第4話 「第三法則のゲーム」


 春香が回想を終えると、傷だらけで血まみれだった少女が、顔をのぞきこんでくる。

 見ると、深く刻まれていた傷跡きずあとが、きれいさっぱり消えていた。衣服の乱れと血の匂いだけが、さっきの惨状が本当にあったのだと主張してくる。


「ハルくん?」

「あ、えっと。君は誰? 俺、名乗ったっけ」

 そもそも、ツッコミどころは満載だった。

 春香は携帯電話を渡され、スマホゲームでガチャを引いて、美少女に変身した。

 それを咄嗟とっさに処理できるほど、春香の頭は高性能ではなかった。


「ありがと、助かった」

「ど、どういたしまして」

「とりあえず、帰ろうか。私の家に来てから、説明するね」

 少女はそう言いながら立ち上がる。怪我などなかったかのように、力強く地面を踏みしめていた。

「私は凪沙なぎさだよ。信じられるか分からないけど、ハルくんだって今は、女の子になってるでしょ?」

 少女は春香に渡したものと同じ携帯電話を、もう一台取り出した。少女が画面をタップすると、いつもの清川 凪沙が姿を現した。

「まず、変身を解こうか」

 春香は操作方法のレクチャーを受けると、やっとその変身が解ける。


「凪沙の家、久しぶりだな」

「ハルくん、ぜんぜん来てくれなくなったよね」

 春香は一年ぶりに凪沙の家に入った。それなのに、夜にも関わらず人の気配がなく、どこかほこりっぽい雰囲気を感じた。

 凪沙は自分の部屋にまねきいれると、ソファーに座るようにうながした。


「おばさんはいないのか?」

「うん。父さんの仕事に同行してる。もう一ヶ月は帰ってない」

 凪沙は何気なくそう言ったが、予想以上に重い話だった。

 春香は凪沙の母とは面識があったが、父親については何も知らなかった。


「じゃあ、さっきの事について話すね」

 そういうと凪沙は携帯電話を取り出し、春香の対面に座る。


「私の父さんはね、少し前に"これ"を作ったの。今日のニュース見た? 第三の法則を見つけたってやつ」

「えっと、そんなニュースがあったような。世紀の大発明?」

「うん、それのこと。二人の博士が、既存の物理法則を超えた力を発見した。その内のひとりが、私の父さんなの」

 そう言うと、凪沙は状況を説明していく。

 父親が見つけた法則は、既存の物理法則に縛られない、第三の法則。イメージとしては、魔法やサイエンス・フィクションに近いのだと言う。


「一ヶ月前にね、父さんが母さんを連れて仕事に行ってから、ずっと帰ってきてないの。そして、数日前に手紙と、六台の携帯電話が届いた」

「その手紙にはなんて?」

「今はどこかに隠れているって。あとは、この携帯電話を使って、誰かに襲われたら身を守るように書いてあった」

 凪沙はそう言うと、さきほど春香が使った『バトル・エクスチェンジ』というアプリを見せてくる。

「このゲームは父さんの趣味なんだけど……第三の法則を使って作られた新しい試作兵器みたい」

 歯切れが悪く、恥ずかしそうに説明を続ける凪沙。

「これができるなら、もっとすごいの作れそうだけど……ゲームのキャラクターに変身して、魔法とか使えるようになる。そういうアプリなの」

「……」

 春香は半分くらい、思考が停止していた。

「その、もらった手紙は何枚かあったんだけど、一枚目は私を心配する内容だったんだけど、二枚目からはアプリの自慢みたいになってて……。熱くなると、目的を忘れる人だから」

 実際に手紙を見せてもらうと、一枚目はシリアスパート、二枚目からは情熱パートに分類できた。

「うん。面白い人でしょ?」

「大変だったね……」

 実際にその能力を知った春香には、手紙の内容を信じないという選択肢はなかった。

 娘の危機なのに、能天気すぎる凪沙の両親に対するいきどおりや、技術に対する疑問がない訳ではないが、とりあえず置いておく。


「偶然かもしれないけど、さっきハルくんが来てくれたとき、とても嬉しかった。もう死ぬんじゃないかって、覚悟かくごしてたから」

 少女は今にも消えそうなほど、はかない笑顔を浮かべていた。泣きそうで、懸命に耐えている強い表情。

 春香はそのとき、胸がめつけられる強い感情が芽生えた。

 ――凪沙を守りたい。


「これ、俺が使ってもいいのかな?」

 さっき凪沙から預かった、ひとつの携帯電話を持ち上げる。

「いいけど、どうするの?」

 凪沙が渡したのは、予備に持っていた端末のひとつ。まだ数には余裕があって、預ける分には構わないと思っていた。


「凪沙を守りたいんだ」

「え?」

 春香は我ながら、くさい台詞だと考えていた。

 それでも、この少女を守ってあげたいと、強く思ってしまった。


「嬉しいっ」

 凪沙も、まんざらではなかった。両親はずっと帰ってこなくて、ひとりでおびえ続けるのは怖かった。

 それに、幼い頃から知っている春香を、心から信頼していた。

「襲われたとき、一緒に戦って欲しいと思ってた。ハルくん、お願いしますっ!」

「うん」


 ひとつだけ、春香には心配なことがあった。

 凪沙を守れるか、という部分も心配ではあるが、それ以外にも懸念があった。

 あの時に引いた『SR確定ガチャ』には、こんな説明が続いていたのだ。

『二回目以降は、一回につき寿命(一年)の対価を求める』

 この説明が事実だとしたら、ガチャに弱い春香にとって、とても危険な代物に思えた。


(はまったらやばい。はまったらやばい。はまったらやばい)


 改めて説明を見ていくと、一日に一回まで引ける『ノーマルガチャ』と、変身時間に応じて引ける『武器ガチャ』など様々なシステムがあった。

 他にも、ガチャで排出されるキャラクターの『育成システム』など、基礎力きしょりょくを底上げする機能も備わっている。


(おもしろそう)

 長いこと、ソシャゲをやりたくても我慢してきた反動か、中身を見ただけでよだれが出そうだった。

 ああ、早くやりたい。こんな面白そうなゲーム、やらない手はない。


「ハルくん……?」

「あ、ああ、なんでもない」

 春香が携帯電話を凝視ぎょうししていると、心配そうに凪沙が声をかけてくる。


「そういえば、ひとりなんだよね。まだ親に確認してないけど、凪沙さえ良ければ、しばらく泊まりに来るか?」

「いいの?」

「まだ返事を聞いてからだけど、誰もいない家にひとりよりは、安心して過ごせると思う」

 春香が時計を確認すると、そろそろ母親が家に帰ってくる時間だった。ひとまず凪沙の了承が取れたところで、春香は家に電話する。


「あ、母さん? ちょっとお願いがあるんだけど――」

「……むかしから、変わらないね」

 背を向けて電話をする春香を見ながら、凪沙は小さく呟いた。

 昔から、凪沙にとって春香は『救世主』のような存在だった。一時は疎遠そえんになっていたが、困っていたら手を差し伸べてくれる。

 偶然にしても、死を覚悟した瞬間にあらわれたときは、運命の存在を疑ってしまった。


「とりあえず一ヶ月くらいなら良いって」

「ありがとっ」


 ――凪沙を守りたいんだ。


(これは告白かな? ここで、抱きしめてくれてもいいのに)

 凪沙は、春香のことが好きだった。

 それは今に始まったことではなく、ずっと昔からの片思いみたいなもの。

 胸に広がる熱い感情と、体がうずいて寂しくなってしまう切なさ。


「着替えとか、ある程度の荷物、今から用意できる?」

「うん。十五分だけ待ってて」

 どうして気付いてくれないのだろう。

 だけど、そんな思いを口にして、関係が壊れてしまうのが怖い。



「あの、しばらくお世話になります。よろしくお願いします」

「いいのよ。知らない間柄あいだがらではないのだし、両親と連絡がつくまで、ずっと居てもいいわ」

「ありがとうございます! いずれ、何かお返しします」

「気にしないで」

 春香が自宅に到着すると、玄関で母親がむかえてくれる。

 事情をある程度だけ説明すると、そんなに簡単でいいのかと思うほど、あっさり凪沙のことを受け入れてくれた。

「それに、凪沙ちゃんのご両親には、昔とてもお世話になったから」


 その日の夕食は、少しだけ豪華ごうかだった。

「美味しいですっ」

「その笑顔で食べてくれると、作った甲斐かいがあるわね」

 春香の母親は、凪沙が遊びにくると喜んで歓迎かんげいする。最近でも「凪沙ちゃん来ないの?」と、高校生になってからも聞いてくる。


「空き部屋にお布団をいたから、使って構わないわ。でも、急いで掃除はしたのだけど、ほこりっぽかったらごめんなさい」

「大丈夫です。そこまでして頂いて、嬉しいです」


 その後、二人はガールズトークに花を咲かせていた。

 一足先に自分の部屋へ戻った春香は、凪沙から渡された携帯電話を充電器に繋げる。ケーブルの規格きかくは通常のスマホと同じで、特に問題なく接続することが出来た。


『チュートリアルを開きますか?』

「これを見たら、後戻りできない気がする……」

 ――次世代の技術で作られたゲーム、面白くない訳がない。


 凪沙の父が作ったというゲーム、春香の趣味にものすごく合致していた。

 不穏ふおん文言もんごんがあるが、どちらかといえばワクワクが止まらない。


『YES』

 チュートリアルを見るのは、どんなゲームでも基本中の基本。オープニングムービーと同じくらい大切である。


『ゲームのキャラクターに変身し、現実に迫り来る敵と戦う』


『敵は、第三の法則を使ってくる。ただし、未完成な技術で作られた生命体であり、完全な性能を引き出せていない』


『戦いは危険であるが、変身している最中に受けた傷は、死なない限りは自然に治癒ちゆする。なんとしても死なずに生き残り、完治するまでは変身を解かないこと。解けばその傷は、肉体に反映される』


『また、ゲームには索敵さくてきの機能がある。戦闘状態にある敵を感知すると通知され、反射機能をオンにしておけば、急襲された際にゲームの自動展開を行う』


『そして、ゲームのキャラクターには人工知能が搭載とうさいされており、プレイヤーの行動を補助してくれる。レアリティが高いほど補助は強力だが、"親和性"によってはプレイヤーの自由が極端に制限される。暴走することもあるので、注意した方がいい』


『暴走を回避するには、親和性を高める"育成"を行うか、非戦闘状態で変身しながら過ごすことである。そして、変身状態を維持することで、ガチャを引けるようになるのもオススメだ』


『バトル・エクスチェンジ (1st)では、四つのレア度が設定されている。N(ノーマル)、NR(ノーマルレア)、R(レア)、SR(スーパーレア)。ただし課金ガチャのみ、試験実装のSSR(ダブルスーパーレア)を引けることがあるかも?』


『1stシリーズでは、西遊記をイメージした"SSR 七天大聖"キャラクターがかくれている。ただし、確率は0.1%未満となっていて、引けるかは君の運次第。"十連ガチャ"を引けば、ワンチャンスがあるかもしれないが、引くには代償を要求する』


『まずは、課金:SR限定ガチャが無料で一回引けるので、試してみるといい。七天大聖が引けた君は、最高に幸運だ』


『戦闘は、変身したキャラクターがナビゲートしてくれるので、チュートリアルでは割愛かつあいする。願わくは、戦うことがないのが一番だ』


『武運を祈る。必ず生き残れ』


 ナレーションは、少しだけ聞き覚えのある女性の声。もしかしなくても、凪沙の母であると思われる。

 最後の「願わくは、戦うことがないのが一番だ」の部分が、特に迫真はくしんだった。

 凛とした声、少し低音が混じるハスキーな声は、聞く者を引きこむ不思議な魅力があった。


「やばい、超楽しそうなんだけど?」

 七天大聖のキャラデザは、チュートリアルにちらりと映った。

 尊大な感じの美少女が、西遊記の衣装を着ているイメージ。

 特に、赤を基調きちょうとした雲に乗る少女は、もしかしなくて孫悟空だと思われる。


「一回くらい……いや、寿命の一年……、一回くらい、一回くらい……」


 ――この後、春香がガチャを引いたかは不明である。


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