2、少女の回想



 今日から、中等部の学校が始まる日だ。

 私は新しい生活が始まることに胸を躍らせながら、学校への道のりを歩いていた。

 学校は中央区の王立魔法女学校。国内でもっともレベルが高く、優秀な魔法使いを数多く輩出してきた名門中の名門校なのだ。

 ベルンシュタインという名家に生まれ、ニクラス司祭に「優秀なヒーラー」と言わしめる私に相応しい学校と言えるだろう。


 そんな華々しい始まりの日。私は学校への道のりを歩いていた。


「………………。…………?」


 しかし……どうもおかしい。

 一向に、学校に着かないのだ。

 先日母と一緒に学校までの道をちゃんと歩き、今私はその道を辿っていたはずなのに、見たことのない建物が取り囲む、やや細まった路地へと辿り着いてしまった。

 ……私を見下ろす建物たちは、貴族街のものではないように見える。

 ……おかしい。学校は貴族街の中にあるはず。……ここはどこ?

 私はキョロキョロと辺りを見渡す。…見たことのない建物に、通った覚えのない道。

 …………まさか、…私は迷ったのだろうか?


 足を止め、少し頭を捻っていると、右方向から声を掛けられた。


「君、こんなところで何してるの?」


「……え? …あ。」


 そこにいたのは、おそらく同年代だろうと思われる黒髪の男の子だった。

 男の子は皮の鞄を肩から下げ、どこかの学校の制服と思われる衣装に身を包んでいた。


「綺麗な髪だね! 貴族の子?」


 初対面にも関わらず、何故か私の髪を褒めてくる彼。……貴族の子かと尋ねるということは、彼は中流階級の子だろうか?

 私は少し警戒しつつも、とりあえず正直に返事をしてみることにした。


「…………えっと、…迷ってしまいましたの。」


「そうなんだ! どこへ行きたいの?」


「………………学校へ。…今日から王立魔法女学校の中等部なんですの。」


「王立魔法学校? すごい、頭いいんだね! しかも今日から中等部って、僕と同じだ!」


「あ、そうなんですの? 貴方はどちらの学校ですの?」


「僕は南区! 近道を探そうと思ってここに来たんだけど、君もそうなの? 王立魔法学校って、もっとあっちだよ?」


 そう言って、彼は私が歩いてきた方向を指し示す。


「え、そうなんですの!? 教わった通りに歩いてきたはずですが…。」


 どうやら私は、まるっきり反対の方向へ歩いてきてしまっていたらしい。

 …そ、そんなバカな……! そんなことに気付かないはずが…。

 狼狽する私に、男の子はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「ははーん…、君って方向音痴なんだね!」


「ちっ、違いますわ! この街の作りがおかしいんですのよ!」


 そもそもこの街は、どうも街づくりが下手くそのように思える。道も分かりにくいし、まるでわざと迷わせるために設計しているかのようだ。

 私は断じて、方向音痴なんかじゃないはずだ!


「あははは。ほら、おいで。案内してあげる!」


 そう言って彼は、なんといきなり私の手を握って歩き出した。

 私は驚き、彼の指し示した方向へグイグイと引っ張られていく。

 …と、突然何をするんだ…!


「え? ちょっ…! あの、いきなり女性の手を握るなんて、マナーがなっていませんでしてよ!」


「いいからいいから。まだ始まるまで時間はあるんでしょ?」


 私の抗議にもまるで悪びれることなく、彼はグイグイと私を連れて歩を進めていく。


「そ、そりゃ…、初めて行くのですから時間に余裕を持って行動するのは当然ですわ。」


「迷ってるくせに。」


「う、うるさいですわ! 貴方、さっきから失礼でしてよ!」


「いいからいいから。ほら、ちゃんと歩く!」


「自分で歩けますわよ! いいから、手を離してくださいまし!」


 私がそう言って少し強く腕を引くと、彼は仕方ないとばかりに手を離す。

 初対面でいきなり女の子の手を握るなんて、信じられない…! 貴族の社交パーティーでもおよそ考えられない奇行だ!

 一体どんな教育を受けてきたんだ…! これが上流階級と中流階級の嗜みの差というものだろうか?


