第2話 「何気ない日常」


 新海 春香にとって、それは何気ない一日だった。

『世紀の大発見 二人の天才博士』

 テレビをつけていると、いつもと少しだけ違うニュースが流れていたが、高校生が興味をそそられる内容ではなかった。

『第三の法則を発見か? 物理学者の黒沢くろさわ 修三しゅうぞう氏と清川きよかわ 花火はなび氏は先日、既存の物理法則に縛られない――』

 およそバラエティ色の強いニュース番組というのは、小さな事件ばかり面白おもしろく発表するくせに、大事件となれば短い時間で済ませることが往々にしてある。

 そういう意味では、そのニュースは一分ほどで打ち切られるくらい、タイトルの大仰おおぎょうさより重要な意味があるのかもしれない。

 そんなくだらない感慨かんがいを味噌汁と一緒に飲みくだし、春香は学校へ行く準備に取り掛かる。


「いってきます」

 春香をひとことで表すなら、どこにでもいそうな地味な少年。少しだけ根暗ねくらな印象で、髪型も中途半端。

 いても声を掛けようとは思わない、かといって不気味で嫌われるような容姿でもない。


「このソシャゲ、いま一番学校で流行ってるんだよな」

「あ、それオレもやってる」

「私も」


 学校に着くと、春香は黙々と本を読んでいる。

 周囲ではスマホを使って、ゲームやコミュニケーションを楽しんでいるが、誰一人として春香に気付く者もいない。

(頼むから、ガチャの話しだけはやめてくれ)


「この前、プレミアムレアのキャラが出たんだぜ?」

「マジかよ! 見せてくれ」

「うわ、本当」

「え? なに? 何か出たの?」


 こういう会話が聞こえてくると、どうしても春香は興味が出てしまう。

 ソーシャルゲーム、略してソシャゲ。課金することで手軽に強くなれたり、あるいはガチャと呼ばれる、ユーザの収集欲や稀有けうな物を手に入れ自慢したいという、様々な欲求を刺激する巧みな手法が用いられている。


(聞きたくない)


「ハルくん? おはよう」

 無愛想な春香に声をかけるのは、幼馴染の清川きよかわ 凪沙なぎさ

 成績は優秀、見た目は悪くない。クラスでは目立たないものの、隠れたファンがたくさんいる少女である。

「……おはよう」

 小さい頃はお互いによく話していたのに、春香はいつからか気後きおくれするようになっていた。

 その原因も、沙凪に悪いところがあるわけじゃないと、春香は分かっていた。

 最初にソーシャルゲームを誘ったのが沙凪で、ゲームをやらないと決めた日から、なぜか凪沙にすら引け目を感じるようになった。

 ゲームの話題で盛り上がっていた頃が楽しくて、思い出してしまう。それが苦手意識に変わったときから、凪沙を避けるようになった。

 それでも話しかけるなとはいえず、かといって中途半端に拒絶してしまう。


「ホームルームはじめるぞー。席につけー」

 蜘蛛くもの子を散らすように、その一声ひとこえで教室に秩序ちつじょが戻っていく。

「今日は転校生を紹介する。入ってくれ」

 春香が顔を上げると、綺麗な髪をなびかせながら一人の少女が教室に入って来る。

黒沢くろさわ 杏里あんりです。よろしくお願いします」

 背筋がぴんと伸び、自信がありそうな表情で、はきはきと言葉を並べていく。

 誰もが見とれるような振舞ふるまいは、物語に登場するお嬢様みたいに感じられた。

「わー、綺麗な子だな」

「本当ね。レベルが違いすぎて、嫉妬しっとすらしない感じ」

 何人かの女子がひそひそ話しながら、一方の男子はまじまじと杏里の顔を見つめている。

 春香も興味がない訳ではなかったが、それでも、特別に何か思うこともなかった。高嶺たかねの花すぎて、一周まわって興味を削がれていた。


「よろしくね」

 そんな杏里は、休み時間になると人当たり良く周囲と接している。

 春香からは席が遠かったので、興味本位で集まる人たちを眺めながら、放課後まで過ごした。


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