第二章 吹奏楽コンクール 2 和田音入部
|直が入部した1週間あと、もうひとり1年生が入部した。パーカッションの和田音だった。直は凛から彼のプロフィールを聞いて驚いた。
小学校を卒業後、母と渡米して音楽の英才教育を受けて帰国。ピアノは3歳から。またプロから指揮法をみっちり勉強して帰って来たまさに音楽のエリートだった。
「なんでうちみたいな学校に来たのかわかんないわ、普通なら音大附属にいくよね」
凛が不思議そうに言った。直もわからないなりにうなづいた。
「とりあえずパーカッションだって。でも小林先生はゆくゆく自分の代わりにしたいみたい」
「そうなんだあ…」
その日のミーティングで顧問の小林涼介から紹介があった。
凛から聞いたままのプロフィールだったが、当の和田はそんなことどうでもいいやみたいな顔をしていた。聞いていた部員全員が〈なんでうちに?〉と言いたげな表情をしていたが、直はそんな和田に興味を持った。
小林に促されて和田は自己紹介をはじめた。
「わだ おとと言います。中学はアメリカで勉強していました。でも日本語で話しかけてくださいね、よろしくお願いします!」
和田の自己紹介は簡単だった。
「それではミーティングを終わります。明日も頑張りましょう」と部長の美津があいさつした。
それを待って直が和田に声をかけた。
「和田くんって2組だよね、私、3組の梢直です!よろしく!」
和田がキョトンとした顔をした。
「あ、ああ、初めまして」
和田がニコッと笑った。
「同じ1年生なので仲良くしてください!それと私は音楽知識ゼロだから、色々教えてください!」最初はなんだこいつみたいな顔をした和田だったが、直の人懐こさに少し親近感を持ったのか「うん、こちらこそよろしく」と笑顔で返した。
直はうれしかった。心強い同期生が出来たからだ。
直の中で今まで思ったことのない恋心が芽生えようとしていた。
帰り道もニコニコしている直を美沙はちょっと不気味に感じたが、ほっといた方がいいだろうと何も聞かなかった。
直は帰宅しても上機嫌だった。真奈美が「何かいいことがあったの?」と聞いても「いや、何でもない」とはぐらかしたが全ては顔に出ていた。総司も娘の上機嫌に何やら不気
味なものを感じたが詮索するのをやめておいた。
5月になり、吹奏楽部はコンクールに向けての練習に入った。ただし、1年生は基礎練がメインでまだまだ課題曲の練習はさせてもらえなかった。
凛に叱られて写譜をしようと家で白紙に五線を書いていたらそれを真奈美に見つかり大笑いされた。
「直ちゃん、五線紙知らないの?」
「何?ごせんしって」
「最初から五線が印刷されているのが売ってるわよ。あとは音符と記号を書き込むだけよ」
「えー!ホント?」
考えりゃ分りそうなものだが純粋な直は「コピーは許さん!」と言われていたのでそんなことすら気がつかなかった。
「明日にでも文房具屋さんで買ってらっしゃい」
「うん、お母さんありがとう」少し緊張が緩んだのか眠くなり、ベッドに潜り込んだ。
3日後、写譜したのを凛に見せた。一目見てぷっと笑われてしまった。
「直、バカていねいに写したわね、まるでコピーみたいだわ」
直は「andante」の書体とかスラーのカーブの太くなるところまでていねいに写していた。
「まあこれも書き込みで汚くなるわ」と凛は自分の昨年の楽譜を見せた。
「もっと揃えて!」「指揮をよくみる!」などいっぱい書き込みがされていた。
直はていねいに写譜することより力を入れることがあるのに気がついて少し恥ずかしくなった。
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