act.002 Consideration
食事を先に終えたピンは空になった皿をのせたお盆を掴み、席を立った。
普段米粒ひとつすら残さないはずなのに、今日はやたらと荒っぽい食べ方だった。
去り際にL777の方を見て「あとで技術班に来い」と彼にしては珍しく感情の乏しい表情でそう言った。
そのまま視線をゼロへと向け、「テメェもだ。面貸せ」と。
こちらはまるで殺人予告のようだった。
「来て欲しい奴の態度じゃねーよなぁ」
脅迫のように吐き捨てられたはずなのに、ゼロはやはり眠たげな表情でそう言っただけだった。
◇
「で。来るように言ったのにそっちが遅刻ってどうなのさ」
食事を終えた2人は技術班のピンの作業部屋へと直行した。
だが目的の人物は何故かそこにはおらず、30分ほどしてようやく戻ってきた。
「うるせェ。縛り上げてたんだよ」
朝の刃物のような口調でそう言い、なんとなく察した。
今頃若大将は軟禁状態にあるのだろう。ピンの手段がやり過ぎだとは思いつつも、自業自得のような気がしてL777は曖昧な笑みを浮かべた。
「それで、何のよう?俺ら珍しく今日は訓練入ってんだけど」
例の任務に出向くのは明日の予定だ。
今日はその準備にとあてられた。つい先ほど情報部を通じて言い渡された。
だが、準備と言われてもこちとらすでに行く気でいたので拍子抜けでしかない。
「うるせェなぁ」と不機嫌に呟きながら、ピンは咥えた煙草に火をつけた。
そのまま部屋の隅に置かれた箱を開け、中からものをとりだしゼロ達に投げつけた。
彼の腕は人の腕ではない。強さのみを考えられたその腕で予備動作なしに投げられては堪ったものじゃない。
「いぃ!?」と悲鳴を上げながら回避しようとしたが間に合わず、L777は投げられた物を腰にぶつけられた。ゼロは半身横にずれ、かすりもせずに全てを躱す。
飛ばされたのは計4つ。投げた回数は計2回。
2つずつ飛ばされ、ゼロに向けられたものはそのまま背後の壁に直撃し床に転がった。
「ヤベェ」とゼロが少し声を大きくして呟く。
そりゃヤバい。腰が砕けそうだ。
L777は鈍痛を訴える腰をさすりながら今にも倒れそうになる足でなんとかふんばった。
「壁ヒビは入ったわ」
「俺の腰もヒビは入ったかもしれないっす……」
「マジで?カルシウム不足じゃね?」
「カルシウムとれば治りますかね……?」
「知らね」
「ですよねー」
痛みが引く様子はない。
そんなL777を気にとめることなく、ゼロは問題の物を拾い上げた。
飛ばされたものは2つでセットのもの。
靴――軍用ブーツだった。新品の。しかも見たことのないデザインだ。
重たいものなのかと思いきや、重さはさほどない。普通のブーツと同じぐらいか、もしくはそれよりも軽い。
「なにこれ」
尋ねると、PCに向き合いせわしなく指を動かしながらピンが「あ"?」と反応した。
「見りゃ分かんだろ。目ェ腐ってんのか」
「この靴をどうしろって?」
「は?靴は履くもんだろ」
頭狂ってんのか、とピンは一切画面から目を離さずに言った。
「えっと……つまり?」とピンにまだ慣れていないL777は戸惑いながら曲がった腰のままゼロを見上げる。
「履いてみろってさ」
出てけって言わないから多分感想聞かせろってことだと思う、と付け足した。
正誤を確認しようとピンを見るが、彼は紫煙を吹かしながら難しい顔をしているだけだった。
言うやいなや、ゼロは今はいている靴を片方脱いで、さっそく新しい靴に足を通した。新品故にまだ堅いらしく、少々時間をかけながら履き替える。
左足にくたびれたブーツを。右足に真新しいブーツを。その状態で軽く飛び跳ねた。
「どうですか?」
「靴擦れするわ」
「サイズ合わないんですか?」
「それがねぇ、ヤバいくらいぴったり。いつ計られたんだか。そうじゃなくて、ただただ硬い」
「動きにくいですか?」
「いや?硬さ以外は問題なさげ。ってか違いが分かんねぇわ」
とりあえず履いてみ?と言われ、L777は壁に背を預けながらふらふらしながら片方だけ履き替える。
少し靴底の厚さが違うのか、履き替えた後に直立してみると小さな違和感があった。
ゼロの言うとおり、確かに硬い。新品の革靴のような硬さがある。
