小悪魔後輩に制裁を!

あにまて

第1話

「せーんぱいっ!」


 時刻は朝8時過ぎ、校門にて夏用の学生服に身を包んだ男、華陽かよう高校に通う2年生のたちばな大智だいちに後ろから元気のいい挨拶がかけられた。

 挨拶の声の主からは、ぱっちりとした目に、子犬を思わせる小さく可愛らしい口、制服のリボンをわずかに押し上げる控え目なふくらみは女性らしさを感じさせる。

 うなじが隠れる長さのナチュラルボブは校則に違反しないように内側に巻かれており、「かわいい女の子」と言えるだろう。

 その少女の名は2年生の玉井たまい希実のぞみであった。


 希実は小走りで大智の隣に駆け寄って顔を覗きこむ。


「どうしたんですか先輩。可愛い後輩が挨拶したのに返す言葉もないんですか?」

「いや、今日はいつものように後ろからタックルしてこないのかと思っただけ」


 1回もしたことないですけど!と悪態をつきながら並んで歩く2人。実際はほぼ毎日、後ろから驚かせているのだが。

 希実はそっけない態度の大智に対し思うところがあったのか数秒唇を尖らせる。しかし、大智は希実の方を見もせずにあくびをしながら眠そうに隣を歩くだけである。そんなわざとらしく無視しようとする態度など日常茶飯事だ、というように希実はにやにやしながら声をかける。


「あらやだ先輩、そんなに女の子に触れたいんですか?その気なら早めにやった方が少年院的にお得ですよ」

「んなこと考えてねぇし!」

「じゃあなに考えてるんですか?最近大きくなってきた私の胸についてですか?ちなみに昨日測ったら1つカップ上がったんで褒めてください!」

「それも考えてねぇし、そういうこと大っぴらに言うのよくないから!」


 釣れた!とでも言うように勝利の笑みを浮かべながら言う希実は、突然真剣な表情で大智に手招きをして、口の横に手をあてる。大智はそれを、大事な話だから耳を貸せ、と思い、その通りにする。


「(......実はBからCになったんです)」

「内緒話だからいいとかそういう問題じゃないから!人に言っちゃダメだから!」

「先輩ほんとにいいリアクションしますね。ピン芸人とかやった方がいいですよ」

「どっちかっていうと俺がツッコミだろ......」

「そこは自分でもわかってるんですね」


 そうこうしているうちに昇降口に着いたので2人は別々の下駄箱へ向かう。大智が上履きに履き替えて廊下を見ると、希実が当たり前のように大智を待っていた。


 これがこの2人の当たり前の日常。知り合ってからなんやかんやあり、この距離感で話すようになり、今では希実の方が年下ではあるが大智をからかうようになっていた。

 大智も居心地が悪いわけではなくむしろ良いと思っているのだが、男のプライドか、単にやり返したくなっただけなのか、はたまた隠れた性癖であるのか、今日ぐらいはアイツにやり返してやろうと企んでいたのである。

