SRキャラで、世界の平和を守ります

御月 依水月

一章

第1話 「物語の始まり」


 ソシャゲでお年玉を全て溶かした――。


(俺はもう、スマホゲームはめたんだ)

 新海しんかい 春香はるか、まるで女の子みたいな名前であるが、性別は男である。年齢は十五歳で、今年から高校生になった少年だった。

(この広告の女の子……可愛いな……)

 春香には悪い癖がある。中学生三年のときに、受験が終わってからスマートフォンを買ってもらった。

 そしてソーシャルゲームにはまってしまい、何年も貯めていたお年玉やお小遣いを全て『ガチャ』と呼ばれる運ゲーにつぎ込んだ。


 春香は別に、それを後悔したことはなかった。自分のお金をどう使おうが、自分の勝手。親だって子供の所持金をいちいち把握することもない。

 そう思っていたのに、まさか"あんな結末"がおとずれるとは思っていなかった。

(なんで、なんで俺が課金した翌月に、ゲームが終了するんだよ!)

 最後まで使おうか迷っていた、当時は最強と呼ばれていたキャラクター。それを手に入れた瞬間に、ゲーム内で告知されたのは『○月×日に、本ゲームはサービスを終了します』というメッセージ。

 世界を作った神は、春香がレア・キャラクターを手に入れた瞬間に、世界を捨てた。少なくとも、春香にしてみればそう思えた。

「そりゃないぜ――――」

 それから数日間、春香は精神的な衝撃しょうげきによって寝込んだ。顔面蒼白で、食事ものどを通らない。

 親に相談できるものでもなく、原因を知らない周囲は、明らかに生気の抜けた春香に対して「学校に行け」とは言えなかった。

 そのまま寝込むことはなかったものの、立ち直ったように見えた後も、口数が減ってどこか元気がなくなった。


(あの日、俺はゲームをやめたんだ――)

 春香はそう思っていた。しかし、運命とは残酷ざんこくなもので、なんの因果いんがか春香にリテイクを要求してきた。


「ハル……くん? これ……を」

 春香の腕の中には、超絶美少女がぼろぼろの姿でうな垂れている。服は破け、顔や体のあちこちには傷があり、血が流れている。

「大丈夫か!? 意識はあるな……いま、救急車を呼ぶから。しっかり――」

「まって……傷は……すぐ治る。話を、時間がないのっ!」

 春香にとっては初対面の相手だった。きらびやかなドレスを着て、戦乙女のようなその姿。まるで、ソーシャルゲームのキャラクターのような――。


「グアアアアアアアアアアアアアアアア」

 突如として響き渡るけものの叫び声。

 聞こえた方向へ視線をむけると、黒い炎のようなゆらめきをまとった、およそ普通とは思えない"化け物"がいた。

「これを……中にあるアプリを起動して、変身を……」

 そういうと少女は気を失った。

「おい!」


 化け物と目があった。光った眼光がんこうが、殺意のような曖昧あいまいな情報を伝えてくる。

「くそっ……何なんだよ、これは!」

 もうやけくそで、少女に託された携帯電話を起動する。

 そこには『バトル・エクスチェンジ』という、見たことのないアプリがひとつだけインストールされていた。

『チュートリアルを開きますか?』


 見ると、黒い化け物が走ってくる。

 春香は運動能力がすぐれているわけではなく、少女を抱えて逃げることもできなかった。かといって、少女を捨てて逃げるという考えもなかった。

 春香を「ハルくん」と呼ぶ人物は、ひとりしかいなかった。同一人物とは思えなかったが、それでも、見捨てる選択肢がなくなるには十分な理由だった。


「チュートリアルなんて、見る時間はない!」

『ガチャを引いて、出たキャラクターに変身してください』

 シンプルにそう書いてある。

 赤い大きな文字で『ガチャ』とあり、春香は迷わずそれを操作する。

 もっとも豪華そうなメニューを選び、こういうゲームにありがちな『初回無料』と書かれた部分をタップする。

 そこには『SR確定ガチャ(初回無料)』とある。


 黒い化け物はもうそこまで迫っていた。右上にあった『スキップ』というボタンを必死でタップする春香は、キャラクターが出た瞬間に見えた『変身』という表示を迷わず押す――。


「どうにでもなれ! もう!」


 世界に光が満ちた。

 そして春香の中からは湧き上がるような、力強さがみなぎってきた。

『剣を突き刺せ』

 頭の中には、聞き覚えのない女性の声がひびく。凛として、とても格好いい声だと春香には思えた。


「はっ!」

 右手には、知らないうちに剣を握っていた。

「ッガアアアアアアア」

 自分がどう行動すればいいのか、漠然ばくぜんと脳内に思い浮かぶ。

 春香が目の前を直視すれば、化け物が噛みつこうと開いた口には、自分が突き出した剣が刺さっていた。

 血がしたたり、生臭い鉄の匂いが周囲に広がっていく。


「やってくれた……のね。ハルくん……」


 どうしてこうなった。

 胸のあたりが重く、足の付け根がすーすーとして肌寒はだざむかった。

 自分の声が裏声のように高く感じられ、露出した腕を見ればたまのように美しい肌が見えた。


「俺、女になっているのか?」

 視線をさまよわせれば、窓ガラスに映る自分が目に入った。銀色の髪、日本人とは思えない容姿ようしと顔つき。

「美しい……」

 ただそれしか言葉が出てこなかった。現実でここまで美しい人物を、春香は写真ですら見たことがなかった。


「はっ!」

 そんなことを考えている場合ではないと思い直す。


 どうしてこうなったのか、春香はその日の一日を思い返した――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る