雨だから

くさかみのる

雨だから

 灰色の絵の具をこぼしたような空から光りがちらほらと落ちていた。今日の天気は曇りで、午後からは雨らしい。自分のマスターであるノゾミは傘を持っていっただろうか。朝に軽く教えたが、忘れている可能性は高い。なにせあまり人の話を聞かない少女だ。

 玄関を見やれば置き去りにされている傘が見える。予想を裏切らない状態に、マゼランは小さな肩(?)を落として深いため息をついた。

「なぁんで言ってやったのに忘れんだよ」

「マゼラン、どうしました」

 ぴこぴことマゼランが歩くたびに鳴る足音に気づいたアカツキが食器洗いを終えて近づいてきた。戦闘用アンドロイドだというのに、水玉のエプロンをつけている姿はどう欲目に見ても似合わない。

「おうアカツキ。ノゾミのやつ、傘持っていくの忘れてる」

 ほらよ、と玄関の傘を示すと、彼は少しだけ目を見開いた。ノゾミのために、自分はどうすべきかを考えているのだろう。無駄に高機能なAIで考えることじゃない。

「おい、おいこら」

「待ってくださいマゼラン。今、マスターへ傘を届ける方法をシミュレート中です」

 アカツキの足をぺしぺしと叩くが、反応が薄い。クリスタルのような翡翠色の瞳が、演算処理のため緩やかに光っている。

 マゼランはアカツキの思考をとめさせようと彼のズボンを引っ張るが、気づいてもらえない。こんなときはラブリーで非力な自分が恨めしい。

「傘をここから空へ飛ばし、マスターの元へ届けるのが一番速いのですが、着地点にいるマスターが動く可能性もあるので安全性に若干の問題が」

「若干じゃねーよ。やめんか、おバカー!」

 ずどん、と脚に頭突きをかましたところで、ようやくアカツキがこちらを向いた。

 なにをするのだと言いたげな瞳が見下ろしてくるが、こちらこそ言いたい。なにを考えているんだと。

 傘を空に飛ばすなど、そんなことをしたらPTAにどんな嫌味を言われるか。いや嫌味ならまだ可愛い。もし間違って他の人に刺さったり、校長のブロンズ像に刺さったりしたら一大事だ。

 危険ざます!! 貴女のアンドロイドは危険ざます! 廃棄してほしいざます! などと言って責めらるのだろう。ただでさえE型を保持しているノゾミには、一部の人間からの風当たりが強いのだから。

 棚にある置き時間を確認すれば、まだ下校まで時間がある。

 今日は雨の予報なので洗濯も、掃除も、やる気がない。そういえば冷蔵庫の中身が少なくなっていた。

「アカツキ、ちょっとこい」

 短いハンドで手招きするとアカツキは素直に近づいてきた。腰を折り床に膝をついてくれる。

「いい案が浮かびましたか?」

「いい案ってか、普通のことだけどな。ん!」

 抱き上げろと二つのハンドを上にあげると、承知したと持ち上げてくれる。少し前なら力加減ができずに、音を立ててボディがへこまされていたというのに、上手になったものだ。

「よぉおく聞けよ、これは重大任務だ!」

 アカツキの両手の上でピッとハンドを向けると、彼は神妙な顔をして頷いた。

「承知しました。作戦を聞かせてください」

「作戦は、いたって簡単!」

 マゼランは、にやりと笑う。

 たまには粋なことをしたっていいはずだ。

「ノゾミに傘を届けにいく。それだけだ!」

「……はい!」

 アカツキが嬉しそうに微笑んだ気がした。




 このあとは、雨合羽(ミニ)を着用したマゼランと、同じく雨合羽(大)を着用したアカツキが不審者のごとく町を練り歩き、ノゾミの学校、校門前でたたずむという。

 でもそれはどう見ても怪しくて、、、ノゾミに怒られるんでしょうね。

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