やぬしさまは色々もちかえる

 やぬしさまの厄介な『体質』について触れておきましょう。

 学生の頃から、やぬしさまは時々、今住んでいる世界とは全く別の世界に迷い込むという奇妙な体質を発揮するようになりました。

 病気なのか、呪いなのか、それとも別の何かか。

 やぬしさまは一切悩むことなく、その体質を受け入れました。


「取り敢えず、夜になったら帰れるみたいだからいいかな」


 呆れたポジティブシンキングですが、ご両親が存命だった頃からその生活は始まっているわけですから、社会的な決着はついているということでしょう。

 別の世界から持ち帰った『価値のありそうなもの』を知り合いの古物商に売ることで、現在の生計を立てているやぬしさま。

 訪問した世界は三十を超えるといいます。ひとつの世界の厄介ごとを解決しますると、その世界には迷い込まなくなるそうです。また、しばらくの間、体質も悪さをすることがなくなります。やぬしさまのお仕事は『異世界のトラブルバスター』と言えるかもしれません。

 さて。行く先々で価値のありそうなものをちょろまかし……もとい、持ち帰ってくるやぬしさまですが、今日はまた奇妙なものを『持ち』帰ってきたのです。


「おやおや、先客がいたとはね」

「初めまして。僕の名はラーシュ。こっちでむくれているのは姉のシキワです。今はこの家でやぬしさまに尽くしている家妖精です。よろしくお願いしますね」

「リョースという。異なる世界に行ったと思われる双子のデックを探して旅をしているんだ。今回はやぬしどのの協力を得られることとなってね。彼の鞄に便乗してやってきたのさ」

「や、やぬしさまとお話ししたんですか」

「おや、君たちはしていないのかい? あぁ、ほぅほぅ。……なるほど、だからか。いや、こちらの話だとも。やぬしどのからは快諾していただけたのでね。しばらく滞在させてもらうよ」

「むぅぅぅぅぅっ」


 シキワはぷくうと頬を膨らませて、リョースを歓迎するつもりがないようです。それもそのはず、リョースは洗練された美貌の持ち主で、美少女とは言っても田舎少女の雰囲気を漂わせるシキワは危機感を募らせています。

 そうでなくても、妖精の立場でやぬしさまと親しくお話ができるなど、シキワにとっては羨ましい限りなのです。

 一方で、ラーシュは冷静でした。

 輝く髪をたなびかせ、余裕の態度を崩さないリョースに笑顔で話しかけます。


「ではリョースさん、これからよろしく。それで……リョースさんはどういったお仕事をされる予定です?」

「うん。妖精たる者、礼を尽くして世話になる家には繁栄をもたらさなくてはならないからね。私は植物との相性が良いから、庭の手入れを仕事にさせてもらおうかと思っているよ」

「そうですか! 僕たちは庭いじりには適性がないので助かります。あ、でも……」

「ん?」

「やぬしさまの世界では、僕たちのような妖精は実在を信じられていないようですので、人目につくのは良くないですよ」

「ほほう、ほう。それは大切な情報だね。ありがとうラーシュくん。……それで、お姉さんに対してはどうしたらいいかな」

「ほっといてください」

「う、うん……」







 やぬしさまは連れ帰ったリョースを連れ歩くこともなく、しばらく経つと体質が落ち着いたようです。どうやらリョースの住んでいた世界での厄介ごとは解決したようで、持ち帰ってきたいくつかのアイテムを売りに出かけていきました。

 一方で、何やら便利だと思ったのか家に置いて行ったアイテムもいくつか。

 やぬしさまがおでかけの間に、ラーシュとシキワはそのアイテムを前に目を輝かせます。


「おや、これは珍しい」


 そして、今日は隣にリョースの姿もありました。

 今日の今日までシキワとリョースは冷戦状態で――ただしシキワからの一方的なものなのですが――二人はちゃんと言葉を交わしたことはありません。


「リョースさん、これが何かご存知なので?」

「うん。これは妖精が人と結ばれるために使われる品でね?」


 ぴくんと、シキワが反応しました。


「人にとっては指輪の大きさなのだが、妖精にとってはブレスレットくらいの大きさだろう? 人はこれを妖精が作った、自由にサイズの変わる魔法の指輪だと思っているんだが、これを腕にはめることで、妖精はひと夜の間だけ体の大きさを変えることができるんだ」

「ふむふむ。ひと夜だけでは結ばれるとは言わないのでは」


 もともと男の子であるラーシュにはあまり関係のないことです。興味のないところなのですが、シキワが聞き耳を立てていることに気付いているのでリョースに話の続きを促します。


「そうだね。だからもうひと手間必要なんだ。そのひと夜の間に、相手の人と結ばれること。そうすれば妖精は人に生まれ変わるのさ。駄目なら二度と人の姿にはなれないし、思い人以外の人間を相手にすると、泡となって消えてしまう」

「ほほう、リスクもあるんですね」

「種族の壁を超えるのは簡単ではないということだね」


 言いながら、リョースはブレスレットをシキワの方に差し出しました。


「な、なんです!?」

「いやいや。君には必要なんじゃないかと思って」

「あ、あなたこそ! やぬしさまを相手に使いたいのではないです!? そ、それにこれはやぬしさまの持ち物で」

「私はデックとのことがあるから、この家に永住する予定はないよ。まあ、数多ある世界の中、やぬし殿が偶然デックのいる世界にたどり着く可能性がそう高いものではないのも事実なんだけど……」


 リョースはやぬしさまにデックがいる世界でそれを知らせるというマジックアイテムを預けているといいます。

 やぬしさまに一縷の望みをかけたリョースは、まずはデックのことしか考えていないようですが。


「私はやぬし殿の隣に立つつもりは、今のところはないかな。でもね、デックとのことが決着した後のことはわからないよ?」

「なっ……!?」

「さあて、いつになるかなあ。でも、君が人になったらラーシュ君はひとりぼっちだねえ。さあ、どうする?」

「うぅぅぅ……っ。あなたは意地悪だっ」

「仲良くしようとしない相手にはね。まあ、しばらく悩むといい。私からは上手いこと言っておくから」


 顔を怒りか恥ずかしさかで真っ赤にさせながらも、手に取った腕輪をテーブルに戻そうとはしないシキワでした。

 ラーシュはふたりの様子を見ながら、経験豊富なリョースに弄ばれるシキワが幸せになるといいなと願っていました。


 絶対に口にはしませんけれど。

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