絶望☆偏差値高校(コメディー編)4000字台

※同じ高校、主人公、顛末でホラーとコメディを作ったうちのコメディーバージョン。

※ある意味理不尽!


 今年から俺が通っている高校は県内いや国内屈指の名門校だ。


 在籍生徒の最低偏差値が70。


 つまり偏差値70以上の人間しかいない、と言えば名門校の証明になるだろうか。

 全寮制であり、部活動は必須ではなく、更に勉学に差し障らない程度でなら許されているという超頭脳育成学校。因みにその部活動の大半は文化部系で、教科の発展や延長の類が多い。大学の研究室のような感じで、実際各大学や企業と共同で何かをしている部がいくつもある。


 運動部は適度な運動は頭の回転にいいとかでやっている奴がほとんどだ。それであっさり全国優勝を飾ったりするからここの連中は凄まじいエリート軍団だと思う。


 指導する教諭陣は全国の学校予備校私塾から引き抜かれた選りすぐりときている。

 とにかく、素晴らしいの一言に尽きる勉学環境に囲まれて過ごす。


 ただ一つ難点があるとすれば、生徒には校外外出の自由がない。


 けれどそれも仕方がないのかもしれない。

 難問ぞろいの入試をクリアした生徒のみ入れるここの学費はタダも同然。

 金が掛かるのは制服や自身の下着代くらいだ。

 つまりは勉強するために入学したのだから、三年間はその目的のためだけに費やせという方針なのだろう。

 入試の資料を見れば年によっては合格者が100人を切っていた。

 卒業者数は記されていないが、この学校の歴代の卒業生には政財界や法曹界、大企業のトップが少なからず存在している。

 正直学校法人として経営は成り立つのか疑問だが、政府の補助は元より企業からの多額の支援があると聞いたことがある。将来自企業に入って即戦力となる有望な人材を育てる有意義な事業の一環なのかもしれない。



 校内は常に空調が回っていて暑いとか寒いということがない適温・適湿が保たれ、清潔なのは言うまでもない。


 そんな快適環境の中、ついていた頬杖がズレてハッと目を覚ました俺は、眠い顔のまま教卓に目をやった。


 居眠りがバレてませんように。


 今は直近の模試結果の返却と傾向の解説をしている時間だった。ちょうど担任の授業だったので、ついでに返却したのだろう。

 けれど、一通りの解説を終えていた担任教師は俺に気付いていた。


 うわ、最悪。


 だが、彼は意外な事に、笑った。


 え……?


 怒る、ではなく、笑う、だった。

 それはもうしこたま楽しいとばかりに。


 ???


 全く意味不明の笑みに何故だか背筋がゾクリとした。


 担任教師は生徒たちの間ではクソ教師と呼ばれている筋金入りのお天気野郎。

 精鋭ぞろいと言われる教諭たちの中で一人異彩を放つ男だった。

 指導の腕はわかりやすく能力は確かなので人格は考慮しない採用だったに違いない。


「今回の全国模試でA君はこのクラスで唯一偏差値70未満を記録した。なあA君?」

「……は、はい」

「いくら熱があろうと我慢して受けてしまえば試験は平等。わかるな~?」


 クソ教師はウキウキとそんな風に生徒をからかう。

 おそらくは全く空気を読んでいないのだろう。KYもここまでくると天晴れだ。


 隣席のA君は気の毒に羞恥に顔を染め小さくなって俯いている。

 いつもはもっと成績のいい彼は模試の日は体調が優れなかったらしい。


 折良くチャイムが鳴った。


 A君に気にするなよと声でも掛けようと思っていた矢先。



「――バカはね」



 そんなクソ教師の一言からそれは始まった。


 ズドン……ッ。


 小規模な爆発音のような重い音と共に、


「ァ…ッ……?」


 A君の頭がショットガンで撃たれた蜂の巣のように破裂粉砕した……ように見えた。

 俺の顔には確かにそんな風圧が掛かったが、A君に明確な変化はなかった。


 だが、一見異常のないA君は急に机に突っ伏し一心不乱に何かを机に書きつけ始めた。

 そして、


「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」


 血走った目で何事かを延々と呟きながら笑っていた。


 ――――こッッッわ!!


