第12話 呼び出し-2
望と別れて約束どおり4階にある新聞部の部室に向うと野辺山先輩が待ち構えていた。
「そこに座ってリラックスしてね」
言われたとおりに椅子に座ると野辺山先輩がファイルの様な物を持ってきて俺の前に座りファイルを開いた。
「用事があるのでそんなに時間無いですよ」
「月ノ宮さんが心配?」
「彼女は関係ありません。取材なんて口実ですよね、俺には話せるような過去はありませんけど」
「あなたの過去などどうでも言いの、ただ日向君がどんな人か知りたかっただけ。あなたが何者なのか?」
それはこの部屋に入った時から感じた違和感だった。
誰かに見られている、それに野辺山先輩の口調が変わりよう視線にも敵意が感じられる。
「それで、何者でした?」
「優しくって、何かを隠している。とてつもない力を」
「そんな力なんて持ってないですよ」
「あら、そうかしら。昨日は電波ちゃんを助けるために不良3人を瞬殺したらしいじゃない」
「そんな事、良く知っていますね」
「新聞記事は生ものなの、鮮度が大切なのよ。これからもよろしくね」
「何をですか?」
「新鮮なネタよ」
この人がそんな事知っているはずが無い。あの周りには誰も居なかった。
誰かいたとすれば出入り口に彼等が居るはず無いからだ。
考えられる事はあの男達がグルか利用されたか、怪我をするリスクがあるとすれば後者だろう。
そして狙われていたのは間違いなく雪菜だった。
「新鮮なネタですか、最近は養殖の方が多いですからね」
「あら、そうかしら。養殖も調理次第では天然より美味しいと思いますけど」
宣戦布告して神経を集中すると視線の方向が判った。
その神経を一点に集中させると一瞬だけ小さな光を発して視線を感じなくなった。
すると野辺山先輩の表情が少し変わるのを感じる。
「急いでいるので失礼します」
これ以上無意味だと思い立ち上がりドアに手を掛けると野辺山先輩が後ろから少し強い口調で話しかけてきた。
「これは、警告よ。電波ちゃんは良いけれど、スクリームプリンセスには気をつけなさい。彼女は2つ名の通り感情の浮き沈みが激しくって危ないわよ、それに悪い噂もあるしね。綺麗な薔薇には棘があるから」
「ご忠告ありがとう御座います。綺麗な青紫の花が咲く猛毒の鳥兜みたいですね生徒会は。俺は棘が刺さっても薔薇の方が好きですけれど。失礼しました」
ドアを開けて新聞部を後にすると俺と入れ違いで誰かが部屋に入った気配がした。
「会長、直ぐにでも」
「無理よ。やられたわ、カメラを潰された。Sランクにランクアップして」
「かしこまりました」
新聞部の部室を後にして廊下を歩いていると校内放送が流れた。
「1年A組の日向真琴さん、校内に居りましたら至急保健室まで」
次は保健室から呼び出しか……どこまで俺は有名人なんだまったく。
そんな事をブツブツ言いながら頭を掻いて保健室に向った。
「失礼します。1年A組の日向です」
挨拶をしながら保健室に入ると左手は白いカーテンで仕切られていた。
ベッドでもあるのだろう。
そして正面には机があり机と同じ高さの本棚がある、右手には白い薬品棚が置かれていた。
「そこに座りなさい」
声がする方を見ると正面の机の前に長い髪を1つに束ねた白衣姿の女の人が椅子に座っていて。
逆光で顔までは良く見えなかった。
言われるまま椅子に座るとはっきりと顔の表情が見えると、どこかで見覚えがある顔立ちだった。
「あなたが日向真琴君、通称マコちゃんなのね」
いきなりそんな事を言われて戸惑ってしまった。
マコちゃんは通称なんかじゃなく、俺の事をマコちゃんと呼ぶのは七海だけなのだから。
少し警戒して訝しそうに女の顔を見た。
「そんなに怖い顔をしないで欲しいな。私は養護教諭の月ノ宮 薫って言います。それと一応医師免許を持っているので校医を兼任しています。よろしくね」
「月ノ宮って……」
「あなたの考えているとおり月ノ宮七海は私の妹よ」
「その養護教諭兼校医の七海のお姉さんが俺に何の用ですか?」
