮面は躊躇いがちに首を振った。


「いや……やはり、二人で話したい。すまないな」

「グリフィンがそれで良いなら、わたしは構わないよ。先に戻ってるから、夕飯までには帰っておいでね」

「そうだな。遅くなると、奴に嫌味を言われる」

「そうそう、ジャックの機嫌を損ねるとデザートなしになるよ? 食事は出来立てが一番美味しいんだからさ」

「夕食に簡易食インスタントを出す君に言われると、説得力がある」

「……グリフィン、根に持ってるね?」

「いいや。ローマに入ってはローマに従えwhen in Rome, do as the Romans doというからな」

 

 少し緊張が解けた様子で、グリフィンは店の入り口を見た。『フロッグズネスト』の看板を下げた、違法機械修理店。汚れたショーケースでは値札のついた機械が並んでいる。ゆっくりと、店の扉を紺白の長外衣がくぐった。


 店のカウンターには二人が出て行った時と同じように、店主のエイデン・マッカイが居た。エイデンはグリフィンに気づくと、顔を向けた。


「お、戻ったか。君ら、二人とも飛び出していくモンだから驚いたぜ。あんな中古品、大した値段もしねエし、別に……」

「……エイデン」


 グリフィンは静かに呟いた。エイデンはグリフィンが持つ四号通信機を見た。それから気まずそうに頭を掻いた。


「アー……取り戻してくれたのか」

「中を検めた。……エイデン。何故、秘術<フィア>を売っている」


 割れた通信機の中からは、淡い緑色の輝きが漏れている。彼ら二人にとって何よりも馴染み深い、フィアの緑色だ。


「……グリフィン、それは……」

「この通信機の他にも売っているものがあるだろう」


 グリフィンは銅色の仮面の奥から静かに声を出す。


「……例えば、秘術製の武器」


 ロイス・キールが使っていた大型銃器は、人狼事件最後の夜に、彼と共に姿を消した。最初は気のせいだと思った。検知機で確認したわけでもないし、あの時は急いでいた。だが、あの場に残っていた粒子の残留はやはり――。


「フィア片石をエネルギー源とする銃ならば、金属の銃弾は要らない……つまり証拠が残らない。さぞ、買い手には困らないだろう」

「……グリフィン」

「君は、理解しているはずだ。私の秘術<フィア>はまだ、開発途中の技術だ。制御理論も未完成で、汎用性があるとも言えない。それを……」

「グリフィン!」


 声を荒げたエイデンに、グリフィンは黙った。機械の唸る音だけが響く静寂の後、エイデンはきまり悪く口を開いた。


「なあ。……忘れてくれ、ってワケにはいかねえよなァ……」


 都合の良い答えを望むようにグリフィンを見る。だが望む言葉は返ってこない。グリフィンは無言で彼を見つめた。エイデンは深い溜め息を吐き、それから机の上の書類を掻き分けた。


 紙の束で埋もれていた箇所に、小さなくぼみがあった。くぼみの蓋を開くと中からボタンが現れた。エイデンがそれを押すと、金属が噛みあう小さな音がした。

 ……ゴウン。床下から大きな歯車が動く気配。やがてカウンターの壁や机がゆっくりと開いた。その中には特殊な形をした銃器がずらりと並んでいた。


 拳銃。長銃。散弾銃。ショットガン。

 様々な用途を思わせる武器の側面のモールドは、淡い緑色に輝いている。フィアの色に。整然と陳列された違法銃器に、グリフィンはなんと言葉を抱けばいいのか解らなかった。


「誰に売っている」

死体漁りの犬ブラックドッグ赤い荷馬車カッロ・ロッソ……他にも、幾つか……」


 どちらも大きな組織だ。裏の情勢に疎いグリフィンでも、さぞや安定した収入源になっているのだろうと察することが出来た。


「だけど、信じてくれ。あいつらに解析されるような作りにはしてねエよ」

「これを、君が売り込んだのか」

「違う、あっちから嗅ぎつけてきたんだ、あのウル・コネリーが……『アンタの技術はもっと役立てられる』って……。その前は君との約束通り、自分で使うだけだったんだ。工事現場の大岩を、代わりに出張して秘術製の機械で壊してやったり……」


