【箱船《エレベーター》】と異世階の【旅人】

佐藤.aka.平成懐古厨おじさん

1階は旅立ちの世階

女神様を祭る神殿の横、岩肌に沿うようにそびえ立つ巨大な扉の前で、少年はたくさんの人々に囲まれながら、別れの時を惜しまれていた。


彼は今年の【旅人】に選ばれた。

そして、今日、【箱船エレベーター】に乗り、別の階層へと旅立つのだ。


箱船エレベーター】は、古代の次元転移装置である。かつては、この【箱船エレベーター】によって、異なる世階間の移動が盛ん行われていたいう。ここ第1階は、階層世界の末端に位置している。他の階層と交流は、絶えて久しい。女神様の神殿に存在する1台が、この階層唯一の【箱船エレベーター】であった。


【旅人】は、第1階において、この世階を出て他の世階に行くことの許された存在だ。春のある1日に、【箱船エレベーター】を起動させて、【旅人】を異世階へと送り出す、旅立ちの儀式が行われる。選ばれる資格があるのは、毎年15歳の1人だけ。1度チャンスを逃せば、二度となることは叶わない。だからこそ、少年は、この日を迎えるために、たくさんの努力をしてきた。


体力に自信がある方ではなかったが、毎日トレーニングを重ね、体を鍛え続けた。見たことのない世界を知りたい、その好奇心が、全ての原動力だった。そして、日々の鍛錬が実を結び、今年の【旅人】として認められたのだ。


少年の元に駆け寄ってきたのは、彼の幼馴染の少女だ。彼女は、「あんたのこと、待ってるんだから、絶対帰ってきなさいよ」なんて、強気な言葉を囁くと、そっと彼から離れていく。


今だかつて、他の階層に行き、帰ってきた者はいない。彼女は、その事実を知っていた。しかし、少年の前では笑顔を崩さない。自分の愛した少年に対して、最後に見せる姿が泣き顔だなんて、絶対に嫌だったからだ。


扉が、轟音を上げ、開き始める。【箱船エレベーター】が起動したのだ。

少年の体は、中から出る眩しい光に包まれ、【箱船エレベーター】へと吸い込まれていく。遂に、この世階との別れの時が来たのだ。彼の胸は、未知への期待と不安で、いっぱいだった。



                *


少年は、異世階へと旅立った。

光が弱まり、巨大な扉は、閉じていく。


旅立ちの儀式は、無事完了したのだ。

春の陽光と、爽やかな風は、彼の旅立ちを祝福しているかのようだった。


こうして、また一人、階層世界の【旅人】が誕生した。


少女は、愛しい人への想いをその胸に秘めながら、異世階と繋がる【箱船エレベーター】を、ずっと見つめていた。その目からは、一粒の涙がこぼれ、暖かな風の中へと消えていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る