22/ <共感の遺変/オルト>3

 術杖つえが歪むかと思う程の衝撃。

 古びた建物に囲まれた路地の裏、ろくに整備もされず、欠けた石畳の上に、グリフィンが膝を付く。ウル・コネリーの腹心の一人、いかにも屈強な外見を持つ男、『猛牛』ロブ・バイロン。幾度も猛拳を振るった後も、その息が乱れる様子はない。


 グリフィンにとって、バイロンはやりづらい相手だ。言葉を一つ紡ぐより早く、バイロンの踏み込みはその仮面にまで届く。辛うじて術杖を握るグリフィンに、バイロンの革靴の音が近くなる。

 シャノは息を整え、バイロンを見る。シャノとグリフィン、二人の前にはその巨躯が立ちはだかっている。狭い路地の隙間、この男を越えなければ、ウル・コネリーを捕らえることは出来ない。


 バイロンが大きく体を振りかぶり、グリフィンを殴りつけようとしたその隙に、シャノは地面を蹴り、飛び出した。だがそれを見過ごすバイロンではなかった。振り上げた腕をわざと空振りさせ、その勢いのまま回転させた体で、疾走するシャノを蹴り上げた。


「ッ……!」


 シャノの横腹に重い蹴りが入った。衝撃で肺から空気を吐き出しながら、シャノは地面に転がった。


「ぐ、げほ、げっほ……!」

「ウルの元へは通さん」


 バイロンは頑健な門のごとく、立ち塞がる――その瞬間、グリフィンは術杖つえを強く握った。烈々たる炎が眩く燃え上がる。


火果は爆ぜる<リ・リ・セ>


 ――爆音。秘術<フィア>の燐光と共に、バイロンの体が叩きつけられる!


「ぐう……ッ!? ……ッ!?」

「シャノン! 行け! 奴から魔術施品クラフト・グッズを奪うんだ!」


 グリフィンの言葉と同時に、シャノは痛む体を無視し、飛び出した。バイロンは立ち上がろうとした。だが間に合わない。灰色の目の探偵は大柄な男の前を駆け抜けた。バイロンは憎々しげに睨んだ。


「チッ、報告に上がっていない言葉とはな……」

「最近組み上げたばかりでな」


 ネクロクロウとの戦いの折、咄嗟に組み上げた術式。それが再び役に立った。

 バイロンに術杖を向け、グリフィンは距離を取る。


我が炎ここに在りて汝を焦がす<ハ・セ・ネツ・ミト・セ・エン>


 路地に積みあげられたゴミが燃え、バイロンの背後に炎の壁が立ち上がった。頬の傷を歪め、バイロンが苛立たしげに舌打ちする。


「今度は私から言わせてもらおう。――御前をシャノンの元へは通さん」



 背後に感じる炎の熱にも振り返らず、シャノは建物の非常階段へと足を掛ける。階段を登る度に、金属の高い音が夜の闇に跳ねる。最後のステップを踏み、シャノは屋上に立った。