 話ながら、エイデンの顔は徐々に項垂れていった。


「……グリフィン。まあ、いつかは……謝ろうと思ってた。こんなに早く……」


 その時、はっとエイデンが立ち上がった。


「グリフィン! 入口から離れろ!」


 エイデンがカウンターの下に伏せた瞬間、入口のショーケースが粉々に吹き飛んだ。展示品の映像機テレビジョン演算機コンピューターががらがらと床に落ちた。


 ぬうと、崩れた機械の影から大きな影が姿を表した。硝子から身を庇い、姿勢を低くしていたグリフィンは咄嗟に術杖を向けて警戒した。だが相手の動きは熟練していた。次の瞬間、グリフィンは店の壁へと抑えつけられていた。


「ぐ……っ!」

「バレたな、くそっ!」


 太い指がグリフィンの喉を締め上げる。苦しげに呻きながら、グリフィンは相手を見上げた。ニメートルを超える逞しい体格。冷たく鋭い目つきに、頬には大きな傷がある。

 そこに居たのは、死体漁りの犬ブラックドッグの一人、ギブ・バイロンだった。


「居るな、マッカイ。大人しくついて来い」


 裏口の扉を掴んでいたエイデンは、一瞬躊躇った表情を見せた。バイロンの腕には締め上げられたグリフィンが居た。エイデンは歯を食いしばり、扉の鍵を開けた。


「……グリフィン! 後で謝る。絶対に謝るから、生きて会いに来い!」


 エイデンはグリフィンを残し、一人、店の外へと飛び出した。グリフィンはせめてもの抵抗に、ポケットの中の秘術通話機を掴んだ。


「……っ、シャノン……っ!」

「静かにしろ。次に一言でも口を開けば、その隠れた顔をトマト缶に変えてやる」


 グリフィンは手の感覚を頼りに、使い慣れた連絡番号を押そうと足掻いた。だが、その仮面にぴたりとバイロンの拳が当てられた。服の上からでも、その肩と腕が隆々たる筋肉に覆われているのが見て取れた。バイロンがその気になれば、一撃でグリフィンの頭部を粉砕することが出来るだろう。


 ……長い時間が経った。グリフィンの喉を締めるバイロンの手が、少し緩んだ。開放されたグリフィンは膝をつき、大きく咳き込んだ。


「ぐ……っ、この店に何の用だ……。店主の口封じに来たのか……?」

「そうかもな。だが、貴様には関係がないことだ」


 バイロンは無様な様子のグリフィンを鼻で笑った。


「フン、昼間から見覚えのある客が居るとはな。おかげで逃げられた。もういい、貴様には用がないからな。さっさとどこかへ行け」

「……待て」

「何?」


 荒れたフロッグズネストから立ち去ろうとしたバイロンは、眉をひそめて聞き返した。グリフィンは覚悟を決め、言葉を続けた。


「エイデンの代わりに、私を連れて行け。……御前のボスに聞きたいことがある」

「成程。確かに何の土産もなしというのは私の評価にも関わる。……だが条件がある。今すぐ、一人で来ることだ。あの探偵も、殺人鬼も呼ぶな」

「……応じられると思うか? 御前たちのような犯罪連中の巣に、ノコノコと一人で赴くと?」

「応じた方が得策だ。今返事をすれば、少しはウルに取り計らってやる。私にも得があるからな」


 バイロンは動じる様子なく、グリフィンを見下ろした。グリフィンは……逡巡し、それから頷いた。バイロンは携帯電話セルフォンを取り出すと、どこかに電話をかけた。幾つか会話を交わすと、やがて再びグリフィンの方を見た。


「連いて来い、了承は取れた。死体漁りの犬ブラックドッグ、ウル・コネリーが貴様と話したいと言っている」


  ◆ ◆ ◆


 風を纏う黒犬の看板の下、地下の石造りの壁は冷ややかに、来訪者を迎える。それは訪れる者を飲み込むように、それは踏み入る者を舐め尽くすように。

 昼の酒場ブラックドッグに人気はない。開店前の店内は暗く、湿った木の匂いがする。ここを訪れるのは三度目だ。こうして半ば脅される形も、二度目。


 店のカウンターには、一人の男が居た。派手なスカーフを巻き、端正な顔立ちににやついた笑みを浮かべるのは、この酒場の主。そして闇組織、死体漁りの犬ブラックドッグの首魁、ウル・コネリーだ。


