僕はエクスカリバーの数だけ強くなる

mysh

エクスカリバーをくわえた黒猫

 その晩、そいつは現れた――エクスカリバーをくわえて!


 悠然と窓枠にたたずむその姿はさながら百獣の王のようで、体長の数倍はある刀剣をくわえる姿は畏敬いけいの念を覚えるほどだった。


 ただ者ではない、僕は即座に直感した。


 とはいっても、見た目は愛くるしい子猫。驚きの声一つ上げず、口をポカンと開けて見つめていた。子猫はくわえた刀剣をベッドの上へドサリと落とすと、自身もそこへ降り立った。


 真っ黒な毛並みと黄色に染め上げられた瞳。不吉の象徴として扱われがちな黒猫だ。生まれて間もないのか、足取りはぎこちない。たった数歩歩くうちに三回もつまづいた。


「坂上健吾、お前に話があるにゃご」 

「あなたは?」


 我ながら冷静に受け止める。話し始める予感があった。話し始めないほうがおかしいぐらいに思った。


「ニャゴは天上より遣われし神のエージェントにゃご。わかりやすく言うなら、神の眷属けんぞくにゃご」

「エージェントのほうが断然わかりやすいです」


 その内容は言葉通りに信じる。もし疑うのなら、まず猫がしゃべっていることから疑わないといけないし。


 それよりも、見た目にしても変な語尾にしても、可愛さアピールが少しうっとうしい。ただ、声色は落ち着いていて、神のエージェントに違わぬ風格があった。


「神のエージェントが何の御用でしょうか?」

「単刀直入に言うにゃご。これからニャゴと共に裏の世界へ行き、そこを支配する冥王をこの聖剣エクスカリバーで討ち果たしてもらいたいにゃご」


 エクスカリバーと呼ばれた刀剣に目を落とす。さやから柄頭つかがしらに至るまで、布の巻かれたグリップ部分以外は金色に輝いている。


 確かにこれはかの有名な聖剣エクスカリバーだ。エクスカリバーのことなんて何一つ知らない僕に、そう思わせるだけの説得力があった。


「質問があれば、何でも受け付けるにゃご」

「では、まずは裏の世界の場所から」


「表の世界と裏の世界は表裏一体にゃご。表の活動が活発になれば沈静化し、静まれば活発化する。近くにあるようで近くにない、裏の世界はそんな存在にゃご。世界の行き来はニャゴが手を貸さなければ事実上不可能にゃご」


「それはつまり、帰ってこれない旅になるということですか?」


 僕は気取りながら言った。何かノリノリで答えてしまう魔力があった。


「体は別に用意してあるから心配いらないにゃご。睡眠時の意識を向こうの体に送るだけにゃご。明日の朝にはこっちに戻っているから生活への支障もないにゃご。

 ついでに言うと、向こうで死んでも全く問題ないにゃご。新しい体を即座に用意するにゃご。あと、ガイド役としてニャゴも同行するにゃご。このエクスカリバーをはじめ、物質的な支援も惜しまないにゃご」


 一気に畳み掛けてきた。至れり尽くせりで、緊張感のかけらもない。じゃあ、とりあえず行ってみようかなあ、って勢いで口走りそうになった。まだ確かめることが山ほどある。


「次は冥王についてお願いします。倒さなければいけない理由も含めて」

「冥王は元々裏の世界の存在じゃないにゃご。強大な力を秘めた指輪を手に入れ、裏の世界を一手に掌握したにゃご。その指輪の力は表の世界にすら影響を及ぼす危険な代物しろものにゃご。だから、ニャゴは重い腰を上げて討伐に動いたにゃご」


「どうして裏の世界の人間に頼まないんですか?」

「指輪のせいで、裏の世界の人間はもはや冥王の操り人形と言っても過言ではないにゃご。だから、冥王の支配下にない表の世界の人間を連れていく必要があるにゃご」


「ちなみに、裏の世界はどんな感じの場所ですか?」

「では、裏の世界の世界観やシステムについて概略がいりゃくを説明するにゃご。人類と――」


 この先は長い話だったので省略します。著名なファンタジー小説がベースになっていて、レベルが存在するRPG的な世界だそうです。なぜそんなことになっているのか聞いたら、「世界を作った奴の好みにゃご」という返答でした。