トントン、と新しい方の足のつま先で床を叩くと、やたらと硬い音がした。
不思議に思いその部分を指で抓ってみるが、感触は至ってただのブーツだ。
少し歩いてみると、やはり堅めの足音がした。新品だからなのかそういう材質を使用しているのか、制作者は何も言わずに自分の作業に没頭し続けている。
その間にもう片方の靴も履き替えたゼロが隣で跳ねた。
「……、」
何故かと言うべきか。やはりというべきか。
彼からは足音はしなかった。
L777はもう片方の靴も履き替える。
その傍らで、ゼロは屈伸をしたり、もっと高く飛び跳ねてみたりと準備運動のようなことをしながら靴の感触を確かめていた。
「で。ピン、履き替えたけど」
L777が掃き終わるのを確認すると、ゼロがそう声をかけた。
白衣の男は目だけ2人に向けると椅子から立ち上がった。
そして、いっぺんの壁の前に立ち、その壁をコンコンとノックするように叩いた。よく見ると、そこだけ壁の色が他3辺よりも白い。新品に近かった。
「蹴飛ばせ」
煙草を口から離し、顎でゼロと壁を繋げるようにしゃくりながらそう言った。
「え」
L777は思わず口についた。
そんなことしたらどうなるか、大体予想は付く。
「分かった」
ゼロは二つ返事で頷くと、壁に近寄る。
ですよねー、とL777は壁に向かって両手のひらを合わせた。
ここの壁は外壁と違う。隣にある部屋とただ区切っているだけのような、板にすら近いものだ。特別分厚くはない。
壁の前に立ったゼロは、利き足の足首を少しぶらぶらと動かしてから、特段構えもなく、わずかな予備動作から強烈な上段蹴りを繰り出した。
今までの戦闘でなんとなく分かっていたが、しなやかな動きは手本のようだ。自分はあそこまで足は高く上がらないし、そこまでの威力も無い。
あれを対人戦で受けたらひとたまりも無いのだろう。だが、それでも機械はものともしないのだから物事上手くはいかない。
そんな淡々とした感想を抱けたのは、前もって予想していたからだ。
壁は蹴りの衝撃を受け、まるでパズルのように砕け散った。
壁の4辺の周辺だけはかろうじて残っているが、他の部分は見事にくりぬかれ向こう側が覗ける。
その穴から「ピン!」という怒声。
「またやりやがったな畜生ッ!壁は実験台じゃねーんだよ!」
穴から隣の部屋を使っている技術班の職員が入ってきた。
顔にゴーグルをつけながら真っ赤な顔をしている。
「は。やったのコイツだから」
しれっとした口調で、ピンはゼロを指さす。
「文句はコイツに言えや」
「え。俺が悪いの?」
なんかスマンと軽い口調でゼロが謝罪すると、隣人の顔から怒りが抜け落ちていった。ここまでしらを切られては怒る気も失せるらしい。なんとなく、初めてのことではないのだろうなとL777は察した。
「お詫びに何かしても良いけど、俺基本的になんも出来ねェよ?」
「あーハイハイ。もういいわ。ゼロさんはこれからも前線で頑張ってくれ」
「あ、俺のこと知ってんの?」
「そりゃ、お前有名人だからな」
隣人はひらひらと手を振ると穴の向こうに帰って行った。
そしてやたら甲高い音のする器具を両手に持ち、再び作業に戻っていった。
さきほどまでその音は聞こえてこなかったのだから、この壁は薄くとも防音機能は優れていたのだろう。
「――ってわけ」とピン。
「いや、分かんねェよ」
「は。クソかよ」
「それでいいから解説よろ」
「じゃあ前の靴で別の壁蹴飛ばしてみろや」
「おっけ。威力増加ね。ご丁寧に俺らのサイズに合わせてあんのは、なに。まさか俺ら実験台?」
「は?死ねや」
「おっけ。お前が試したんなら問題ねーわ」
さんきゅ、とゼロが言うとピンは鼻で笑って再び椅子に座り作業を始めた。
言葉足らずの元相棒を見ながらゼロは小さく笑い、今の相棒に目を向けた。
隣からの部屋から鼓膜を破るような音がするなか、ゼロは「行こう」とハンドサインを下す。
L777は退出前にこちらに背を向けるピンに深々と頭を下げた。
「履いてた靴持って行けや!!」
作業音入り乱れる中、そんな声が廊下まで響いた。
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