「ヒヒヒ、ようこそグリフィン。アンタ一人をここに招くのは初めてだな」

「…………」

「緊張しているかい? 安心しなよ、殺したりしないさ。そんなことをすればアンタの同居人のご機嫌を損ねるだろうからね。ああ、ありがとうギブ。頼んでから二十分。いつも通り迅速な仕事ぶりだ。オマエはいつもオレの信頼に応えてくれる。ま、今回はちょっと連れてくる相手が違ったが。これはこれで価値がある」


 労いの言葉をかけるコネリーの傍らに、バイロンは澄ました顔で番犬のごとく立っている。


「ありがとうございます。この所の時間外労働分は、次の報奨に上乗せしておいて頂ければ」

「ヒヒヒ、解っているとも。正当な報酬を払うのは良い雇い主の条件だからな」


 ニヤニヤと笑うコネリーをグリフィンは睨んだ。用意された椅子は木製で、丁寧な装飾が施されている。この場で抵抗しようものなら、グリフィンが立ち上がる前にたちまちバイロンの拳が飛んで来るだろう。


「それで、涙ぐましくも盟友エイデン・マッカイの代わりにその身を差し出したアンタ! テムシティの情報網を支配するこのオレに、一体何の用かな?」

「……尋ねたいことがある。フロッグズネストから違法銃器を購入していたな? 通常の品ではない、特殊な銃器を」


 通常、正規銃器と違法銃器の違いというのは国に登録された管理番号の有無だ。違法銃器は純正品と比べて粗悪で精度や頑丈さに劣るが、管理番号の刻印がなく、所有者や購入ルートを辿るのが困難になる。犯罪組織にとっては都合の良い品だ。


「ロイス・キールに違法銃を購入させたのも、御前だろう」

「半分ハズレ。アイツの使った死体漁りの犬ブラックドッグの書類はホンモノだが、オレの部下から盗んだものでキールに正式に発行したモノじゃあない。だが、アイツが違法銃の存在を知っていたのは、オレの下で働いていたからだろうな」

「御前たちは、買った違法武器を一体何に使っている?」

「ヒヒヒ、おかしなことを言う。そりゃあ、誰もが想像する通りしかないだろう?」

「……だが。御前が使ったあの魔術施品はエイデンの売ったものではない。彼の売っている秘術銃は、フィアのエネルギーをそのまま弾丸代わりに射出するものだ」


 コネリーによって複合秘製術<クラフティア・アーツ>と名付けられたその技術は、先日の人狼事件の際、グリフィンも目にしている。使用されたのは、遺変<オルト>を一時的に拘束する術陣のデータだった。エイデンの武器はそのようなものを使う複雑な機構をしていなかった。……ならば、あの拘束術式のデータを一体どこから得たのか?


「ウル・コネリー。御前はあの拘束術式をどこで手に入れた。それとも、エイデンの技術を横流しし、どこかで研究させているのか?」

「成程、成程。アンタの言いたいことは解った。そうだなァ、それには少し答えてやろう」


 意外にもコネリーにしては気前の良い返事だった。常ならば、何事も曖昧にはぐらかし、場合によっては息を吐くように噓で人を翻弄するのがウル・コネリーという男だ。グリフィンは何か裏があるのではないかと警戒をしながらも、コネリーを見る。


 コネリーは少し思案して、口を開いた。


「ただ、アンタには情報が足りないな。まずは別の話からしよう。……アンタたち、ウォルトン新聞社の記者と騒ぎを起こしただろ?」


 ――何故その話を? グリフィンの探るような雰囲気に、コネリーは楽しげに口の端を上げた。


「どうしてもう知っているかって? 通りでウォルトンの記者と追いかけっこなんてすれば、すぐにオレの耳に入るさ。そもそも、その件でフロッグズネストを訪ねたわけだが。……で、これがトラブルの元になったブツってワケだ」


