第5話 夜・2
彼女に今日の日付と年を聞いた時は、正直に笑うしかなかった。
有り得ないだろ、400年近く生きてきてこんな事になるなんて。
ヴァンパイアの俺がタイムスリップして10年前の世界に居るなんて。
彼女と出会う前の日の深夜。
俺は都心の環状線を車で流していた。
何をするでもなく考え事をしながら、時には何も考えずに独りで車を流すのが好きだった。
俺達のようなオリジナルは遺伝的なものだ、そして最初から吸血鬼として生まれてくるわけではない。
遺伝性の病気の様なものだと言えば良いだろうか、発症した時点で成長が止まる。
歳を取らなくなるのだ。
だから子どものままの奴もいれば年配のヴァンパイアも居る。
そして、同族が顔を合わすことは滅多に無い。
しかし、同族でなければかなりの人ではないものが蠢いている。
つまり、この世は人間だけの世界ではないと言う事だ。
しかし、人間の世界に干渉し過ぎないように秩序を保つ必要がある為に掟がありそれを破れば滅されてしまう。
今ではそんな事も昔の話のように語られている。
他の一族も人間の世界に溶け込んで何事も無く過ごしている。
それでも、歳を取らなくなってからは同じ場所に暮らしている訳にもいかずに、それこそ世界中を渡り歩いている。
そう数百年も……
今は日本に居るが前に日本に居た時はもう数十年も前の事だった。
環状線を車で流していると、いろいろな事が頭に浮かび消えていく。
いつの間にか雨が降り出していた。
「雨か……」
その日はやけに子どもの頃の事が頭に浮かんできた。
俺が人として過ごしていた時代の事が。
不思議な事に歳を取らなくなってからの事はあまり覚えていないが、幼かった頃の事は鮮明に覚えていた。
「またか……」
子どもの頃に言われた言葉が心のどこかにいつまでも抜けない棘の様に突き刺さっていた。
あまり話したことは無かったが顔見知りの女の子に言われた言葉。
俺の全てを拒絶し否定された様な気がした。
そして、その言葉は子どもの頃の俺の何かを粉々に砕いた。
嫌な思いを振り払うように頭を振って、そろそろ帰ろうとすると雨が強く降り出していた。
「もう一周したら帰ろう」
深夜の環状線は車が少なく空いていた。
しかし、今日は週末だった。
法定速度をかなりのオーバースピードで車を走らせている。
そんな俺の車の横を2台の車が走り抜けて行った。
「ルーレット族か? 頼むから目の前で事故ったりするなよ」
そう思った瞬間、抜きにかかった車のリアが滑り出すのが見える。
「くそったれが!」
滑り出したリアが側壁に接触しスピンを始める。
何とか立て直そうとしているが濡れた路面、そしてあのスピードでは無意味だった。
不安定な挙動をしている目の前の車を避ける為に、ミラーで後方を確認してからハンドルを切る。
なんとか車をかわす、ホッとする間もなく急カーブが迫っていた。
何とか車の挙動を立て直し、カーブに突っ込むが今度は俺の車のリアが滑り出した。
「な、なんだ?」
フロントガラスの向こうに先行していた筈の車が自爆している。
急カーブを曲がりきれずに単独事故を起こし、その所為で濡れた路面にオイルが流れていたのだ。
車が制御不能になり視界がスローになりコンクリートの壁が目の前に迫ってきた。
「ここまでか」
一瞬だけ閃光に包まれた。
どの位、時間が過ぎたのだろう。
気が付くとハンドルに抱きつくような姿勢で気を失っていたようだ。
ライトに照らされて見える目の前にはコンクリートの壁、そしてナトリウム灯のオレンジ色の明かりに包まれているが、ここが環状線ではない事が一目で判った。
決定的に違うのは周りの明るさだった。
「ここは……」
辺りを見渡すとかなり離れた所にナトリウム灯が点在しているが、辺りは暗闇に包まれていた。
車の時計で時間を確認すると夜明けまでにはまだ数時間ある。
車を降りてみると、山の中の様だった。
仕方なく携帯を取り出すディスプレーを見ると圏外の表示が見える。
「どんな田舎なんだ、圏外って」
無闇に動き回る訳にもいかず、かといって車をこのままにしておくわけにも行かない。
少し車を走らせると右手に公園の入り口の様な場所があり、そこに車を止めて夜を明かす事にした。
エンジンを切り、シートを倒すと程なくして深い眠りに落ちた。
目を覚まし携帯を見るが圏外のまま、いつに無く眠い。
こんな事は初めてだった。
起き上がることも出来ずに2度寝してしまう。
次に目を覚ますと、夕方に近い時間になっていた。
溜息をついて外に出る。
鉛色の空が広がっていた。
眼下には街が広がり、その先には蒼い海がどこまでも続いている。
「ここはどこだ?」
高台にある公園の展望台に俺は立っていた。
そして、そこで彼女を見つけ。
今、彼女の自宅に居る。
「両親が使っていた部屋を使ってください」
彼女にそう言われて俺は2階の部屋の大き目のベッドで横になっている。
何も判らない事だらけだが今更考えても仕方が無い、明日になれば少し何とかなるだろう。
そんな事を考えながら、微かに香る懐かしいような彼女の香りに包まれて俺は目を閉じた。
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