 結局、登校時は希実のペースだったわけだが。


「待たせたな」

「別に待ってませんよ。それはそうと遅れましたが先輩、おはようございます」

「ああ、おはよう。それはそうと希実、俺にも少し耳を貸してくれるか?」


 いたって真剣な表情で大智が言う。

 希実は一瞬またからかってやろうと考えたが、すぐに大智の話を聞こうと耳を大智の方に寄せる。


「(今日の放課後大事な話がある。17時に屋上まで来てくれないか?)」

「(......もしかして犯行予告ですか?)」

「(今回のはそうやって茶化したくない)」


 そう言って、大智は耳打ちをやめ、希実の目を見据える。

 対して望みは最初の数秒こそポカンとしていたものの、途端に赤面し、そっぽを向き顔を手で覆った。

「わかりました!絶対行きますから!調子狂うんでその顔やめてください!」

「ああ、頼む。じゃあまた放課後に」


 希実は押されるのに弱い。それを知っている大智は登校中に思い付いた『ニセの告白作戦』を実行することにしたのだった。

 スタスタと自身の教室に向かってしまった大智を見つめながら、希実は誰にも聞こえないように呟いた。


「やりたいことはわかるんですけど、そういうのはズルいですよ......先輩」

「ありがとう。来てくれたんだな」


 日も傾き、オレンジ色に染まる空の下。2つの影が屋上に長く伸びていた。

 屋上に着いた希実の顔は夕焼けのせいか、すこし赤みがかかっているように見えた。


「で、話ってなんですか先輩。もしかして告白とかしちゃう感じですか?」

「ああ」

「やっぱそうですよね、自分で言うのもなんですけど私かわいいし......ってほんとにするんですか!?」

「ああ」

「ちょっと待ってください!まだ心の準備が!」


 後ずさる希実に向かって、大智は一分の笑みもない真剣な顔で近寄っていく。

 希実の背中が屋上のフェンスについてしまい、逃げ場がなくなったところで大智は希実の顔の横に手をついた。


「希実、俺と付き合ってくれ」


 俗にいう壁ドン、いやフェンドンをして大智は自分にできる精一杯の告白をした。

 希実は俯いていたが、おずおずと顔をあげ、大智を上目遣いで見つめている。

 大智の予想ではもっと赤面してあたふたするかと思っていただけに、今まで見たこのない表情に一瞬ときめいてしまった。が、告白は返事を聞くまでが告白である、と自分に言い聞かせ、にやけを顔に出さないように希実の顔を見る。


「返事、聞かせてもらえるか?」

「べつにいいんですけど......先輩屋上に監視カメラあるの知ってます?」


 この雰囲気で出てくる可能性が著しく低い単語を耳にして、大智はフリーズした。

 その間に希実はよいしょと大智のフェンドン拘束から抜け出し、屋上に入るドアの上の方を指さした。


「屋上に入れる学校なんてほっとんどないですし、あったとしても何かしらの対策がしてあるに決まっているでしょう先輩。屋上で告白した人なんて両手で数えれる数ほどしかいないと思いますよ」

「つまり今の告白は......?」

「明日先生たちの間で話題になって変な目で見られたりします」

「まじか......」

「朝、耳打ちされたときに伝えてもよかったんですけどね......先輩が絶対ウソの告白するぞ!って顔でおもしろそうだったんで!」

「それもバレてたのか......」

「先生方が見やすいように、ベストショットになるように移動しました」

「外野への配慮も完璧......」


 すべてを見透かされたうえで遊ばれていたことに気づき、大智がこの世の終わりみたいな顔でフェンスに手を掛ける。

 そこに希実が満面の笑みで近寄って声をかける。 


「まあ、先輩にしては頑張った方だと思いますよ。元気出してください!こんなにかわいい彼女もできたことですし!」

「......え?」

「え?」


 お互いに相手が何を言っているかわからないという顔をしている。いや、希実は考えたうえでこの顔でなのだが。


「先輩は私に告白して、私はべつにいい、って言いましたよね?」

「ああ、でもそれはウソの告白で......」

「告白は告白です!先輩は今から私の彼氏さんです!もう決まったんです!」

「いやでも......」

「決まったったら決まったんです!自分から告白してきたのになんですかその態度は!もっと喜んでください!」


 若干キレ気味で希実が告白の成立をまくしたてる。希実が強引に主張するときは照れ隠しだったか、と大智は思い口を開く。


「まあ、こんな振り回される彼氏だがよろしく頼む」

「これからもCカップをよろしくお願いします、先輩」

「『も』ってなんだ1回も触ったことないわ!」

「ゆくゆくはDに......あっ、それはそれとして壁ドンは怖かったんで告白するときはしない方がいいですよ」

「ガチの指摘は刺さるからやめて......」

「まあ、もう先輩が告白する機会なんてないでしょうけど」


 そう言って希実は満面の笑みを浮かべて、校舎に続くドアを開けた。


「これからも覚悟してくださいね、せんぱいっ!」

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