     ◇


「では、最後に僕が選ばれた理由をお願いします」


「裏の世界はこのA市のちょうど裏側にあるにゃご。だから、そこで活動できるのはA市近郊に住む人間に限られるにゃご。さらに資質を持つ人間でなければならないにゃご。

 該当者は百名少しで、壮齢の男子に限れば三十人程にゃご。頭が固くない二十代前半までに絞ったら、両手で数えられる人数しか残らなかったにゃご」


 サイコロで一の目が出る確率と変わらない。光栄に思っていいのだろうか。


「その中からニャゴの独断と偏見で健吾を選んだにゃご。名前が剣豪っぽくって良かったにゃご」

「……それだけですか?」


 選定基準が適当過ぎる。勇者の資質に一番優れていたとか、求めているのはそんな感じのコメントですよ。


「強いて言えば、健吾は言うことを聞きそうな気がしたにゃご。ニャゴとも一番気が合いそうだったにゃご」


 聞かなければよかった。友達でも欲しかったのかな?


「それに、ちょっとニャゴの好みのタイプだったにゃご」


 初めて好意を口にしてくれた相手は生まれたての黒猫(神のエージェント)でした。


 途端に静かになった黒猫は、照れ隠しなのかシーツをガリガリと引っかき出した。やめてください、シーツ切れるじゃないですか。


     ◇


「ちょっとエクスカリバー持ってみてもいいですか?」


 気まずい雰囲気になったので、エクスカリバーを構えさせてもらう。気分が盛り上がってきた。天井に当たるので素振りができないのが残念だ。


「様になってるにゃご」

「これで冥王と戦うんですか」


 さすが伝説の聖剣。手に馴染んでくるような持ちやすさだ。剣道の竹刀に比べれば、段違いに重いけど、思ったよりも軽い。この程度なら、いずれ慣れるだろう。


「そうにゃご。健吾ならきっとやれるにゃご。レベルを上げれば、エクスカリバーは山をも真っ二つにする最強の武器になるにゃご」


 人類のためになりそうにない凶悪さだ。世界を平和にしたらエクスカリバー拡散防止条約をつくろうと思う。


「ビックリするほど持ちやすいですよ」

「当たり前にゃご。健吾の手にフィットするよう作った特注品にゃご」

「伝説の聖剣もオーダーメイドする時代に入りましたか」


 これは贋作がんさくとかレプリカと呼ばれるものじゃないだろうか。


「それに意外と軽いんですよね。まあ、本物の剣を持つの初めてなんですけど」

「刀身以外は炭素繊維で軽量化をはかってるにゃご。最先端技術のすいを集めたにゃご」

「へぇー、文明の賜物たまものですね」


 エクスカリバーの定義は何だろう。金ピカに光ってるとか?


「もうスペアが一本でき上がっているにゃご。それに五本ぐらいならすぐに用意できるにゃご。だから、多少手荒てあらに扱ってもらって構わないにゃご」


 もはや何をもってエクスカリバーを名乗っているのかわからない。でも、左右の腰に一本ずつさげて、残りの三本を背負ったら千手観音っぽくてカッコいいかも。


「それで裏の世界へはどうやって行くんですか?」

「このベッドで眠りにつけば、自動的に裏の世界へ転送されるにゃご。合計百キログラム以下なら何でも持ち込めるにゃご」


 結構自由だな。何か、ちょっとコンビニに行くぐらいの感覚になってきた。


「善は急げです。早速向かいましょう」

「その意気にゃご。所詮冥王の手下は中世の未開人を苦しめられる程度の連中にゃご。愚昧ぐまいなモンスターどもに科学の力を思い知らせてやるにゃご」


 そういう趣旨だったかはともかく、電気を消して、エクスカリバーを抱えてベッドに寝転がった。最初はぬいぐるみのように抱いて寝たけど、寝返りの拍子に鞘から抜けでもしたら大惨事になりそうなので、脇のほうに寄せておいた。


 これからテーマパークにでも向かう気分で目蓋まぶたを閉じる。言葉巧みに乗せられたけど、少しは心の葛藤とかしておくべきだったろうか。

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