第三章 第5話
ここから、ジョブリアの話が長くなりそうだったので、僕はいったんロディやニコルガさんたちを呼びに行った。
ジョブリアを前にすると、僕と同じように彼らも驚いた。
そして、ミリアも生きていることを知らされると、ニコルガがオイオイと泣き始めた。
「んだば、ありがてぇ、ありがてぇこった。ああ、女神さまありがてだぁ……」
「おい、レイバー。このむさ苦しいオヤジをどうにかしろ」
僕は言われるがまま、ニコルガをジョブリアの幹から引き剥がした。
「おほんっ。で、わらわの願いじゃが、先ほども言ったようにライナスを止めてくれ」
「で、でも。ジョブリア様でも止められないものを私たちが止められるのでしょうか」
ロディが、的確な指摘をする。
「あー、力でねじ伏せるならたやすいこと。だがな、ロディよ。わらわが今、ライナスと向き合うとあやつを消滅させてしまうことになるのじゃ」
消滅?
僕らが腑に落ちない顔をしていると、ジョブリアは言葉を続けた。
「わらわは、職を司る女神。そして、あやつは天界から見放された無職の神じゃ。わらわは職を求める者には道を与えることができるが、働く気のないヤツからは道を奪ってしまうことになる。そうした定めゆえ、今はこの大樹に身を宿しているのじゃ」
ようは、ひがみ根性で凝り固まった元夫の前に自分が出れば、ますます自信を失わせて暴走させてしまうということか。
「じゃあ、怒りが沈むまで放っておいたらどうですか?」
僕はロディの肩に手を置き、首を横に振った。
「ロディ、ライナスの怒りが鎮まるまで、まだ九十年はかかるって」
「そ、そんなに……」
ジョブリアは頷き、言葉を続ける。
「ここが一番肝心なのじゃが、今のライナスは堕落の瘴気をまとっておる。この瘴気を浴びた人間たちは、せっかくわらわが与えた職の道を失い、働かなくなってしまう。不真面目な人間ばかりを増やして、あやつ世界を滅ぼそうという魂胆じゃ」
たしかに、世界中の人間が全員働かなくなったら、自動的に世界は終わる。
これまで全然気にしたこともなかったけど、毎日どこかの誰かが働いているから僕たちの暮らしは成り立っているんだなぁ。
「あやつの動きは不可解じゃが、最近ケプロ方面に現れたのを考えれば、すでにアルアン大陸は堕落の瘴気で満たされておろう……」
そう言うと、ジョブリアは僕のほうを向いた。
「さっきはお前の父と兄は生きているといったが、自分の道を失い“精神の骸”と化しているやもしれん。一日も早く、主らはアルアン大陸へ向かえ」
「で、でも元凶になっているシー・ライナス自体を止めなければ意味がないんじゃないの?」
僕がそう尋ねると、ジョブリアは神妙な面持ちで答えた。
「最終的にはそうじゃ。じゃが、アルアンの者たちを堕落の瘴気で満たしたヤツは、すでに力を増幅させておる。今、お主らが行ったところで、それこそ海の藻屑よ。まずは“エプシロン”を探し出せ」
ジョブリアの説明によると、エプシロンとはシー・ライナスの力の源である宝玉のことだそうだ。ライナスは天界から追放されたときに、海に縛り付けられているため、陸地には行けない。だから、その宝玉を人間側の誰かに預け、海の上から陸地をコントロールしようとしている。そして、その人間がアルアン大陸にいるということだ。
「よいか、宝玉エプシロンとライナスを融合させては、決してならぬ。エプシロンの力が完全に溜まる前に、破壊するのじゃ。エプシロンが満ちた状態でライナスの手に渡れば、もはや誰にも止められぬ」
何だか、いつの間にか話が大きくなってしまったなぁ。
最初は兄さんを探す旅だったのに、父さんも大陸にいることが分かった。
そして、世界を救うためにライナスの暴走を止める。
そのためには、アルアン大陸に渡って、宝玉エプシロンを破壊する。
でも、まぁ結局エプシロンを破壊しないと、兄さんも父さんも助けられなさそうだし、仕方がない。
僕はそこまで考えを整理させると、ジョブリアに向かって大きく頷いた。
「わかったよ、ジョブリア。僕が世界を救ってみせるっ!」
「ほほう、少しは勇者らしいことを言うようになったではないか。ぷぷぷっ、ランクEの勇者がたわけたことを」
何だか、今日の僕の気持ちは落ち着いている。
「強いか、弱いかなんて関係ないさ。勇者って仕事でしか抱けない充実感を僕は味わいたいだけだ。僕にできることを一生懸命にするだけさ。働くってのは、そういう意味じゃないかな、ジョブリア?」