 コネリーは小さな機械をテーブルに置いた。バイロンがグリフィンから取り上げた四型通信機だ。コネリーが蓋を外すと、割れた機体の中からは淡い緑色の光を纏う欠片が転がりでた。


「綺麗な緑だな、精製の質が良い」

「……精製品質が解るのか」

「ヒヒヒ、そりゃあこのオレだからね。……これのことを、フライブレス蝶のはばたき、とオレたちは呼んでいた。アンタは秘術<フィア>と呼んでいるな」

「フライブレス?」

「蝶のはばたきのように静かに、大きな結果バタフライエフェクトを出すって意味さ。……以前にも言った通り、オレが使った魔術施品はフライブレス……アンタの言うところの秘術<フィア>の術陣データをベースに、魔女ドロシー・フォーサイスに魔術的な外装を施させた品だが。……安心しなよ、アレはフロッグズネストから得たものじゃない。別の……闇のルートで出回ってるモノだよ」


 グリフィンは僅かに安堵した。エイデンがグリフィンに隠れて秘術<フィア>の重要な秘密を売りさばいているわけではなかった。あくまでエイデンが売っていたのは精製したフィアを電気やガソリンのような燃料のように爆発させるだけの技術だ。


 だが、新たな問題もある。そんな詳細な情報が、グリフィンの預かり知らぬ所で広まっているということだ。実際の問題としてはこちらの方が大きかった。


「渋い顔だなァ! 新しい技術。役に立つ学問! 石。炎。金属。薬。機械。信仰。芸術。……人間は何かを知ると、真っ先に悪用を考える。ヒヒヒ、世の常だな」

「何故、エイデンとも無関係の闇社会で秘術<フィア>が流通している。以前見た所、御前の使った術陣も、まだまだ構成の質が低い。だが、例え粗悪品だとしても、そう簡単に模倣出来るはずがない。秘術<フィア>の知識は限られた者しか知らない」

「そう。例えばアンタとか、仮面の女だとか?」

「…………。あの女、か」


 銀色の仮面に銀色の腕の女。ネクロクロウと名乗り、遺変<オルト>と関わりを匂わせるあの仮面の女が操っていたのは、秘術<フィア>だ。精製純度の低い黄色の光だったが、グリフィンがその輝きを見間違えることはない。あの秘術<フィア>の出処もまた、現状では謎めいている。だが――ネクロクロウは呼んだ。『グリフィン』と。逃げ去る時に間違いなく彼の名を口にした。何故仮面の女がその名を知っていたのか――。


「ヒヒヒ! オレを利用したあの女と、アンタがどういう関係なのか……それは聞かないでおいてやるよ。今はな」

「……一つ言っておくと、私はあの仮面女と面識はない。御前は何か情報を掴んでいるのか」

「ンー、ま、ある程度はな」


 意味深にじらすコネリーをグリフィンは仮面の奥から睨んだ。


「教えろ。誰が秘術<フィア>を流通させている。仮面の女か?」

「教えられないなァ。こっちも商売だからさ。秘術<フィア>の流出元なんて大事な情報を安々と売る理由はない」


 コネリーは無機質な銅色の仮面からの威圧を受け流し、含みのある笑みを浮かべた。


「だから、取引しよう。一つ、オレの仕事を請けなよ」

「……何故シャノンではなく、私に?」

「そりゃあ、今ここにいるのがアンタだからだよ」

「……また何か企んでいるのではないだろうな」


 疑いを向けるグリフィンに、コネリーは一際愉快そうに笑った。


「ヒヒヒ! ! オレが何も謀りごとをしないなんて、ありえない。だが、これはアンタにだってきちんと利益があることだよ。……知りたいんだろう? アンタ。何でオレたちの世界で、そんなことになってるのか、さ」

「……御前の悪ふざけに付き合えば、その情報を寄越すんだな」

「ヒヒヒ、そういうことだな」


 グリフィンは思案した。現状、他に伝手はない。違法蔓延る世界へ足を踏み入れる入り口は、このウル・コネリーしかない。少なくとも既に知人であり、利用された形とはいえ一度依頼を受けた関係でもある。全く正体の解らぬ他の闇組織モッブと関係を築くよりはよほど好手だろう。


