act.004 Disperse like mist

 銃を再び構えると、銃口に光が収束し始めた。徐々にその光が強くなる。眩しさで銃の先端が見えにくくなると、そこから光線が発出された。あたりの色が反転する。


 最大出力の電磁砲レールガン


 放たれた弾丸による高熱で赤く発熱しながら壁が溶け、それを模っていた材質が液状のように流れて伝う。

 そんなものに当たれば人間など跡形も残らない。


 ゼロは少し視線を落として確認した。

 布地一切れ、肉片一片。何も残っていない。


『……戻しますか?』


 ゼロは背後の男を振り返る。

 正義感を写したような瞳から力は抜け落ちている。


「いや、まだいい」

『なんでですか?戦力にはなりますよ?』


 背後の男は虚ろな目のまま銃をしっかりとマニュアル通りに構えている。癖すらない構え方は実に機械的だった。


「戦闘も参加させなくていい。やりにくいから」

『……それ、いる意味あります?』

「なくていいよ。ぶっちゃけ、1人の方がやりやすいから」

『ここに、置いていく気ですか?』

「……そんなことしたら、死ぬでしょ」


 連れて行くよ、とゼロは等身大の壁の穴を通り抜けた。

 その後ろを何も言わずにL777が続く。

 マップを確認すると、この先におかしな間取りがある。ずっと聞こえていた奇妙な音もそこから聞こえてきている。

 ゼロはライトが黄色に変化した自分の銃を見る。充電はまだ半分ある。ここを切り抜けるぐらいは持つだろう。

 無駄遣いはいけないが、通常弾よりもレーザー砲の方が威力がある。1発で完全に鎮められる。ゼロは左手から銃にそう指示を下す。

 薄暗闇の中、ゼロはブーツの踵を床にぶつけるようにわざと鳴らしてして先へ進む。


『その先に昇降機を確認。それに乗って下降してください』

「OK」


 ゼロが行き止まりで立ち止まると、壁が横にスライドした。壁のその奥から通路と同じ大きさほどの直方体が現れ、それに乗り込む。L777もその後に続く。

 2人が乗るとドアが閉まり、下におり始めた。

 敵のシステムがこんなにも自分たちの思う通りに動くはずがない。


「アンのおかげ?」

『さっきから隣でパチパチとキーボード叩いてますよ』

「おつかれさま」

『ゼロさん、人のこと言ってる場合じゃないでしょう。その先――地獄ですよ』

「だろうね」


 チン、と小さな音がして昇降機が開いた。

 開かれたその先は目的地、そのものだった。


「ゼロからO201へ。L777を昇降機に閉じ込めて置いてくれ」

『O202からゼロへ。言づて、了解しました――ご武運を』

「任せろ」


 ついてこようとするL777の方を振り返らずに、相手の肩を押して後方へと戻す。

 ガコン、と重々しい音がした。

 前方の敵は機械に紛れてGFの格好をした人間が数人確認できる。その中にまともな顔をしている仲間は1人もいない。

 そして部屋から漂うは嗅ぎ慣れた血の臭い。ごった返したこの空間で何が行われていたのかは分からない。けれど向かってくるのなら、全てを敵と見なす。


 ゼロは銃口を正面に向けて、標的を定めずに打ち放つ。

 この場にいた中型無人歩行兵器らはその光線を左右によけて躱す。それに気を取られていた仲間の懐に潜り込み、鈍器にもなり得る銃で思い切り顎を下から殴る。ひるんだその隙に腹に思い切り蹴りを食らわせる。その反対側を目視せずに撃つ。


 体の髄にまで染み込んだ感覚は理屈ではない。兵器は人と違い予備動作がない。それをずっと見ている身としては兵士の動きが手に取るようにわかる。


 ゼロは「無」のまま制圧していく。

 そして、徐々に動かなくなっていく。機械も、仲間も。




 銃についた赤いシミをグローブに包まれた指先で拭う。

 黒い銃に赤が薄くなってこびりつく。

 ある程度拭いてから背のホルダーにしまい、仲間たちのドッグタグを回収する。


『……生体反応、なくなりました』

「行方不明者との照合頼んだ」

『はい。あと、移動手段を建物の近くに運んどきました』

「了解」


 ゼロは後ろを振り返る。L777は昇降機の中で銃を手にしながら、黙ってこちらを見ている。表情は機械のようなままだ。まるで操られているような、人らしからぬ表情のままそこに立っている。

