第8話 土曜日・3
いきなりハルトさんがお婆ちゃんの前に跪き手の甲にキスをするのを見て驚いて。
頭の中がパニック状態になっちゃった。
お婆ちゃんとハルトさんが知り合い?
それにお婆ちゃんはハルトさんのフルネームを知っていたのもびっくり。
確かハートマン・月城・シュヴァリェだっけ、あれ? 月城って確か……
それと仮契約って何?
盟約って何の事?
そんでそんでお婆ちゃんがハルトさんの事を抱きしめて泣き始めて、私はオロオロするしか出来なかったの。
そして今は、ハルトさんがキッチンに立って朝食の準備をしているのを、私とお婆ちゃんはリビングのソファーで待っていた。
「お婆ちゃんが急にフレンチトーストが食べたいなんて言うから私驚いちゃった」
「雫は相変わらずだね、他に驚く事があるんじゃないの?」
「だ、だって何から聞いたら良いのか判らないんだもん」
「ハルと私は古い友人なんだよ、ハルは変らないままで私は皺くちゃのお婆ちゃんになってしまったけれどね」
「それじゃ、お婆ちゃんのお姉さんもハルトさんの事知っていたの?」
「そりゃそうだよ、あの頃は3人でよく遊んだものさ。昔、昔のことだけどね」
しばらくするとリビングにいい匂いが立ち込め始めていた。
するとハルトさんがフレンチトーストとティーポットを運んできてくれた。
目の前にはメイプルシロップがたっぷりかかった黄金色のフレンチトーストが湯気を上げていて、ハルトさんがカップに紅茶を入れてくれた。
「うわぁ! 美味しそう! いただきまーす」
ハルトさんのフレンチトーストは表面がカリカリで中はしっとりしていて今まで食べた事の無いフレンチトーストだった。
「凄く、美味しい。それにこの紅茶、お婆ちゃんが入れたみたいに美味しいし香りが凄い立っているよ」
「当然だよ、紅茶の入れ方はハルから教わったのだからね」
「えっ? ハルトさんに教わったの?」
「そうだよ、ハルは世界を渡り歩いているからね」
ハルトさんを見ると何も言わずに黙々とフォークとナイフでフレンチトーストを食べている。
そう言えばお婆ちゃんに会ってから殆ど何も喋らないのに気が付いた。
「どうしたんだい、雫?」
「べ、別になんでもないよ」
な、なんで私がハルトさんの顔を見ているときに声を掛けてくるかなぁ。
驚いてしどろもどろになっちゃったじゃん。
出会ってからも抑揚の無い声であまり喋らない人だったけれど余計に大人しくなったっていうか静かになってしまってどうしたのかなぁって思っただけなのに。
「ハルの事が気になるのかい?」
「ち、違うよ。だって住む世界が違うって言われたし」
「同じ世界で生きていりゃ変らないじゃないか?」
「それは、そうだけど……」
ハルトさんが気になって上手く喋れない、何でこんなにドキドキするんだろう。
それにお婆ちゃんがなんだか私の事を煽っているような感じがするのもどこか引っかかっていた。
朝食を済ませるとお婆ちゃんはハルトさんに何かを渡して自分の屋敷に帰ってしまった。
なんだか二人の間に気まずい雰囲気が流れて、時計を見ると11時を指していた。
これからどうしようか、そんな事を考えていると抑揚の無い声が聞こえた。
「そろそろ、出掛けたいのだが」
「えっ? うん、判った。私はいつでもいいよ」
そう返事をすると、ハルトさんが少し不思議そうな顔をして私を見ていた。
「ハルトさん、なんですか? なにか変ですか?」
「いや、その格好で出かけるのか?」
質問を質問で返された、『その格好』って言われても私の普段着は大抵こんな感じなのに。
ニットのワンピースにレギンスを穿いていて、この上に寒ければパーカーを着れば問題ないと思うんだけど。
確かに女の子としては地味な色の取り合わせかもしれない。
でも、私はそんなにカラフルな服を持っていなかった。
目立たないように地味な女の子でいるために。
ハルトさんの車に乗って出かける。
初めて乗った時は気付かなかったけれど彼の深緑色の車は小さくって可愛らしい形だった。
始めに洋服を買いに行く、何処に連れて行こうか迷ったけれど街中を案内しながら買い物する事に決めた。
でも、それは後悔の始まりだった。
車を有料駐車場に止めて街中をぶらつく、歩道を歩いているとすれ違う人が皆振り返って私達を見ていた。
私達と言うよりハルトさんを見ているのだろう。
一言で言えば恥ずかしい。
そう恥ずかしいこの上ないのだ。
ハルトさんは身長が高く、体つきは少し華奢なのだけれども漆黒の様な少し長めの髪。
そして切れ長の目、端正な日本人離れした顔つき。
その後ろをチンチクリンの私がチョロチョロとついて回っている。
なんだか私が笑われているみたいで恥ずかしくなり俯いて歩いていた。
「ふぎゅう!」
素っ頓狂な声を上げて何かにぶつかって後ろに数歩よろめいて尻餅をついた。
「痛い!」
「下ばかり向いて歩いているからだ」
頭の上から抑揚の無い声が聞こえる。
「ハルトさんが目立ちすぎるんです。なんだか私、恥ずかしくって」
「姫だって、ちゃんとすれば可愛らしいのに」
「姫?」
「雫と呼んだ方が良いかな?」
ハルトさんにいきなりそんな言い方されて、魂が抜けたように宙を見ていたらいきなりハルトさんの顔が近づいてきた。
「へっ?」
考える間もなくハルトさんは小さい子どもを立たせるように私の脇に手を入れて私を立たせた。
「そんな所にいつまでも座っていたら邪魔だろ、行くぞ」
後ろを振り向くと数人の女の人が立ち止まっていた。
「す、すいませんでした」
慌てて私が頭を下げると女の人は私の後ろを見蕩れてポーとしている。
不思議に思って後ろを振り向くと見た事もない様な微笑でハルトさんが頭を下げていた。
な、なんなんだろうあの微笑、私には一度もあんな微笑を向けてくれた事は無い。
ハルトさんが笑ったのを見たのは、昨日の夜に私に月日とここが何処かを聞いてきたあの時だけだった。
でも、その時の雰囲気と違うものを感じた。
気のせいだよね……
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