第9話 土曜日・4

買い物を済ませて、島の中をハルトさんの車で周る。

私が助手席でナビをするんだけれど、慣れないからから行ったり来たりしていた。


「ゴメンなさい、私の所為で……」


「姫が悪いわけじゃないだろ、ただ不慣れなだけだ」


相変わらず私には無表情で抑揚の無い声で喋る、そしていつの間にか姫と呼ばれるようになってしまった。

なってしまったと言うのは雫と呼ばれると私が真っ赤になってしまうから。

それは仕方が無いことだと自分に言い聞かせた、17年間生きてきて一度も男の人から名前で呼ばれた事が無いのだから……


『不慣れか』なんだか凹むな、私はここで生まれてここで育ったのに何で私はこんななんだろう自己嫌悪に陥り窓の外に視線を移した。

赤信号で車が止まって、ぼんやりと外を見ていた私の視線に黒塗りの車が目に入り横に止まった。

視線を上げると横に止まった車の後部座席から視線を感じる。

そちらを見て私は慌てて視線を外して前を向き俯いた。


「華保……」


体が硬直してスカートの裾を握り締めていた。

ハルトさんに不審がられる、そんな事が一瞬頭の中を過ぎるけど体は正直だった。


「どうした、慌てて」


「な、なんでもないです」


「昨日、姫を苛めていた同級生でも居たのか?」


そう言われた瞬間、ビクンと体が反応してしまった。

馬鹿正直な自分の体にだんだん自分が情けなくなってきてしまっい涙が零れそうになるのを必死に堪えた。

しばらく、俯いていたけれどハルトさんは何も言わなかった。


どこをどう走っていたのかさえ判らないくらい私の頭の中は真っ白になっていた。

小学校の中学年から始まったイジメと嫌がらせ、それは中学、高校になると更に酷くなった。

理由なんか判らなかった、理由なんか無いのかもしれない。

でも耐える事しか私には出来なかった。

幼い頃の約束だから。

決してどこにも行かないと言う祖母と交わした約束。


それは私が幼い時の記憶……

ある日、両親が出掛けたまま帰らなかった。

そして数日後、祖母に連れられて行った先は葬儀場だった。

祭壇には両親の写真があり大勢の人が居た。

幼かった私は何が起こっているのか判らなかった。

ただ、父と母が事故で死んだと言われ。

そして祖母が私を抱きしめて泣いていた。


「もう、こんな哀しい別れはしたくない。どこにも行かないから雫もどこにも行かないでくれ」


「うん、お婆ちゃんが泣くような事しないよ、雫はどこにもいかないからね」


そんな幼い頃の約束、でも決して破る事は出来ない。

祖母は私をここまで育ててくれた。

それでも心が壊れそうだった。

執拗に繰り返されるイジメと嫌がらせ逃げる事も出来ず、周りは見てみない振りをする。

大人でさえ助けてくれなかった。

祖母には知られないように隠し通して来た。

そして、私のたった一つの願い。

逃げ出すが出来ないのなら消えたい、でも自らそれを下す事は出来ない。

祖母との約束だから、たった一人の血の繋がった家族との約束だから。



「ここが姫の学校か?」


そう言われて慌てて窓の外を見るとそこは私立水乃瀬高校の校門の前だった。


「えっ、は、はい」


驚いて返事をするとハルトさんは校門の前に車を止めて車から降りて門に向かい歩き出していた。

私も車から降りて歩き出そうとするとハルトさんが手を少し前に出して、何かを触ろうとしながら歩いているのが見える。


「何かあるんですか?」


「いや、なんでもない。ちょっと……」


ハルトさんは手を下ろして学校の敷地に入っていく。

その時、私を呼ぶ声がした。


「雫! どうしたの? 雫が週末学校なんて珍しいじゃん」


「あ、雪乃ちゃん」


手を振りながら学校指定のジャージで走ってくるツインテールの小柄な女の子、雪乃ちゃんだった。

雪乃ちゃんは私が学校で仲良くしている数少ない友達の一人だで。


「えへへ、ちょっとね」


私が愛想笑いをすると雪乃ちゃんがハルトさんに気が付いた。


「し、雫。こ、この人は……」


「あぅ……その……」


な、なんて説明すればいいんだろう、吸血鬼? ヴァンパイアは同じ意味か。

雪乃ちゃんが恐る恐るハルトさんの顔を見上げている、そしてハルトさんは雪乃ちゃんと私を見下ろしていた。


「姫の婆さんの親戚だ。つまり姫の親戚と言う事になるかな」


「姫?」


ハルトさんの説明に雪乃ちゃんが不思議そうに返事をした。


「姫宮だから姫、何か可笑しいかな?」


「わ、私、氷室雪乃(ひむろゆきの)って言います」


「姫の友達なのだな、これからも宜しくな」


そう言いながらハルトさんが見た事も無い優しい笑顔で雪乃ちゃんの頭を撫でた。


「えへへ、なんだか嬉しいな」


な、なんなの? 

私にはあんなに優しそうな笑顔をしてくれた事無いのに。

どうして?

そんな事を考えていると雪乃ちゃんが私の耳元で囁いた。


「優しそうな人だね。雫の大切な人?」


プシューーゥ 圧力鍋から水蒸気が噴出すような音がする。

真っ赤になって俯いて首を横に振るのが精一杯だった。


「彼なら雫を守ってくれるはずだよ」


雪乃ちゃんのとどめの台詞で私は腰が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。

そんな私を見て笑いながら雪乃ちゃんが走って行き振り返る。


「お兄さん、雫を宜しくね」


そんな声が聞こえると雪乃ちゃんの姿は校舎に消えていた。


「和洋折衷のカオスだなまるで」


ハルトさんの言葉はよく聞き取れなかった。

何て言ったんだろう?不意に体を起こされる、ハルトさんが私を立ち上がらせたのだ。

初めて出会った時の様に。

そして夕食の買い物をしてお婆ちゃんの家に向った。





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