第3話 家

なぜか俺は彼女の自宅のリビングのソファーに座っていた。

彼女の道案内で彼女の自宅前まで来ると彼女にガレージに車を入れるように言われた。

「車をガレージに入れてください」

「いや、俺はここで失礼する」

「少しだけでいいからお礼をさせてください。せめてお茶だけでも」

あまりにも必死に言われて断るのに断れなくなってしまった。

それでも、俺には確信があった。

彼女も、俺の正体を知れば恐れをなして逃げ出すか俺を追い出そうとするだろうと。


彼女は制服のままキッチンに居た。

しばらくすると彼女がトレーを持って現れ、俺の前にティーカップを置いた。

「あのう、コーヒーの方が良かったですか?」

「いや、紅茶で構わない」

俺の顔色を伺うように恐る恐る俺に聞いてきた。

俺がカップに口をつけると安心したのか俺の前に腰を下ろした。

「この紅茶は……」

「えっ?」

「ダージリンのセカンドフラッシュ」

「わ、判るんですか? 祖母が紅茶にはうるさくって」

「まぁ、な」

彼女の嬉しそうな顔を見て胸に突き刺さる感情を感じて冷たい返事をしてしまった。

その瞬間、彼女の表情が強張った。

「わ、私。姫宮 雫ひめみやしずくって言います。助けてくれてありがとう御座いました」

急に立ち上がり慌てふためいて自己紹介と礼を言ってきた。

表情を変えずに冷たい視線で見る事しか出来なかった。

「あのう、お名前を聞いて良いでしょうか? 祖母に助けていただいた事を伝えないと私が怒られてしまうので」

「……ハルトマンだ」

「ハルトマンさん?」

「ハルトと呼んでくれて構わない」

「ハルトさんですね、判りました」

彼女の家は周りの家と比べても少し大きな屋敷だった。

その割には彼女以外の匂いがしなかった。

俺には関係ないことだが当たり障りの無い会話を少しだけして立ち去ろうと思っていた。

「君は学生さんだよね」

「はい、私は水乃瀬高校の2年生です」

「高校生?」

思わず聞き返してしまった。どう見ても彼女が高校生には見えなかったのだ。

とても小柄で癖のある栗色の髪の毛、その前髪の間から時々見える瞳は幼い少女そのものだった。


俺が何となくカップから彼女に視線を向けると、彼女は核心を突いてきた。

「ハルトさんは、その人間なんですか?」

当然、疑問に思うだろう、俺は人間では出来ない事を彼女の目の前でしたのだから。

「君には俺が何に見える?」

「私には少し怖そうだけど優しい人にしか見えません」

「俺は、人間じゃない。真祖、つまりオリジナルのヴァンパイアだ」

「へぇ? 吸血鬼さん?」

彼女が間の抜けたポカンとした表情をしている。

「でも、まだ夜じゃないのに?」

「それは、個々の体質によるものだ」

「それじゃ、私の血も吸うの?」

「そんな事をすればお前も吸血鬼になってしまう」

「それじゃ十字架!」

彼女がふざけながら胸元からロザリオを取り出した。

「それも俗説だ、もちろんニンニクもな」

「それじゃ、質問を変えます。歳を教えてください」

「400年以上生きてきたから、歳を教えろと言われても困る」

「それじゃ、私の見た目で27歳と言う事で」

「まぁ、当たらずとも遠からずだな。ヴァンプになった時はそのくらいだったからな」

段々、馬鹿らしくなってきた。

この子は何者なんだ?

人間ではないと言っているのに怖がらずに質問を浴びせてくる。

こんな人間は初めてだった。

「君は俺の事が怖くないのか?」

「私、怖い物なんてありませんから……」

彼女の目が瞬時にあの時と同じ目になった。

同じ高校の生徒に苛められている時の目だ。

何事にも決して動じない深い哀しみの目。

まるで死を待ち望んでいるかのような冷たい目。

この目が俺の心に留まり、俺は彼女に近づいた。

俺と同じ目をした一人の幼く見える彼女が気になった。

そして彼女の香り、懐かしいような不思議な香りがこの家からはしていた。

「君の家族は?」

「私、独りだけです。父も母も幼い頃に事故で亡くなりました」

考える事をやめて仕方なく彼女に質問してみた。

あまり、話したくない事なのだろう。

当たり前と言えば当たり前の事だった。それでもぽつぽつと少しずつ話をしてくれた。

実際の所、両親の死が本当に事故なのかは分からない事、幼い時の事で祖母が教えてくれた事が全てだという事。

そして中学までは祖母の家に居て高校になってから両親と暮らしていたこの家に独り暮らしを始めた事。

祖母が時々様子を見に来てくれる事などを。


そんな事を話している間に外は帳が下りて剣のような細い月が出ていた。

「それじゃ、俺はこれで邪魔をする」

「これから、どこに?」

「どこかに寝座を探す」

「寒くないですか?」

「俺は人間じゃ無いと言ったはずだ」

そう言って玄関のドアを開けようとすると彼女が俺のダウンジャケットの裾を掴んだ。

「離しなさい」

「嫌だ……」

「俺は人と一緒に居るべきじゃないんだ」

「それでも嫌!」

振り返らずにそんな押し問答を繰り返す。

後ろを見ずに彼女の手を払いのけて外に出ようとした時、俺の背中に小さな彼女の体がしがみ付いて来た。

「ハルトさんが人間じゃなくても、他の人から見れば怖い吸血鬼でもいいから一緒に居て下さい! 一緒に居られる間だけでいいから、お願いします」

「無理だ、君と俺では住む世界が違う」

「それなら、私を吸血鬼にしてください!」

「それは出来ない」

「それでも……一緒に……お願い……だから……」

彼女が俺の足元に崩れ落ちて泣いている。

俺は大きな溜息をついた。

そして何故その時、俺があんな事を言ったのか理解できなかった。

誰とも係わる事をやめた俺が。


「いつまで一緒に居られるか判らない、それで良いのなら一緒にいてやる」

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