「しょうがないなぁ。ちゃんとついてきてよ。」


 彼は悪態をつきながら、私の数歩先をさっさと歩いていく。……頼んでもいないのに、私を案内するつもりらしい。

 ……それは…まあ、ありがたいが、それにしたって初対面の相手に対してあまりにも無遠慮なその態度はどうなんだ。


「…………なんなんですの……!」


 私はブツブツと零しながら、仕方なく彼の後ろをついていく。

 色々と言いたい不満があるが、けれども案内をしてくれるというその好意は素直に受け取った方がいいだろうし…。

 …………ああもう…!




 道中、彼は私に「どこに住んでるの?」とか「魔法使えるの?」とか色々と聞いてきたが、警戒心を解けなかった私は会話を弾ませようともせず、素っ気なく返答する。

 今まで初対面でこんなに無遠慮に接してくる人は会ったことがなく、私は困惑していた。

 しばらく彼に導かれるまま歩くといつの間にか見慣れた貴族街の通りに出ており、さらに歩くと目的地であった王立魔法女学校が見えた。

 登校時間ということもあり、私と同じ制服を着た生徒たちが続々と学校の門をくぐっていくのが見える。……幸い、遅刻はせずに済んだようだ。


「…はい、着いたよ。ここであってるでしょ?」


「……あ、…はい。確かにここですわね。」


 まさか初日の登校を男の子と一緒にするとは思わなかった。

 そもそも、身なりを見る限り彼は中流階級の人間に見える。…普通ならこんなところに来ることもないだろうに、どうして彼はここまで迷わずに来れたんだろう。


「じゃ、僕は自分の学校行くからここで!」


 あれこれと考えていると、彼はそう言って踵を返し、足早に駆けていく。どうやら彼も時間がギリギリのようだった。

 

