j slash H<ジェイ・スラッシュ・エイチ>

十月吉

本編

第1話 切り裂きジャック<ジャック・ザ・リッパー>

プロローグ/ 西暦1888年 河の名を冠した都市にて

 西暦1851年。

 ――あれから三十年の月日が過ぎようとも、その年は特別だった。

 大帝国の威信をかけた、かの万国博覧会の大成功を経て、今日こんにちの機科都市はある。


 その街の名はテムシティ。古き名に思いを馳せるならばニューフォート。

 科学栄える上層都市と忘れ去られた下層の街。

 薄汚れたその都市の闇に、それは顕現する。


 ――怪異。夜陰に潜み、人々を殺す、生きる。存在しないはずの怪異が大きく爪を開く。


 それは悲嘆である。それは苦悩である。


 科学が盛え、なる智に到達して尚、理想ゆめは遠い。

 人はまだ醜く、世はまだ昏く。輝ける光は天上にあって、汚れた地へと差し伸べられず。


 確かに人は理想を見上げているのに、未だ人の手はそれに届かない。


 長きの時を経て、人がまだ歩みを止められぬと言うならば。

 今こそ人を完成させねばならぬ。


 ――理想を此処に。

 ――空想を真実に。


 故に――怪異は都市に顕現する。


 とうに忘れ去られた昏き闇からそれは這い寄る。

 打ち捨てられた想いこそが『今』を殺す。


 もしも、その怪物を否定できるとするならば。

 もしも、その怪物を殺せるとするならば――。


『――同じく、嘆きと苦しみに満ちた想念だろう』

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