 灰色の空の向こう、薄くぼやけた月明かりが二人を照らしている。


「シャノン。困ったもんだ。弾丸みたいにすっ飛んで、後先考えないのはアンタの数少ない美点だが、敵に回すと面倒なことこの上ない」


 派手なスカーフを巻いた黒髪の男が、美しい顔で、ニヤついた笑みを浮かべている。


「コネリィイ!!」


 シャノは真っ直ぐに突撃し、その顔に拳を入れた。造作の良い頬に、ミシリと拳が食い込んだ。


「そう、困った。オレには唯一の欠点があってさ。実戦は苦手なんだよ」


 殴られたまま、コネリーは淡々と言葉を続ける。シャノは違和感に気づいた。コネリーに打ち付けた拳の感覚が妙だ。ギリと押し付け、握りしめた指。

 ――肌がざわついた。それは感だった。飛び退こうとする寸前、異常な力がシャノの体を振り払った。


「―――ッ……!?」


 その時何が起こったのか、理解が出来なかった。床に投げ出されたシャノは起き上がり――目にしたものに驚愕した。


「コネリー……? 何だ、その……姿……」


 霧の向こうから、月明かりが顔を出す。屋上に伸びた影が、長く、黒い。


 奇妙の形の生き物がそこに居た。

 頭頂部には長く大きな耳。腕には太い爪が生え、黒い毛皮で覆われている。異常に長く突き出た顎はどう見ても獣のものだ。

 二足で立つ狼のような獣は、耳慣れた不快な声で笑った。


「ヒヒヒ、どうしたシャノン? だから言っただろ?」


 獣の首には、派手なスカーフが揺れている。

 ウル・コネリーの声で、その人智ならざる獣は囁いた。


「オレは――"人狼"だってな」


 ◆ ◆ ◆


 静謐なる夜に金属がぶつかりあい、高い音を立てる。暗がりに火花が散る。赤毛の男の鮮やかな一閃を、瀟洒な老齢の男が同等の鮮やかさで受け止める。互いに引くことなく、二人の異常者たちは睨み合う。


 『豚飼い』エドガー・ベーコン。現在は三人のみしか存在しない、死体漁りの犬ブラックドッグの重鎮の一人。組織で最も血に濡れた男と噂される男。その役割は死体漁りの犬ブラックドッグに仇なす相手を捕縛し、拷問し、殺害することだ。歳を重ね、様々な非道な手段に通じ、一部においてはその渾名を聞くだけでも震え上がるという。――実際にその仕事の成果について口にする者は居ない。立ち会った者は皆死んでいるからだ。


 だが、対峙する方とて尋常の者ではない。”切り裂きジャック”。かつての夜闇に潜む殺人鬼。一つの異能もなしに、怪異の物語足ると認められた男。人の形をしたものを殺すには最も長けている。


「へッ、ジジイは帰った方が良いんじゃねえか? 夜更かしは寿命を縮めるぜ」

「いやいや、孫たちとの遊びで体力をつけているのでね。子供の元気は馬鹿にならんものだよ」


 整った髭の先を動力鎖鋸チェーンソーが唸る。しなかやかな身のこなしで、ベーコンは距離を取った。


「キミは快楽主義者だと思ったがね。何よりも己を優先し、他人のことなど構いはしない。殺人鬼というのはそういうものだろう? あんな探偵に義理を果たすとは意外だな」


 動力鎖鋸チェーンソーのけたたましい回転を、金属杖が受ける。大柄なジャックの力を、ベーコンは杖一本でいなしてみせる。皺んだ老体のどこからそんな力が出るのか。

 

「ハッ、義理? 下らねえな。そんな事を俺が気にかけるとでも?」


 動力鎖鋸チェーンソーと金属杖を噛み合わせたまま、ジャックがベーコンの腹部へと蹴りを放つ。ベーコンはそれを膝で受け、衝撃を利用して後ろへ飛び退いた。


「そう思ってんなら、相当の馬鹿だな」

「ほう。では何故だ? 彼らが我々より支払いが良いとは思えんがね?」

「バァカ、単純だろ。!」


 動力鎖鋸チェーンソーが一際獰猛に唸る! ベーコンはひらりとそれを避け、回転する金属刃は背後に積まれた木箱に食い込む。


「ほう! 成程、成程! それは考えていなかった。いやはや、単純すぎて見落としていたよ」

「ハ、老眼のせいだな。眼鏡を変えた方が良いぜ!」


 ジャックは刃を思い切り食い込ませ、木箱を切断する! 中に入った砂糖や塩の袋と共に、砕けた木材の欠片がベーコンを襲う。怯んだ僅かな間に、ジャックは動力鎖鋸チェーンソーがで斬りつける。ベーコンの見るからに高級なスーツに切れ目が入る。


 動力鎖鋸チェーンソーを振り下ろし、守るものがなくなったジャックの上半身へと、ベーコンの金属杖が真っ直ぐに打突する。あわや肉体に杖の先が触れる寸前、ジャックは杖の柄を掴んで止める。

 ――だが安ずるには早かった。杖の先が開き、そこから小さな針が射出される!

