第9話
天使の休息
ミカはそう言うと、瓦礫の上にしゃがんだ。僕も隣に腰を下ろしたよ。辺りを立ち込める砂埃に流れを感じた。どこかから風が吹いている。そこが外なんだって信じることが出来たよ。ビルの中にいたときには感じられたかった風を感じられたんだからね。
「この地震は、私が起こしたのです。神様の命を受けて、今日ここに来たのです。確かに少し、やり過ぎたのかも知れません。けれどどうせ・・・・ 結末は変わりません。これ位するのがベストだと私も思います。他の方はどうしているのか分かりませんが、どこも似たようなものでしょう。世界は今、崩壊しています。地球もまた、時期に崩壊することでしょう」
「この地震はこの街だけじゃない?」
ミカが嘘をついているようには感じられなかった。今朝の地震が自然の驚異だと考える方が、よほど嘘のように感じられる。しかし、ミカの言葉によると、自然の地震も今朝の地震も大差はないそうだ。神様は自然に起こりうる地震を再現したに過ぎないと言っていたよ。自然の驚異は、それほどまでに恐ろしいてことだよ。神様の力に匹敵するんだからね。
「この国の全ての街が、この状態になっています。世界もまた、同じです。人が生きている場所は、例え一人だけだとしても、差別はありません。神様は、全ての人に対して同じ試練を与えているのです」
「けれど結末は変わらない?」
「やはりあなたは賢い方ですね」
ミカの笑顔には、どんな状況にいても、どんな内容の話をしていたとしても、見ているだけで幸せを感じさせる力があるようだ。どんな内容の話をしていても、見ているだけで幸せな気分になれる笑顔だった。不思議だが、それが天使の力なのだろう。
「神様の意思は変わらない、変えることも出来ない。そういう意味です。神様は全てを崩壊し、リセットをするつもりでいるのです。けれどあなたは、余計な心配をしないで下さい。その袋を持って、お子さんの元に急いで下さい。お子さんはきっと、喜ぶことでしょう」
袋の中を確かめ、天使の人形を見ると、やっぱりミカにそっくりな顔をしていた。
「この人形、本当によく出来ているよ。君にそっくりだ。君をモデルに作っているんだろうね。それとも売店の女の子かな?」
僕は一つの勝手な想像をしていたんだ。売店の店員がミカ? あの女の子は人間の姿をしていたミカだったんだよ。
「天使はみんな、似たような顔と姿をしているのです。女性の天使はみんな、私と同じ顔と姿をしています。男性の天使は、顔は同じですけれど、体つきが少し違っています。男性の天使は、戦いに参加をすることが多いですから」
売店の女の子についてはなにも語らなかったよ。その後に何度聞いても無視された。きっと、知られてはいけない秘密だったんだ。ミカが売店の店員としてあそこにいたことは、神様にも秘密だったんじゃないかな? 何故だかは分からないけれど、僕はそんな確信を持っているんだ。
「君は戦いには参加しないのかい?」
「女性の天使はこうして道案内をするのが主な仕事ですから。後は、神様の命によって動くだけです。戦うこともありますが、力では男性には敵いません。それに私は、戦いがあまり好きではないのです」
「神様もこれと同じ姿をしているのかい?」
神様の人形を取り出し、ミカに見せた。
「よく似ていますが、本物にはもっと力強い威厳が備わっています。神様は天使と違って唯一無二の存在ですから。天使のように複数は存在しないのです。たった一つの存在を、そっくりに作り出すことは不可能なのです。けれどその人形は、決してなくさないで下さい。無事にお子さんにプレゼントするのですよ」
そんなミカの言葉に、僕はすぐに神様の人形を袋に戻した。大事な物なんだって感じたんだ。子供へのプレゼント。それだけじゃないような気がしてならなった。なにかとても大切なものなんだって感じてならなかった。ミカの言葉が僕にそう思わせたんだよ。そのときはね。
「神様はなぜこんなことを? なんの意味があるにしても、大勢の人が死んでいるんだ・・・・」
「人の命はこの星よりも重い。と、この星の人が言っていたのを覚えています。けれどそれは、人にとっての話なのです。神様にとって人の命は、たいした重みはないのです。人が昆虫を踏み潰すのに命の重さを考えていないのと同じことです。神様にとっては、人が死ぬということは、無意識に虫を踏み潰すのとなんら変わりのないことなのです」
「けれど僕は生きている! 僕の妻も、子供たちも!」
僕に向けて笑顔を見せるミカだったけれど、以前にはなかった哀しみの色が混じっているようだった。
「今のところは、です。この先どうなるのかは分かりません。ただ一つ言えるのは、神様も無意味にこんなことをしているわけではないということです。これにはしっかりとした意味があるのです。先程とは矛盾しますが、どんな結末になるのかは、あなた次第でいくらでも変えることが出来るのです。それにはまず、あなたは家に帰ることです。そしてお子さんにプレゼントを渡すのです」
「生きている人は今、どれくらいいるんだい? この短い間に、僕は大勢の死を見たよ。世界中でどれくらいの人が生きているんだい? この近くには、誰か生きている人がいる? 残念だけれど僕にはなにも感じられない」
「それはとても、少ないと思います。詳しい数はわかりませんが、大勢の人が、死んでいるはずです。神様がそう決めましたから。今はまだ生きている人も、今日中にはほとんどが死んでしまうことでしょう。生き残れるのは、ごくわずかだと思います。あなたのように天使の助けを受けた方と、その家族にだけ、その資格が与えられるのです。天使の数は人間に比べればとても少ないですから、助かる方も少ないというわけなんです。それ以外の方は、今は生きていたとしても、長くは生きていられないでしょう」
「僕はなんのために生きている?」
「それは私には分からないないことです。あなた自身が感じることですから。どうしても理由が欲しいのなら、一つだけあります。それは、あなたが神の子、だからです」
そんなことを言われては、僕に返す言葉はない。どういうこと? そんな言葉すら出てこなかった。
「それではそろそろ私は行かなければなりません。約束したように、景色が晴れてきましたから」
ミカは立ち上がり、翼を広げた。さよならも言わず、大きく羽ばたいて空高く飛んでいったよ。僕は言葉をなくしていた。なにかを考える隙もなく、ミカは飛び立っていったんだ。
僕は立ち上がり、空の中に小さくなっていくミカを視線で追いかけた。するとミカは空中で立ち止まり、僕に向けて振り返った。素敵なその笑顔を見せるとすぐにまた、空高く飛んでいったよ。そんなミカに対し、僕も笑顔を返した。そして手を振ったんだ。どんどん小さくなるミカの背中に向けてね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます