第6話 「決戦前夜」



 黒沢 杏里にとって、父親に認められることが生き甲斐だった。幼い頃に母親を亡くしてから、父親のことをずっと見てきた。

 それでも、黒沢 修三が杏里を気にかけることは無かった。

 認めてもらおうと近づくほど、逆に突き放されて嫌われていく。

 やっと声をかけてもらえたと思ったら『転校して清川博士の娘を監視しろ』という命令だった。


 それをやり遂げたら認めてもらえる。そう信じて、父親の非道に目をつむってきた。


「黒沢 杏里」

「……なに?」

「さっき言った場所、教えてくれ」

「私を責めないの? 私は貴方や清川 凪沙を、影からずっと監視してたのよ」

「何か事情があったんだろう。それに、責めるべきは黒幕であって、末端じゃない」

 春香が何気なく発した一言。


 ――そこで、杏里の心は折れてしまった。


 父親に認めてもらえず、ずっと影から監視していた相手には、敵とすら認識されない。

 誰からも認められない。


「この学校の地下、入り口は――」


 そして全てを話した。聞かれたこと、聞かれていないこと。


「私はこれで――」


 ふらふらとその場を去る杏里。

 まだ昼休みだということも忘れて、カバンも持たずに校舎から出る。

 杏里はこの学校へ通うにあたって、実家ではなくアパートで一人暮らしをしていた。

 そのアパートに向かって、ただ幽霊のように歩いた。



「ハルくん。私も戦うからね?」

 春香を見つめる凪沙は、強い光をひとみ宿やどしていた。

 本当はひとりで行こうと考えていた春香は、先に言葉を取られてしまった。

「今日は親和性を上げる特訓をしよう」

「うん」


 凪沙は先ほど、告白することができなかった。

 もしかしたら春香も、雰囲気で何が言いたいのか察している可能性はあったが、その先を口にすることはできなかった。


「これって、罠じゃないかな?」

「罠だとしても、行くしかないと思う」


 運が良いと表現すべきか、明日は学校が休みとなる土曜日。

 放課後になり、二人はすぐに帰宅する。


「水月って、やっぱ綺麗だな……」

「ハルくんって、暇さえあればその子に変身してるんだね」

「綺麗だろ?」

 その場でくるりとまわり、決めポーズを取る。 

 確かに輝いて見えたが、少女の内心は複雑だった。

「うん……そうだね……」

「それにしても、よく女子はスカートなんてけると思う。すずしくて心もとない」

「下にもう一枚着る子もいるから、そう考える女子も少なくないよ」

 そこで、凪沙がどうなのかを聞くほど、春香はデリカシーがない訳じゃなかった。少しだけ気になったが、喉元で言葉を止める。

 女子の服装事情など春香にとっては未知であり、好奇心が刺激される内容ではあった。断じて、水月に扮して女装したいからではないと心の中で声を上げた。


 ――ピコ。


「育成が終わったみたい」

「少しづつ、親和性が上がっているみたいだな」

「私にはまだ、この子の声が聞こえない」


 名前は衣通姫そとおりひめ。防御が低く、攻撃力も高くない。二本の装飾そうしょくほどこされた短剣を使い、打ち合わせると見えないやいばを作り出す。説明では『音を刃に変える』と記されている。

 全体的にパラメーターが低いのは、この特殊性ゆえだと想像ができる。


「強そうだけど……使いどころが難しいキャラクターだよな」

 過去に使っていたRキャラクターよりは、どのパラメーターも高く設定されている。だから、使わないという選択肢はそもそも無かった。

「素早さだけは、そこそこ高いんだけど、何か意味があるのか?」

 このゲーム、チュートリアルはあっても、実際に対戦するような場面はほとんどない。育成とガチャ、そして特殊技能が記載されているが、それ以外はまだ『未実装』とかかれたアイコンがあるだけ。


「武器ガチャは、キャラクター専用しかなくて、使えるものは手に入らないね」

 これがただのゲームだったら、まだバランス調整が上手くいってない、運営にクレームが殺到するレベルだと言えた。それでも、春香にとっては将来性を感じられる良い完成具合だった。リリース直後は、少ししぶいくらいが丁度良い。


「将来、こういうゲームが出たら面白そうだよな」

「……女の子になりたいの?」

「いや、そうじゃなくて。俺さ、子供の頃は変身ヒーローが好きだった」

「そうだっけ?」

 子供の頃から春香と付き合いがある凪沙は、そんな記憶は微塵みじんもないのが気になった。


「土曜の朝五時にやってた変身ヒーロー。あれを見る為に、早く起きるようになった」

「そうだったんだ」

「このゲーム、凄いと思うんだ。誰でもあこがれのキャラクターになれる。強いヒーローになれる。普段の弱い自分から、変身することで変わることができる」

「ハルくんは、弱くないよ」

「俺はこの力がなきゃ、何もできないよ。凪沙を守ることはできない」

「化け物に素手で挑むなんて、誰でもできなくて当たり前だよ。守ろうとしてくれる、その姿勢がハルくんの強さだよ」

「俺は……そんな人間じゃないよ」

「それでも――」

「もうこの話は終わりにしよう」

 

 何を言われても、春香は考えを変える気はなかった。


 春香には、自分に対する自信というものが無かった。何もかもが中途半端で、ゲームでも勉強でも、特別に誇れるモノを持っていない。

 ソシャゲの課金にのめり込んだのも、お金さえ積めば、すぐに強くなることに快感を感じてしまったから。

(こんな簡単に、強くなれるんだ)


 確かに、春香は困っている人や、知り合いが危機ききおちいっていたら助けたいと考えてしまう。でもそれは、誰もが持っている普通の感情だと本人は思っている。

 凪沙に言わせれば、その思いを行動に移せるだけで、十分に春香は強いと思えた。


 しかし、春香はそうは考えていない。

 自分が強くなったのも、全て凪沙から渡された携帯電話とゲームのおかげ。

 それもたまたま、過去に得意だったゲームに似ていただけで、しょせんは子供の浅知恵だと考えていた。

 ガチャを引いて出たキャラクターが強かったから。それが全てと、自分が強いと言われるのは違うと思っていた。

 ――本当に強い、水月というヒーローの手柄を、自分の物にするようで嫌だった。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 結局、寝るまで二人はすれ違っていた。

 少女が春香の部屋を訪れるも、会話もなく就寝の時間まで過ぎていく。

 そして、敵の本拠地に乗り込むその時まで、二人の間にはギクシャクした空気が流れていた。




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