 咄嗟に、反射だけで身をひねり、それを避ける。しかし間に合いきらず、針の先がジャックの肌を掠めた。


「ぐ、っ……! チッ……!」


 針の先に触れ、裂けた肌からじわりと熱を感じる。薬物が塗布されていたと気付くには十分だった。ぐらりと目眩がし、ジャックは苛立たしげに眉を寄せる。


「大丈夫だよ、その量では大した毒じゃあない」


 ベーコンの声がした。金属杖が重い音を立てて空を切り、ジャックの側頭部を殴打した。ジャックは崩れた木箱の山へと倒れ込む。革靴が石畳を歩く音がした。だが殺す素振りはない。ベーコンはふらつく殺人鬼へ、顔を近付けた。老人の温い息がジャックの耳に当たる。


「――?」


 ベーコンの口から、甘い言葉が囁かれる。


「キミは人を殺すのが好きだろう? 解かるさ、私もそうだからね。無力な誰かを甚振るのは楽しい」


 黒眼鏡の縁が月の白い光で、艶かしく光る。


「見てみたいだろう? あの愚かな探偵や、つまらん仮面男を切り刻んで、泣き喚く声を聞きながら、腹わたを引きずり出すんだよ」


 それは甘美な誘いだった。老人の言葉の一つ一つが、光景を想像させ、欲望を掻き立てる。

 ある種の者にとって、殺人は抗いがたい魅力だ。一度手を染めれば、常を破る背徳感も合わさって、その快楽から逃れることは出来ない。肉を裂く心地よさに酔い、くぐもった悲鳴に浸る。


「我々の元へ来れば、歓迎するというのに。幾らでも殺せばいい。証拠など残りはしない」


 欲望のままに殺し、愉悦のままに生き、尚それを咎められない。何と理想的なことか。

 ベーコンは返事を待った。ジャックは身を起こす。そしてそのまま、ベーコンを思い切り殴った。不意を打たれた老人の体が傾いだ。


「お前。俺のことを読み違えてんだよ……」


 動力鎖鋸チェーンソーを握り、立ち上がれば、毒の影響で足元がふらついた。だが関係がない。

 ふらつく感覚を掴む。体を動かし、脳内で認識と現実の誤差を把握する。簡単な話だ。意識と体に乖離があるならば、その差異を把握すれば良い。足を一歩踏み出す。進んだ距離を計測する。意識と体の差異を理解する。


「あの間抜けな探偵の腹わたが見たいか? ああ見てみたいね! あのスカした仮面の悲鳴を聞きたいか? 当然! 楽しそうじゃねえか。だが、今じゃない。――俺が誰を殺すのか。俺がいつ殺すのか。それは俺が決めることだ。俺が選ぶことだ。手前なんぞに指示されてたまるか」


 ギャルルルルルル!!!!!

 動力鎖鋸チェーンソーが際立った唸りを上げた。動力エンジンが燃える匂いが鼻を突く。


「あのさぁ、自分のことをテキトーに語られんのは腹立つんだよクソジジイ!!」


 ベーコンが金属杖を構えた。想定通りに。

 ジャックは動力鎖鋸チェーンソーを、多くの打数に紛れ、何度も打ちつけた一箇所に振り下ろす。

 火花と共に鈍い金属が鳴った。ベーコンの杖がついに折れ、動力鎖鋸チェーンソーはエドガー・ベーコンへと届いた。


 ◆ ◆ ◆


 この世には、人の触れ得ぬ領域にて跋扈するものがある。

 月なき夜に光を齎す程に文明が栄え、科学が世界の仕組みを解き明かした今も、それらは闇に棲んでいる。


 ――曰く、怪異、秘術、殺人鬼、魔女、妖精。

 そして。


「人狼、だって……? 本物の――」


 人狼。伝承において、人と獣のどちらでもあり、そのどちらでもないモノ。月夜の下で姿を変じ、牙をもって人を食い殺すという。目の前にいるそれは、まやかしではない。全身を覆う艶やかな黒い毛。歯肉を見せる鋭い牙。ジャケットを纏った両腕からは獲物を捕らえる長い爪が伸びている。人ではなく、獣でもない、獣面人心の二足歩行の怪物が、そこに居る。


 黒い獣毛が風を受けて広がった。透き通った目が月明かりを反射して白く光った。人の姿の面影などなく変異したそれは――疑いようもなく、怪物だった。

 衣服を纏った獣が地を蹴った。人であった時よりも巨大に膨らんだ体が、接近する。身を翻すシャノの肩を、人狼の爪が切り裂いた。


「ぐっ……! 何が苦手だか……」

「実戦が苦手なのは本当だよ、シャノン。だからこうして、力いっぱい殴りつけるのが精々だな。人狼の癖に、とか言ってくれるなよ? 飼い犬にも居るだろ、どんくさいやつが」