 とは言え、好奇心が勝った俺は不気味に思いつつも机の書き付けを覗き込む。

 近付くと何を呟いているのかもわかった。


 Sちゃん、Mちゃん、Tちゃんラブ!!!!×500


 三人ともクラスの女子だ。

 目を落とせば、それぞれその三人の名前の横にA君自身の名前を記して相合傘を何個も何個も何個も何個も書いていた。この短時間でものすごい数だ。


「こッッッわ!!」


 俺の本音がうっかり口から飛び出していた。

 誤魔化すなんて気遣いも出来ない、それくらいの衝撃だった。

 クラスの他の奴らはクソ教師のショットガン(本物?)の空砲に呆気に取られ、誰一人として口を開かない。


「クククククク……」


 A君のその不審な笑声でだろうか、極限まで静まり返っていた教室内は覚醒し、何にだろうかどよめいた。


「静かにしろバカ共があっ!! 席に着け!! ああこれ快感~」


 クソ教師がショットガンを構え、その動作に悦に入ったように言った。

 再びの沈黙。

 今度のは困惑でだ。

 席を立ちかけていた者もそうでない者も皆大人しく着席した。

 満足そうなクソ教師。


 やばい。

 狂気の沙汰だ。

 救急車を呼ばなければ、二台!


 固唾を呑む生徒の誰もがそう思ったに違いなかった。

 笑い出したいのを堪え震える手で、制服ズボンのポケットから携帯端末を密かに引き出す。


 なっ圏外!?


 ……これ、ジャミングか!?


 いつのまにやら校庭には見慣れない細い鉄塔が幾つか立っている。

 あれがきっと電波を妨害しているに違いなかった。


「ただ今からテストを行う~。昨年の全国模試問題だ。母集団としては的確だろう。終了直後に採点しデータと照らし合わせて偏差値70未満の者はショットに値する~」


 皆が息を呑む音が聞こえた。


 ――――ショットって一体何の!?


 きっとそう突っ込んだに違いない。もちろん自分もした。


「つまりは、バカはね、んな頭はここには要らん。野に下れ、そう言う事だ」

「――な、何なんですかそれ! 意味わからな」


 ズドン!


 気を悪くして口を開いたB君がA君状態になった。

 教室内に男声二部合唱ならぬ二部お経のような声が聞こえている。

 B君は一体誰と相合傘を書いているのか正直気になった。

 彼の周囲が「何で1組のNさんと相合傘?」とか呟いている。なるほど。


「バカだけじゃなく素行が悪い生徒もこの学校には不要だからな~。遠慮なく撃つ」


 撃たれると何が駄目なのかクラスの大半はまだわかっていなかったが、俺は幸か不幸か薄々気付き始めていた。

 絶対撃たれるわけにはいかない。


 何故ならこの学校には…………可愛い子がいない!!


 あのショットガンで撃たれると、どうやら恋愛脳になるらしい。

 きっと見境なんて無くなるほどの。

 勉強なんてどこかに飛んで行くくらい恋愛一色になって、後は校則違反の平均偏差値70切りで見事に退学となる流れだろう。


 クソ教師は愉快そうな表情で手にしたショットガンの銃身を撫で、段ボール箱に入っていたテスト用紙を示した。


「お前とお前、配れ」

「「わ、わかりました……」」


 皆有り得ない状況に放り込まれたショックで抵抗する気さえ起きないようだった。

 いや、これは夢だと思い込もうとしているのかもしれない。

 或いは、まだこの突拍子のない状況を理解できていないのかもしれない。

 クラスメイトがもう既に二人も破壊されたと言うのに……。


 どこかのたぶん同じ階の教室から銃声が聞こえてきた。


「おうおう、やってるな。無駄な抵抗はよせよ~? 逃亡しても撃つ。俺の目を掻い潜っても無駄だからな~? 俺以外にも監視者は大勢いるんだよ、ククク」


 まさか、他の教師も……?

 優しかった国語の古内先生や人の好い世界史のおじいちゃん先生も?


「この学校に雇われてる立場上逆らえない者たちは全員監視者と言えばわかるよな~? 何せ賢いお前達だもんな~?」


 指名された生徒が問題と解答用紙を各列に配り終え、俺たちも自分の分を取り後ろへ回した。

 全員に行き渡ったところで、休み時間のチャイムが終わりを告げる。


「テスト始め~!」


 ともかく、クソ教師の号令で俺たち1-2の面々は、ぶつぶつ物を呟く二人を除いて必死のテストを開始したのだった。

 テスト中何度かどこかの教室で絶望音がしたが、そんなことは誰も気に留めなかった。


「おいおいまたかよ~。この聞こえ具合だとまた一年教室か。さすがに上級生たちはわかってるみたいだが」


 さすがに上級生は……って?