 それを一瞥してから、さらに奥のほうへと進む。


 敵勢が守備を微妙に固めていたを確認する。

 大きめの台に寝かせられているGFの格好をした人間。

 O202はもう生体反応はないといった。確認するまでもなく死んでいる。

 その人間はまるで解剖されたかのようで、かろうじて形を保っているようなものだった。

 足、腕、腹、臓器、顔、そして頭。それらすべてに刃物が入れられている。


 ゼロは近くに横たわる殺した仲間の傍らに膝をつき、袖をまくった。

 縫合されたような跡がある。それ以上に目立つのは、まるで溶接したかのような傷跡。

 人体の中身を調べ、開けたものを閉じた。その際のものに違いない。


「O202」

『はい』

「今から戻る」

『了解しました。大将に報告しておきます。……L777さんはどうしますか?』

「アンの手、空いてる?」

『なにやら作業してますけど……多分急ぎじゃないと思いますよ』

「そ?じゃ、L777の制御、任せるわ。自室で寝かしたらスイッチいれて」

『わかりました、そう伝えます』


 よろしく、と返事をしながらゼロは再び昇降機を振り返る。

 ゴーグルに隠れた目線は見えないが、見張られているような視線を感じる。


 視線を台の上に戻し、ゼロはドッグタグを探す。

 けれど見当たらない。


 捜索範囲を少し広めると、耳からノイズが聞こえてきた。


『作戦室からコードナンバー:ゼロへ』

「……、」


 探す手を止めて、一つ息をつく。


「ゼロから作戦室へ。……なにか」

『お前の記憶データより周囲の状況を確認した』


 兵士1人1人の脳内チップはすべて情報室で管理ができる。操作も改ざんも閲覧も可能だ。


『敵勢力による人体解剖を確認。こちらの情報や技術を奪われた可能性がある。それらの痕跡を消すために、その建物の全てを壊せ』


 もし、ここで抜かれた情報が敵勢力の中枢にまで届いていなかったとしたら。ここを潰すことで未然に防げる。その可能性が否定できない今は、少しでも穴になりそうなものは埋めるべき。

 上はそう判断したらしい。その非情な判断が出来る人間こそ上になれる。

 それならば、自分は戦場にて甘んじていたほうがマシだ。


『それに伴い、例のものを送った。それを使え』

「……了解」


 通信はそれで終わった。




 L777を連れ、ゼロは建物入り口まで戻ってきた。

 そこには2人乗りのバギーが待機しいていて、目につくのは1つの大型の重火器が積まれていることだ。


 ゼロはそれを担ぐようにして構え、銃口を建物のほうに向けた。

 アンに制御を委ねられたL777はずっと構えていた銃を背負い、バギーの運転席に座ってエンジンをかけた。


「アン、もう少し離れて」

『了解しました』とO201が答えると、L777がハンドルを握りバギーが静かに発進した。

 そのまま直進して、ある程度距離をとると静かに止まった。


『この辺でどうでしょうか』


 ゼロは目測でその距離を測り、「大丈夫」と返す。

 この武器を使うのは初めてではない。余波がどこまで届くか大体わかるぐらいには使う機会があった。

 ゼロは再び建物と向き合う。


「……申請、荷電粒子砲」


 携帯式特殊銃の何倍もの口径を持つ携帯式特殊砲。

 それを肩に担ぎ、標準を合わせる。


装填チャージ


 そういいながらイヤマフ型の耳栓をつける。

 脳に響くような高音を立てながら大型の銃口に光が集まり始めた。


 自分にはGFに知り合いはいない。

 それどころかE001以外の深い知り合いはいない。だからこそこういった任務によく出向く。


 ゼロは内心でカウントダウンを始める。

 それが「0」になった時、急くように引き金を引いた。

 慣れで片付けていいのか分からないが、躊躇いはなかった。


 放出された光線はまるで沈み行く太陽のように辺りを赤く照らした。ゴーグルをしていても眩むほどに眩しい。光の餌食になった建物の姿は食い尽くされるかのように見えない。それでもゼロは目をかっ開いて最後まで建物を見続けた。


 凶弾が静まると、辺りの色と明るさが元に戻った。

 そこに残ったものは何もないわけではない。威力を物語るかのように周囲の自然を抉っている。標的であった建物はもう跡形も残っていない。

 あの弾は原子から砕くように設計されている。そこに何もなかったことを作り出す。


 踵を返し、仲間が残るバギーに向かう。

 自分が招いたその光景を目に焼き付ければ戦場から逃げたくなるかもしれない。そうすれば人らしさをまだ取り残せるかもしれない。

 そう思いながらも振り返ることなく足を進めた。


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