「少し聞きたい事と確認したい事があるの」
見覚えがあるはずで。大人ぽいと言えば失礼かもしれないが、七海がもう少し歳を重ねるとこんな顔になるんだろうなと容易に想像できる。
それほど七海に良く似た顔つきをしていた。
生徒会にも俺のファイルがあるくらいなら教員がファイルを見ることなど容易いのだろうと思い、警戒を解き俺から切り出した。
「何を聞きたいのですか? 俺に答えられるような事は殆ど無いですよ。先生方の方が詳しく判るんじゃないですか?」
「あなたの言う通りね。ここにはあなたの履歴と戸籍謄本と住民票それに入学前の健康診断の結果のファイルがあるからね。ただどんな人なのか知りたかったの」
まぁ、七海のお姉さんならしょうがない事なのだろう。
七海は何も知らない転校生と親しくしているのだから。
雪菜の言葉が気になり俺から質問した。
「七海はここに居るんですか?」
「少し前までここで寝ていたけれど帰ったわよ。七海の事が心配?」
「ええ、転校生の俺に色々と優しく教えてくれる友達ですから」
「本当に友達だけなの?」
「どう言う意味ですか? 七海とは知り合ったばかりですよ」
「本当に?」
月ノ宮先生の『本当に?』と言う言葉に何故か心臓の鼓動が跳ね上がる。
あのファミレスで七海に言われた様に俺も七海とは始めて会った気がしなかったのは確かだった。
そんな気がしても俺の記憶の中にはそんな片鱗さえ無かった。
「そんな事を言われても困ります。俺には記憶が無いんですから」
「ゴメンなさい、それじゃ質問を換えるわ。いつごろまでの記憶が残っているの?」
「さぁ、判りません」
「そう、判ったわ」
無性に自分に腹が立ってきていた。
これほど記憶が無いのがもどかしく思ったのは初めてだった。
そんな事を月ノ宮先生は見抜いたのだろう、それ以上記憶に関することを聞くのを止めて話の内容を変えてきた。
「日向真琴君には知っていてほしい事があるの、聞いてもらえるかしら?」
「構わないですよ、七海の事なら。これからも友達でいたいから」
「両親は七海が幼い頃に死別して私が七海を育ててきた。七海はとても辛い思いをして心に大きな傷を持っているの。それから七海は感情の起伏が激しい女の子になってしまった。心が悲鳴を上げているんだと思う、それは私の責任なのだけれど私には何もしてあげられなかった。あの子はあなたが転校してきてから変り始めたの。毎日の様に『マコちゃんが』って嬉しそうにあなたの事を話しているわ。私にあの子を救う事は出来なかった、身勝手なお願いだとは思うけれど、いつもとは言わないから出来るだけあの子の側にいてあげて欲しいの」
月ノ宮先生は俺の目を射抜くように真っ直ぐに見つめて話しかけてきた。
彼女の表情から俺はこの人も理由は判らないが辛い思いをしているのが読み取れる。
そこには嘘など何処にも無いのがわかるのだが一点だけ気になることがあった。
それを直接投げかけてみた。
「先生は俺の過去の事を何か知っているんじゃないですか?」
それは直感だった。
俺と七海が同じように初めて出会った気がしないのなら七海の姉である先生にも同じ感覚があるか、それ以上の事があるかもしれないと思った。
それにあの『本当に?』という言葉がどこかに引っかかっていた。
何故なら月ノ宮先生の手元には俺ですら知らない俺に関する資料が在るからだ。
履歴は別にして戸籍謄本と住民票が本物なら俺が過去に何処に住んでいてどこの学校に通っていたと言うのが判るはずなのだ。
しかし、先生は何も言わず横に首を振った。
「判りました。出来るだけ力になります、俺も七海の事は好きですから」
それは俺の本当の気持ちだった。
その時は何故だか判らないが七海とはどこかで繋がっている様な気がしてならなかった。
「ありがとう。それじゃ遅くなるといけないからもう帰りなさい」
「はい」
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