「その姿……あの二人も知っているのか」

「当然。そういう奴らを側に置いてるんだ。だからオレの所は幹部が少ないんだよ、解るだろ?」


 コネリーの声をした獣の口蓋が噛み付いた。シャノは辛うじて前転し、その顎から逃れる。


「オレが何で魔術や秘術、怪異を容易く信じたと思う? オレ自身がそうだからさ」


 コネリーが前肢をつき、爪が屋上の床を削った。そのまま後足を曲げ、一瞬の間もおかず、バネのようにその体を射出する。


「くっ――!」


 獣の腕が暴力的なまでの力を振るい、シャノの体は再び床に転がる。コネリーは笑い、軽やかに着地する。獲物を弄ぶ捕食者のような目が見下ろした。膝をつき、シャノはその男を睨みつける。何時ものようなおどけた口調でコネリーがその大顎を開いた。


「……所で一つ聞いておきたいんだが。アンタが欲しいのはこの魔術施品クラフト・グッズか? それとも、オレの命か?」


 銃に手をかけたシャノに、コネリーは問いかけた。シャノは舌打ちした。

 この男は掛け値なしの大悪人だが、死体漁りの犬ブラックドッグの首領である。下層の闇を支配し、他を牽制する規模の組織を管理する者が死ねば、目的を失った無数の安いごろつき共が街へと解き放たれる。非道の男ではあるが、死ねば彼が組織に溜め込んだ腐敗が、更なる非道を世に撒く。


「嫌なことを聞いてくるよ、ホント……!」

「ヒヒヒ! じゃあ正々堂々奪ってみな!」

 

 腰に吊るした複合秘製術<クラフティア・アーツ>の銃を示し、コネリーはシャノへと爪を向けた。ぎらりと人の肉を容易く切り裂く爪が獲物を待ち構えている。だが、相手が怪異であろうが、人狼であろうが、関係がない。シャノン・ハイドは真っ直ぐに飛び出した。秘術<フィア>の力を持たぬ、自身の銃を握り、引き金を引いた。数発の発砲音。だがコネリーの足元を狙ったそれは外れ、床に三つの弾痕が残った。銃を持つシャノの腕を、身を翻したコネリーの爪が切り裂いた。


「ッ、くそ……!」


 シャノは腕を抑えて飛び退く。外套は破れたが、幸いにも傷は肌の表面を掠っただけだった。銃を握り、力が入ることを確認する。コネリーは残念そうに呟いた。


「浅いかァ、やっぱこういうのは苦手だよ、オレ」


 コネリーは長い爪で後頭部を掻いた。獣の長い鼻面からはその表情を読み取ることは難しい。

 シャノは再び床を蹴り、接近する。獣の大きな体格の視覚に入るように、斜めに飛び込む。そこにコネリーの爪が鋭く振り下ろされ、シャノは前転回避する。


 一発。ただの一発を撃ち込む隙を作ることが出来ない。シャノの持つ銃は50口径だ。ハードカバーの本すら貫通する威力のそれなら、人狼の動きを止めることも可能だろう。

 だが、どうしても、その大きな爪を掻い潜れない。コネリーの動きは本人の申告通り、大振りで稚拙だ。それでも人狼の身体能力はシャノを翻弄するのに十分だ。外套の裾を爪が掠めた。

 機科学都市にはまるで似つかわしくない、お伽噺の怪物は笑う。


「諦めるんだ、シャノン・ハイド。アンタに出来ることなんて何もないって、アンタ自身が一番知っているだろう?」

 

 コネリーは首を傾げ、不愉快な声で続けた。


「覚えているかい、シャノン。死んだレミーのことを。いや、アンタに名前は教えていなかったかな」


 びくりと、その言葉にシャノの動きが止まる。初めて聞く名だった。だが、その意味は一つしかない。


「愚かなるシャノン・ハイド! あの日、善なるジョン・ブロディ警部にだけ出会えていれば、こうはならなかったろうに。――でも事実は違う。愚かなアンタはオレを訪れた。無力を憎んで、自身を擦り減らそうとも、力が欲しいと願った。だからオレとアンタには縁が出来た。。だからアンタは探偵になったし、後戻りも出来ずにここにいる」