「…あっ、あのっ! 名前…!」


「ミシェル! またね!」


 色々と不満はあれど、とりあえず案内してもらったことにはお礼を言いたかった。

 けれども感謝の言葉を掛ける暇もなく、あっという間に彼の姿は見えなくなる。

 後に残された私は見えなくなった彼の姿を追いながら、彼が別れ際に口にした名前を頭の中で繰り返す。


「…………………。」


 少しの間校門の前で立ち尽くしていると、カーンカーンという鐘の音が響き渡った。その音は、この魔法女学校の予鈴の鐘だった。

 私は急いで校内に入り、自分の教室を目指すことにした。

 ……この分では、きっと彼は遅刻だろう。

 決して頼んだ訳ではないが、私のせいで彼が遅刻してしまうということには少し罪悪感を感じていた。






 翌日。私は学校までの道のりを歩いていた。

 やはり新しい生活というのはワクワクするもので、新しい学校や新しい先生、そして新しい友人たちとの出会いがその気持ちを加速させる。

 昨日は入学式とクラスのレクリエーションのみだったが、社交パーティーで会ったことのある子も数名おり、世間の狭さを感じさせられた。

 ベルンシュタインの娘であり治癒魔法が得意だという私のアイデンティティはそれなりにクラスの自己紹介時に注目を浴び、積極的に話し掛けてくれた子もいた。

 これから彼女たちとどんな日常を過ごすことになるのか、どんな楽しいことが待っているのかと考えると、つい歩く速度も早くなってしまうのだった。


 そんな新生活2日目の朝。私は学校までの道のりを歩いていた。


「………………。…………?」


 ……しかし、どうもおかしい。

 一向に、学校に着かないのだ。

 貴族街とは思えない建物が並ぶ、やや細まった路地に私はいた。

 ……というか、どこか見覚えのあるこの場所は、まさに昨日私が迷って辿り着いた路地だった。

 何故再びこんなところへ来てしまったんだろう。昨日の学校からの帰りはちゃんと家まで帰ることができた。

 そして私はその道を辿っていたはずでは……。


 …いや…………迷ったものは仕方がない。

 それならば、彼に連れられた道を歩いていけば学校に着くはず…。


 そう考えてキョロキョロと辺りを見渡していると、右方向から声を掛けられた。


「…あれ? 君、こんなところで何してるの?」


「えっ……あ、貴方は!」


 そこにいたのは、なんと昨日出会ったミシェルという少年だった。

 昨日と同じようにどこかの学校の制服に身を包み、肩からは革製の鞄を下げている。

 まるで昨日の朝をそのまま再現しているかのようだった。


「また迷ってるの? 迷うの好きだなぁ…。」


「ま、迷ってなんかいませんわ! これはその……そう! 近道を探してるんですの!」


「強がり言っちゃって。ほら、どうせまた迷ってるんでしょ? ついてきてよ。」


「う……、分かりましたわ…。」


「昨日、君のせいで遅刻しちゃったんだ。初日から遅刻なんていい度胸だなって先生に怒られたよ。」


「べ、別に案内してくれと頼んだわけじゃありませんわ! 貴方の自業自得ですのよ!」

 

「じゃ、放っておいてもいい?」


「そ……それは……その……。」


「ふう、さすがに2日連続遅刻だと僕も困るから、ちょっと急ごう。」


「………………はい…。」


「君は名前なんていうの?」


「あ、…私はセシリアですわ。セシリア・フォン・ベルンシュタイン。貴方は…ミシェルっておっしゃいましたっけ?」


「うん。ミシェル・ファーレンハイト。…凄いなあ、本当に貴族なんだ。」


「……生まれがそうだというだけですわ。別に、私が凄いわけでは。」


「そうだねー。方向音痴だし。」


「っ! 減らず口ばっかりはお得意ですのね!」


「道を教えるのも得意だよー。」


「馬鹿にして……っ! 貴方、なんなんですの!? 頼んでもいないのに勝手に世話を焼いて、お人好しのつもりですの!?」


「さあねえー。この辺じゃ珍しい綺麗な子だったから声をかけたけど、失敗だったかも…。」


「なっ…! ほ、褒めるのかけなすのか、どちらかにしてくださいまし…!」


「それにしても、この街に住んでるんでしょ? 住んでる区画が違うとはいえ、貴族でもこの街の道くらい分かるんじゃないの?」


「それは……、だって、一人で街を歩くの昨日が初めてですから。」


「え!? そんなことあるの?」


「え、みなさんそうじゃありませんの? 12歳を迎えるまでは必ず従者がお供をすると…。」


「そりゃ、12歳になったら一人前の大人に…みたいな話はどこだってそうだろうけどさ。どこに行くにしてもお供がついてくるなんてありえないよ。」


「そ、そうなんですのね……。それは私の家庭だけということかしら…。」


「ん? ちょっと待って、ベルンシュタイン? …もしかして、鉄を作ってるベルンシュタインのこと?」


「あ……そうですわ。父の会社であるベルンシュタイン社は鉄鋼業を営んでおりますのよ。」


「そうなんだ! てことは、セシリアはそこのゴレイジョーってやつか!」


「そ、そうなりますわね。…貴方のところは何をされてるんですの?」


「うちも父さんが会社をやってて、…よく分からないんだけど、『ヒトとモノを繋ぐ仕事』って言ってた。」


「ふうん……よく分かりませんわね…。」


「でも、ベルンシュタインとはトリヒキがあるとかなんとか言ってたような…。」


「そうなんですのね。それなら、ひょっとしたら私、社交パーティーで貴方のお父様とお会いしたことがあるかもしれませんわね。」


「そうなんだ! へぇー……社交パーティー…。」


「…? どうしましたの?」


「いや、社交パーティーか…。普段聞くことのない言葉だなって。」


「そうなんですの? それじゃあみなさん普段どんな場所で交流をしてるのかしら。」


「え……それ本気で言ってる?」


「?」


「友だちとかいないの? 学校の友だちとかと遊びにいったりしない?」


「と、友だち……ですか。えっと………。」


「…………。」


「…………ない、…ですわ。」


「…………そうなの?」


「さ、さっきも言ったように、市井や繁華街へ出かける時も必ず従者と一緒でしたの! 友だちと遊びに行くって、どこに行くんですの? 学校やパーティーで交流するのとは違うのでしょう?」


「違うよ……。…そっか…、セシリアは友だちがいないんだね。」


「学校で一緒に学んでいる学友とは違うんですわよね!? 友だちってなんなんですの?」


「そりゃ、学校の友だちと一緒に遊びに行くこともあるよ。っていうか、僕らならそれが普通じゃないのかな? セシリアは学校の子たちと学校終わったあととかそういうことはしない?」


