第2話 目覚め・1

 無限のような時を過ごしていた。

どれだけ時が過ぎたのだろう。何かに引き上げられていく感覚がする。

これも夢の中なのだろうか。

そんな事を考えていると、とても穏やかな波の音が聞こえ、優しい風が頬をすり抜ける。

ゆっくりと目を開けると膨大な光が目に飛び込んでくる。

眩しくて堪らず目を細めた。

それはまるで周波数が合わないラジオを聞いていた状態から。

急にチューニングが合った様に全ての感覚が覚醒した瞬間だった。


「ここはどこだ?」

辺りを見渡すとそこは海岸沿いの防波堤の上だった。

膨大な光は澄んだ空から輝く太陽とその光を反射して煌いている波間の光だった。

「さぁ、始めよう」

不意に声がした。

どこから声がするのか判らずにあたりをキョロキョロと見回すが誰も居ない。

居るのは俺の足の側に三毛猫ともシャムネコとも言えない様な、耳と尻尾の黒い猫が1匹座っていて俺の顔を見上げていた。

まさか猫が喋るなんて事は無いよな、俺が生きてきた?

あれ? 俺って生きているのか?

そんな事すら曖昧だった。

「君の名前は真琴だ。日向真琴」

「アイドルみたいな名前だな。って……ね、猫が喋った?」

な、何だ? 今が何時なのか? ここが何処かさえ判らない。

それに自分自身が何者で生きているのかさえ判らない状況でいきなり猫が喋りだしたのだ。

カオス状態の頭で考えても猫が喋り出すのはありえない事だと直ぐに理解できた。

「そんな、魂が抜けたような顔をするな。魂が抜けたら君は消えてしまうけどね」

「やっぱりお前が喋っているのか?」

何も判らない事だらけだが無理やり今の状況を飲み込むしかなかった。

俺が聞くと顔を前足で撫でながら猫が続けた。

「僕はポーターだ」

「ポーターって運び屋って事か? それじゃ俺は誰なんだ」

「君はハーフゴースト。名は日向真琴」

「日向真琴、それが俺の名前? ゴーストと言う事は幽霊って事なのか? 俺が幽霊ならお前は死神か?」

「どちらも当たらずも遠からずかな」

「それじゃ、ここは何処なんだ?」

「ここは君の望みをかなえる場所」

「俺の望み……」

何を言われているのか全く理解できなかった。

俺が幽霊で俺の望みって何だ、そんな事を考えているとポーターだと言う猫が首をかしげて聞いてきた。

「君は、自分の望みを忘れたのか?」

「俺の望みなんて知らない。それに俺は幽霊なんだろ死んだはずじゃないのか?」

「当たらずも遠からずと言った筈だよ、限りなく人間に近い幽霊と言った方が良いかな。幽霊とは違い特別な力が無い人間にも認識され会話も出来る。でも人間ではない、これはゲームなんだ」

支離滅裂、奇奇怪怪だな。

人でもなく幽霊でもない生霊って事なのか? 生霊なら本当の体は何処にあるんだ。

まじまじと自分の体を観察する手も足も自由に動かせる、痛みも感じるし太陽の暖かさも風が吹いているのも感じることが出来た。

服装はジーンズを穿きTシャツの上にストライプのシャツを着て白いスニーカーを穿いている。

何の変哲もない普段着だった。

ただ判らないのが自分の顔とここに来るまでの記憶が皆無なのだ。

あるのは夢の世界で日常を繰り返していた事だけだった。

「少し時間がかかり過ぎたみたいだね」

その声に夢現から現実に引き戻される。

時間がかかり過ぎた?

ゲーム?

何の事なんだ、ここは本当に現実の世界なのか。

「しばらくすれば判って来る筈だよ。行こう」

「行くってどこに?」

「君が暮らす家だよ」

「俺の家?」


その時、頭の中に一筋の閃光が走り心臓の鼓動が跳ね上がる。

驚いて振り返ると防波堤沿いの片側1車線の道路に紅葉している桜並木だろうか歩道に綺麗に植樹されている。

その並木の下を数人の女の子が歩いて居て、その中の1人の少女と目が合った様な気がした。

女の子達は高校生ぐらいだろうか学校の制服を着ている。

クリーム色に紺のラインが入ったブレザーに紺のチェックの短めのプリーツスカートを穿き、真っ白いブラウスには綺麗な青いリボンが風に揺れていた。

その中の1人の少女が俺の方を見ていた。

緩くウエーブのかかった長い黒髪が潮風に揺らぎ、少し幼さが残る様な顔つきだったが少女の瞳に目を奪われた。

その瞳からは哀しく深い闇を感じた。

あの夢の中で感じたものと同じ感覚だった。

「七海どうしたの?」

不意にクラスメイトに声を掛けられて少女は「何でもない」と答えてお喋りをしながら通り過ぎて行った。

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