 沈黙の後、グリフィンはゆっくりと口を開いた。


「……一つ、質問がある。依頼を聞くかは、その答え次第だ」

「何だい、言ってみなよ」

「……エイデン・マッカイは無事か」


 じりじりとコイルが焦げ付くような緊張感が酒場に走った。グリフィンは答えを待った。やがてコネリーは答えた。


「ヒヒヒ、安心しなよ。マッカイはまだ逃亡中。何も手出しはしてないさ。オレたちにとってもアイツの技術は貴重だからな。オレたちってのは、死体漁りの犬ブラックドッグだけじゃない。赤い荷馬車カッロ・ロッソ帽子屋ハッターみたいな他の組織も含めて、だ。流石にこのオレと言えど、簡単な話じゃないんだよ。だから先手を打っておきたかったんだが……ま、済んだことは仕方がない」

「……本当だろうな。御前の言葉はいつも嘘に満ちている」

「まァ、疑うのは当然だ! でもさあ、確かにオレには隠し事が多いが、アンタだって大概だろう?」


 仮面に空いた黒穴を、その深淵をのぞき込むように問うコネリーに、グリフィンは雰囲気を強張らせた。


「アンタの正体は一体何者なんだろうな? なァ、仮面のグリフィン?」


 グリフィンはじっとコネリーを見て、吐き出すように言葉を続けた。


「……貴様に私について教えることは何もない。……私に何をさせたい」

「話を理解してくれて助かるよ。依頼は単純だ。オレの知人を護衛して欲しいんだよ」

「……護衛だと?」

「金回りの良い友人でね。だがこの所、金持ちは何かと物騒だろう? 上層じゃ富豪連続殺人事件、なんて騒いでるしさ」


 コネリーはカウンターからワインとグラスを取り、なみなみとワインを注いだ。深く赤い色の酒が澄んだグラスを満たしてゆく。


「……予定はいつだ」

「三日後。パークサイドエリア、王宮跡地の第一ホールだ」

「……王宮跡地ホールだと? それは……」


 その場所に反応したグリフィンに、コネリーは薄く笑い、ワイングラスを差し出した。ボトルに表記された年は1851。それに携わるものなら誰でも分かる、かの万国博覧会の年。


「ああ、そうさ。科学技術会合の日だ」


 ◆ ◆ ◆


 グリフィンと別れたシャノは黒杖通りに戻ってきていた。グリフィンのことは心配ではあったが、フロッグズネストの店主とは親しい知人のようだったから、無理に割り込むのも気が引けた。何か問題があれば連絡があるだろう。


 隣通りの食料雑貨店で買った野菜を抱え、シャノは角を曲がろうとする。すると、反対側の道に見慣れた姿があった。大柄な体格に赤毛の男は、シャノに気づくと軽く手を上げた。


「よう、シャノ」

「ジャック! さっきはよくも無視してくれたな!」


 怒りの表情で近づくシャノに、ジャックは呆れた様子で肩を竦めた。


「何だ、さっきのやつ逃げられたのかよ。情けねえな、俺がいないと何も捕まえられねーのか?」

「もっともらしく開き直るんじゃない。色々あったんだよ、あの後サムライに襲われたり……」


 ジャックは怪訝な顔をした。シャノ自身にとっても頭の痛い話だ。スーツの記者を追っていた筈がサムライもどきに遭遇したなど、低予算映画を見たかのような気持ちになる。何と説明したものかと考えを巡らせている時、ジャックが口を開いた。


「サムライって、ああいうヤツか?」


 足を止めたジャックの視線の先をシャノは追った。

 黒杖通りにある古びたアパルトメントの前。そこに――刀を提げた男が居た。


 黒いシャツの上に袖の広い羽織を纏い、下は膝で絞った袴。腰には緩い曲線を描く鮮やかな朱色の鞘。

 見紛うことなどあるはずもない、特徴的な姿。


「ああ、戻られましたか。先程はどうも楽しませて頂きました」


 東洋かぶれの男は先ほどと変わらぬ佇まいで微笑んだ。


「改めて。、アール・"ムソウ"・シアーズと申します。シャノン・ハイド殿に依頼があって参りました」

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