第11話


   隠れ処


 おじさんの幽霊が顔を横に向けた。そこは僕のこの家がある方向だった。以前はなかった大きな山が立ちはだかっている。一際大きな瓦礫の山だよ。おじさんの幽霊はその山に向かってアゴを突き出し、僕の手を掴んで歩き出そうとした。

「今度はダメなのか・・・・ まぁいい。あの山陰に小さな穴がある。あんまり気味のいい場所じゃないけどな、それは諦めてくれ」

 おじさんの幽霊の手が、僕の手をすり抜けていった。

「少し走るぞ! しっかりついて来いよ」

 おじさんの幽霊は辺りをきょろきょろ気にしながら走っていた。僕は真っ直ぐ前を見て、瓦礫に足を取られないように気をつけながらついていった。十秒ぐらいで着いたその場所には、瓦礫の積み重ねが偶然に作り出した人一人が入るのにちょうどいいくらいの大きさの隙間があった。

「お前は安全だから、外にいてくれ。ここは狭いからな、一人入るのがやっとなんだ」

 なにが安全なのかは分からなかったけれど、質問もしなかった。おじさんの幽霊は僕の言葉なんて待たずにその隙間に入り、しゃがみ込んだ。僕はその隙間の前に立ち、しゃがみ込む様子を見下ろしていた。

「俺もな、自分が幽霊だということに自信を持てないでいるんだ。見た目は半透明でそれらしいけどな、こうして地面に座ることも出来る。歩いているときも、しっかりと地面を感じることが出来ているんだ」

 そんな言葉の後に、半透明に透き通る右手を眺めていた。その手を裏に表にと交互にヒラヒラ動かし、瓦礫の壁に手を当てる。

「やっぱりダメだな・・・・」

 その手は瓦礫をすり抜けていったよ。

「この手はなにも掴めない。触れることさえ出来ないんだ・・・・ この身体もそうだよ・・・・ 壁にもたれることさえ出来ないのに・・・・」

 おじさんの幽霊はそう言いながら右側の壁に身体を預けようとした。

「やっぱりこうなるんだ。おかしな話だよな。俺にはまるで意味が分からない」

 瓦礫の向こうに倒れ込むおじさんの幽霊。僕の目にはその上半身が見えなくなる。不思議な光景だったよ。その後のおじさんの幽霊の行動にはもっと大きな不思議を感じたんだけれどね。

「地べたになら触れることが出来る。それは足だけじゃないんだよな・・・・ こうして体を預けることも、手で支えることも出来る。不思議なことだよ。まぁ、幽霊が存在していること自体が不思議ではあるけどな。おかしな身体になっちまったもんだよ。よいっしょっと!」

 おじさんの幽霊は、地面に手をついて起き上がった。どうしてそんなことが?

「世の中にはまだまだ不思議が残っているってことだな。俺は死んじまったけど、こうやって少しずつ分かることが増えてるってことだ」

 僕にはなにも分からない。不思議なことだらけだ。ずっと頭に残っていた疑問をぶつけてみた。

「さっき、僕の手を掴みましたよね?」

「そういうことだよ。不思議だよな。けれど今は・・・・ ほれ見ろ! この通りだ」

 なにがそういことなのは分からないけれど、おじさんの幽霊はもう一度僕の手を掴もうとした。けれどまた、すり抜けてしまった。

「きっとさっきは必死だったんだろうな。お前が死んじまうと思って、無意識に手を伸ばしたからな。まぁどうでもいいじゃねえか! 他にも不思議はいくらでもあるんだ。お前はそれが知りたいんだろ? 話してやるよ。そのつもりでここに身を潜めているんだからな」

 おじさんの幽霊は僕の目を強く見つめていた。僕はその視線を逸らさないようにその場に腰を下ろした。長い話になるんじゃないかって感じたんだ。けれど現実には、そうはならなかった。話の途中で邪魔が入ってしまったからね。

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