 クソ教師の言葉に引っ掛かった。

 まさか、まさかまさかまさか、ここは伝統的に…………。


「今まで黙ってたがな、この学校はこう言う場所だ。今年はどうにか無事でも来年再来年もある。きっちり勉強しとけよ~? この恋愛脳製造銃の餌食になりたくなければな~」


 案の定!


 テストの偏差値が一科目でも70を切るとA君B君みたいになる。

 それは嫌だ。絶対になりたくないっ!

 もう一度言うがこの学校可愛い子いないし!

 俺は妥協したくない!!


 筆記具を持つ汗ばむ手に力を込め、俺はどうにか問題を解き進めて行く。

 冷静にならないと生き残れないと本能がわかっているかのようだった。


 結果はCさんとDさん、E君が詰んだ。

 三人ともむしろ普段は俺より点数が良い。全ての教科において。

 異質さと隣り合わせのテストは冷静さを彼らから奪い取っていたらしい。


 ズドン×3


 Cさんはミュージカル張りに好きな相手を歌い上げ出すし、E君に至ってはクラス内の複数の女子に言い寄って平手を食らっていた。A君とB君が特殊というか大人しかっただけらしい。そのうち何故かCさんとE君が運命の人見つけたと言わんばかりに手を取り合って見つめ合った。


 ……Dさんは、何故か俺を熱い眼差しで見つめて来る。

 ぽっちゃり体型のDさんは俺の好みからは外れる。


 ともかく教室内にまた奇行人類が誕生した。


 この時になると、上級生のいる他階からも銃声が聞こえた。

 きっと満たなかった先輩がいたんだろう。

 だが、彼らは別の意味では満たされるはずだ……。


「結構結構~。次の査定は来月初めの科学のテストだな」


 来月初め!?

 今月あと三日しかないけど!?

 しかも科学!?


 普通専攻によって化学や物理、生物、地学と別れる理科系科目は、ここでは総合的に科学として出題される。つまりは全部やれという方針だ。この鬼学校!!


「こいつらは後で専門のカウンセラーが来るからほっといていいぞ~……ん?」


 颯爽と出て行こうとしたクソ教師は、俺とDさんに気付いて、いい事思い付いた!みたいに目を輝かせた。


「この際」

「御免こうむります!」


「まだ何も言ってないだろ~?」

「察しが付くんで」


「揃って同じ所に編入したらどうだ? 彼女欲しくないのか?」

「欲しいですけど、俺デ…ぽっちゃり系は好みじゃなくて! 妥協もしたくありません!」

「まあそう言うな、お前ギリギリだったし、いつもギリギリだし、次は無理だな~うん。在野で普通の高校生活を楽しめ」

「俺の可能性を決めつけないで下さいいいいい!」


 俺は将来総理大臣になんて大それたことは言わないが、エリート企業に入って重役になってらくらく~な余生を送る人生を歩むつもりなんだよおおお!


 クソ教師は小気味よく笑うと銃口を俺に向け引き金を引き絞り――――


 うああああああああああー!

 ――――

 ――




 ついていた頬杖がズレてハッと目を覚ました俺は、半ば呆然とした顔のまま教卓に目をやった。


 夢……。


 居眠りがバレてませんように、なんて可愛い願いは湧かなかった。

 整っているはずの空調の中、冷や汗のようなものがこめかみを伝った。

 俺の様子がどこか不自然だったのか。模試結果返却と一通りの解説を終えていた教師は俺を見て、笑った。


 え……?


 怒る、ではなく、笑う、だった。


 何故だか背筋がゾクリとした。


 隣りのA君を見やれば、表情が曇っている。結果が良くなかった時の顔だ。

 俺は追い立てられるように窓の外を見た。

 そこには見た事のないはずの、けれどまさに今見ていた細い鉄塔が建っている。

 注意深くクソ教師の方を眺めれば、背後には銃のような何か長い鉄筒が見える……。


 まさか、これは、また夢か?


 それとも……。



 携帯は、圏外を表示していた。

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