ジョブリアは一瞬目を丸くしたが、またフフフと笑った。
「よかろう、その覚悟しかと見届けた。主らはこれを持っていくがよい」
彼女は僕とロディ、レイGにペンダントサイズの宝玉を渡した。
「それはエプシロンと対となる宝玉ブレイバーじゃ。その宝玉は、わらわの力の源。きっと大陸に渡ったときに役に立とうぞ」
僕が頭を下げると、ジョブリアはピシャリと制止した。
「じゃが、わらわが力を貸すのはここまでぞ。人間の世界は、人間の力で形作るもの。主らが失敗し、世界が滅んでも、それもまた運命。これ以上、何かを期待しても何も出んぞ」
世界が滅ぶか、滅ばないかというのに厳しい女神である。
一日も早く行けというから、てっきりアルアン大陸まで転送してくれるのかと思ったけど、自分の足で歩いていけとのことだ。
「大体、主ら何だ今のレベルは? 今まで何をしておった。ポルト岬まではモンスターがウヨウヨ湧き始めていると聞くぞ。よいではないか、己を鍛えながら進むがよい。働かざる者、食うべからずじゃ……」
何だか後半はお説教モードになったので、僕らはすごすごと森を後にした。
それから数日、集落に滞在したが、ホビットたちが街道の橋を修理してくれた。
いざ出発の日になると、ニコルガや集落の人たちが大勢見送りに来てくれた。
ニコルガからは、娘のミリアの捜索を頼まれた。
「もう行ってしまうのか、寂しくなるなぁ、おい。大陸から戻ったら、すぐに寄ってくれよな」
「うん、ニコルガさん。いろいろお世話になりました。じゃあ、また」
僕らは手を振って、ホビットたちに別れを告げた。
今度は行き倒れないように、たんまり食料を分けてもらえた。
そのままだとレイGがすぐに食べてしまうので、ニコルガさんは扉付きの荷馬車を用意してくれた。
「なんズら、何でこの扉はカギがかかってるズら」
「それはお前が、食料全部食べちゃうからだろ」
「だからといって、何で馬車があるのにオラたちは歩かないといけないズら。レイバーだけ馬に乗って、ズルいズら」
レイGは抗議の意味を込めてか、頬をプクーっと膨らませる。
「別にレイGが手綱を引いてもいいんだよ」
「もういいズらッ」
そう言うと、レイGはズンズンと歩き始めた。
最初はラクをするため、何度も馬に乗ろうとしたものの、馬の毛がスライムの体表を弾くせいか、そのたびにレイGは馬から落ちていった。
おかげで、今の彼はたんこぶだらけである。
いつもは威張ってばかりのスライムだが、今日は何だか可愛く見える。
「何してるズら。さっさと行かないと、日暮れまでに次の街に着かないズら!」
僕とロディは顔を見合わせて、プッと笑うと、レイGの後を追った。
いくつかの村や街に寄りつつ、僕らはポルト岬へと向かっている。
これまでの流れを単純にまとめると、
村→モンスター→村→モンスター→モンスター→街→モンスター→モンスター
→モンスター→街→モンスター→モンスター→モンスター→モンスター→廃村
→モンスター→野宿
といった感じである。
だんだん北のポルト岬に向かうほど、モンスターの数が多くなっている。
四連戦で日暮れにようやく目的地の村に着いたと思ったら、そこにはすでに住人の姿はなかった。
道すがら歩いていた行商人に尋ねると、住人たちはモンスターの襲撃を恐れて南の街に逃げていったらしい。
「お前さんたちも、悪いことは言わないから、今から引き返したほうがいい。間違っても野宿なんかするんじゃないぞ」
まぁ、親切心で言ってくれるのはありがたいのだが、今夜は野宿をするしか方法がない。
さっきも、いかにも殺し道具である棍棒を持った巨大なコボルトと半獣人が現れたけど、意外とてこずらなかった。
何度もモンスターとの実戦を重ねているうちに、だんだんと戦い方が分かってきたような気がする。
「で、何でオラが雨よけになるズら?」
「仕方ないだろ、さっきのコボルトが振り下ろした一撃のせいで荷馬車の幌が破れちゃったし。レイGは暑さも寒さも感じないから、いいだろ? ふあああああーーっ、もう遅いし寝るよ。おやすみー……」
「何ズら、今のオラは何なんズら。……そっか、幌ズら。オラは馬車の幌ズら。幌ズらぁぁぁーーーー」
僕は連戦の疲れから、すぐに寝落ちてしまった。
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