 あの日、知らない男が死ぬのを見た。二人が話すために必要だったから死んだ。痛みを伴う記憶が燻る。シャノン・ハイドにとって最も苦い記憶。


「いつだって引き返せるのに、アンタは愚かだからそう出来ない」


 ウル・コネリーは残酷にせせら笑う。愚かさと無力さを思い出させるように。


「シャノン。選んだ道が間違いだったと認めるのも勇気だよ」


 獣が残忍に牙を剥いた。――探偵は、ただの若者は。俯きかけた顔を上げ、真っ直ぐに睨みつけた。


「――嫌だ」


 後悔と惜別に塗れた記憶を飲み込み、シャノン・ハイドはウル・コネリーと向き合った。


「間違いだったなんて、言うものか。完璧じゃなかった。他の道もあった。でも、違っていたなんて言うものか!」


 シャノは床を蹴った。突進しながら、視界に入る全ての情報を分析する。屋上の床。相手との距離。視野角。獣が爪を広げ、待ち構える。


「コネリィイイイッ!!!」


 ――軌道が見えた。

 怪異異能が齎す黄金の軌跡。それは無意識が導く標。

 望む結果を指し示す、赤い目が輝いた。――夜に潜む怪異のごとく。


 迫る敵を見て、コネリーもまた貪欲に笑った。


「それがアンタの異能か。見せてみろ――!」


 コネリーの獣の爪が襲い来る。だが、退きはしない。避けることもしない。ゴウと、空気を切り裂く恐ろしい音がする。

 触れれば、その爪は容易く人の肌を切り裂き、血を掬い取り、中身を抉り出すだろう。

 シャノは躊躇わず、振り下ろされる鋭い爪に――銃口を向けた。

 ――銃声。一瞬の合間。獣の腕から血が吹き上がるのと、シャノの背が僅かに切り裂かれるのは同時だった。


 掌に大きな穴が空き、痛みにコネリーが怯んだ。だがまだ倒れない、コネリーは吠える。


「ヒヒヒ、やるじゃあないかシャノン、だが、まだ甘いなァ!」


コネリーは負傷した腕を使い、魔術施品クラフトグッズを内包する複合秘製術銃クラフティア・ガンへ手を届かせない。しかしそれによって、無防備になる箇所があった。シャノはそれを逃さなかった。


「少しはその口、閉じていろ!!」


全力を振り絞り、シャノは下方から孤を描き、コネリーの大顎を蹴りあげた。


「が、っ―――――!」


 半人半獣の体が、大きく傾ぐ。シャノは痛む背の傷を無視し、複合秘製術銃クラフティア・ガンに手を伸ばす! 指が金属のひやりとした感触に触れた。


 ――手に入れた。シャノの手に、オルトを拘束する秘術<フィア>の鍵がある。息をついた瞬間、持ち直したコネリーの体が動いた。身を回転させた、尾による攻撃。 シャノは咄嗟にコネリーから離れる。


「おお痛い、舌を噛む所だった」


 顎を抑え、コネリーが唸る。銃弾の貫通した腕からは赤い血がぽたぽたと落ちる。どうやら人狼の血も赤いらしい。


「シャノン。ああ、上手くやった。アンタ、初めて会った時より、随分成長したようだ。喜ばしいよ」


 コネリーは床に血の痕を残しながら、ゆっくりとシャノへと近づいた。複合秘製術銃クラフティア・ガンを抱え、シャノはじりと後退した。その後ろは、ビルの屋上の端だ。近くに階段はない。登ってきた階段は立ち塞がるコネリーの後方にある。


「ヒヒヒ、残念。そっちには逃げ場はないな。アンタは運が悪い」


 ぽたり。ぽたり。血の一滴が落ちるごとに、シャノとコネリーの距離が縮まる。


「おめでとう、そしてご苦労様。アンタは立派になった。だからここで終わりだ。折角オレから魔術施品クラフト・グッズを奪ったのに、惜しいもんだ」


 隣の建物は飛び移るには遠い。進む先は、屋上の心許ない縁より他は地面しかない。


「この高さから飛び降りてみるかい? 一か八か助かるかも知れないな。ただの人間にとって何%の確率になるか」


 下からは、攻撃を打ち合う音がする。金属音。燃焼音。グリフィンとジャック、二人はまだ戦っている。


「助けは来ない。いつも通りだ、アンタらしい。――そうだろう? アンタはいつだって、一人だ」


 シャノがじりと後退すると、建物の端に踵が触れた。風が身を包む外套を強く巻き上げた。

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