第7話 tre.3

ラストオーダーも無くレストランをクローズして賄いを食べる。

今日の賄いはジェノベーゼのリゾットの上に鶏のソテーが乗っているものとサラダだった。

葛城、杏、楓、柚葉の4人はテーブルでオーナーとチーフは事務所で。

凛はキッチンで翌日の仕込みをしながら賄いを食べていた。


「美味しい!」


杏が思わず声を上げた。


「そうだろ、ここの賄いは石垣で一番美味しいんだよ」

「そうだ、葛城」


楓が葛城にいきなり切り出した。


「なっ、何だよ。いきなり」

「夕方に言っていた、雷神とか風神って何?」

「そうか、皆は知らないんだよね。関東一円をしめていた伝説の暴走族とレディースの名前だよ」

「そんなに凄いの?」

「柚葉ちゃん関東一円と言う事は日本で一番だよ。そこの歴代の総長の中でも有名なのが死神リンと死天使アーサで、名前を聞いただけで普通の族は尻尾を巻いて逃げ出したんだ」

「それがオーナーと凛さんなの?」

「たぶんね」

「ふうん、いまいちピンとこないなぁ」

「でも、オーナーの激怒ってる時って怖いもんね」

「凛を殴り飛ばすくらいだもんね」

「凛さんって怒ってるの見たことないよね」

「そうそう、杏ちゃん。プライベートな凛さんてどんななの?」

「柚葉ちゃん、あんまり変わんないよ。私がいるからかなぁ。でも毎朝1時間ぐらいプールに泳ぎに行っているけど」

「毎日なの?」

「うん、今朝は一緒に泳いできたもん」

「うぉー。早起きすれば、杏ちゃんの水着姿が見られるんだ」

「見習い君は早起きできるの?」

「無理す」


楽しくお喋りをしていると亜紗が声を掛けてきた。


「はいはい、おしゃべりはそのくらいにして片付けて帰りなさい」

「あ、オーナー。今度の定休日に、杏ちゃんの歓迎ビーチパーリーやりましょうよ」

「それ良いかも、ね、柚葉」

「うん、やりたい」

「凛はOKなの?」

「義姉さんがOKなら」

「じゃ、決まりですね。場所は石崎で」

「ご馳走様でした」


各々片付けを始めた。


「お先に失礼します。杏ちゃんまた明日ね」

「うん、バイバイ」

「俺もお先でーす」


楓と柚葉が帰り葛城も帰って行った。


「杏ちゃんはどうするの? 凛」

「ケツに乗せて帰るから」

「気を付けて帰るのよ。お先にね、杏」

「お疲れ様でした」


亜紗とチーフの藤崎が帰ると杏は着替えを済ませて凛の作業を見つめていた。


「悪いな、待たせてしまって」

「平気だよ。凛って料理凄いんだね」

「普通だよ」

「どこで覚えたの?」

「イタリアで放浪してた時にな」

「凄い、本場仕込みなんだ」

「買いかぶり過ぎだよ。さぁ、終わったから帰ろう」

「うん」


電気を消して戸締りを確認して店を出ると雲行きが怪しく風が強くなっていた。


「急いで帰らないと降られるかもな」

「雨が降りそうなの?」

「そうだ、急いで帰ろう」


スクーターに2人乗りして帰路に着く、直ぐに雨が降り出し雨脚が強くなり雷がなり始めた。


「クソ! 雷まで」


その時、杏の異変に気が付いた。

凛の体にしがみ付きながら尋常じゃないくらい震え出したのだ。

パイナップルや島野菜などを売っている無人販売の小屋の前にスクーターを止めて小屋の中に杏を座らせる。


「おい、杏。どうしたんだ?」

「嫌ぁぁぁぁ!」


雷に反応するかのように杏が泣き叫んだ。


「大丈夫だから」


凛は杏の体を抱しめると杏が凛の腕を握り締めた。



どれ位時間が経ったのだろう雨脚も弱まり雷も遠くなると杏が落ち着きを取り戻した。


「杏、大丈夫か? 家に帰ろうな」


杏はただ頷くだけだった。

家に着く頃には2人ともずぶ濡れだった。

部屋に入り浴室のシャワーを出しぱなしにして温める。


「先に、シャワーを浴びなさい。風邪を引くといけないから」


杏は凛の手を離そうとしなかった。


「それじゃ、ここで待っているから」

「うん。絶対にそこに居てね、約束だよ」

「ああ、判ったよ」


杏がシャワーを浴び始める、凛はドアの外に立ったまま待つことにする。

しばらくすると杏が出てきて凛がシャワーを浴びる体の芯まで冷えていた。

杏がつかんでいた腕を見るとはっきりと手の跡が痣になっている。


「あれは何だったんだ、いったい」


凛がシャワーから出てくるとドアの側で杏が蹲る様に座って凛が出てくるのを待っていた。


「寝ないのか?」

「寝るけど……」

「部屋に行こう」

「うん」


杏が凛の手をつかんで着いて来る。


「もう寝なさい」


その時、遠くで雷鳴がすると杏の顔が引きつった。


「それじゃ、杏が寝るまで側にいるから」


凛がベッドの脇に座ろうとした時、杏が凛に抱きついてきた。

杏の目から大粒の涙が流れていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁん」

「おい、杏。どうしたんだ?」


杏が抱きついた勢いでベッドに倒れこんだ。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


杏は泣きながら繰り返し謝るばかりだった。


「分かったから」


凛は杏を抱しめる事しかできなかった。


しばらく、杏の体を抱しめていると少し落ち着いたのか杏が凛の腕の中で話し始めた。


「私がまだ子どもの頃、パパとママと3人で出かける約束をしたのでも、パパの仕事の都合でキャンセルになって約束を破った事に怒った私が我侭を言って無理矢理ドライブに行ったの。天気がだんだん悪くなって夜になると雷もなり始めて……そうしたら大きなトラックがスピードの出しすぎで突っ込んできて。気が付いたら……パパもママも動かなくって……」

「分かったから、もうそれ以上何も言わなくて良いからな」

「うん」


杏はしばらくしゃくり上げていた。


「ねぇ、凛? 側に居てもいい?」

「どうしたんだ?」

「ずっと、側に居て欲しい」

「…………」

「約束して欲しいの。駄目かな」

「…………」


凛は杏の顔を哀しそうな目で見ながら何も答えようとしなかった。


「ねぇ、凛。聞いてるの?」

「聞いてるが」


歯切れの悪い返事だった。


「やっぱり私じゃ駄目なんだ」

「そうじゃ、無いんだ。出来るか判らない約束をしたくないんだ」

「それじゃ、出来るだけ側に居て。これなら良いでしょ」

「そうだな、出来るだけ側に居よう」

「約束だよ」

「ああ、約束だ」


それから少しすると泣き疲れたのか杏が凛の腕の中で寝息を立て始めた。

凛が安心して起き上がろうとすると杏がシッカリと凛のシャツをつかんでいて起き上がる事が出来なかった。


「まいったな、しょうがないこのまま寝るしかないか」

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