「学友たちとは……休憩時間や授業中に話すことはありますけれど、学外で行動を共にするなんて考えられませんわ…! みな、きっとそれぞれお忙しいですもの…!」


「そうなんだ、それってなんか寂しいなぁ。」


「寂しい…? 貴方は、そういうことが寂しいと感じるんですの?」


「うーん、だって、せっかく知り合ったんだから仲良くなりたいし、仲良くなったら遊びに行きたいって思うよ。」


「仲良く……遊びに……、…わ、分かりませんわ…。でも…それは…。」


「…あ、着いちゃった。ここでいいよね?」


「えっ、あ、着きましたのね…。」


「じゃ、僕は急いで自分の学校行くから! 明日からは迷わず行きなよ!」


「あっ、あの、…また会えますの!?」


「さあねー!」


「……………。」


(……行ってしまいました…。)


(…不思議な人…。…これまで出会った人の中で明らかに異質というか…、…いや、でも、彼にとっては私がそう見えるのかしら…。)


「……ミシェル…。」













「……お父様。」


「ん? どうしたセシリア。」


「あの、ご相談がありまして……。…お母様も聞いてほしいですわ!」


「どうしたの珍しい。なんでも言ってごらんなさい。」


「えっと…その、友だちって、なんなんでしょうか?」


「友だち?」


「はい。先日、ある方とお話をしていたら、その方は普段友だちと街へ遊びに行くとおっしゃっていましたの。…でも、私にはその感覚が分からなくって…。…その方の口ぶりだと、私たちが社交パーティーなどで友人たちと交流するのとは違った感覚のようなのです。……友だちって、一体なんなのでしょうか?」


「セシリア……。そうだな、友だちか…。」


「その方の話では、学友たちと学校が終わったあとも繁華街へ遊びに行くなどをするらしいのですが、私はこれまでそんなことをしたことはありませんでしたわ。そしてその方は、そういうのがないのは寂しいと…。…そう言われて、私にはそのように時間を共にする友だちというものが1人もいないことに気づいたのです。」


「そうか……。中等部に上がったのを機に従者たちを外したが…、もうそういう変化があったんだな。」


「セシリアは、その話を聞いてどう感じたの? その子の言うように、寂しいって思った?」


「私は……分かりませんわ。確かに私にはその方の言うような友だちはいませんが、それでもお喋りをする学友たちや、この屋敷の使用人たち、習い事の先生たちもいますもの。…寂しいという感覚は、今はありません。」


「セシリア、よくお聞き。…お前は、このベルンシュタイン家に生まれた一人娘だ。今はまだ分からないかもしれないが、将来はこの家を背負って社会の役に立たなければならない。」


「…それは、よく分かっています…。」


「だから、一人前の大人になるためには、付き合う人や意見を聞く人も選ばなければならないんだ。私は、お前を立派な大人に育てるために王立の養成所にも入所させたし、高い学費を払って中央区の中等部に入学させた。その意味は分かるね?」


「…はい。」


「……だが、今のお前の話を聞いて、少し私が間違っていたかもしれないと思ったよ。」


「え?」


「お前にも分かっていると思うが、これまでどこへ行くにも従者を従えさえていたのは、お前の身に危険が及ぶことを防ぐためだ。そして、万が一危険な目にあった時のために、素早く対処するためだ。…そして、この街の外に出ることを禁じているのは、危険な魔物や盗賊たちに襲われることを案じているからだ。」


「それは、分かりますわ。これまで、何度か危険を救っていただいたこともありますもの。」


「そうだな。…だが、中等部への進級を機に、従者は外した。それは、これからはお前に自己や主体性を持ってほしいと思ったからだ。…当然、そうすると暴漢に襲われたり、危険な目にあったりするリスクも増える。何より、いざというときにお前を守ってあげることができない。……私たち親にとっては、かなり大きな決断だったんだよ。」


「そうですのね……。…よく分かりますわ…。」


「…だが、お前の言った友だちという言葉を聞いて、これまで少し厳しくしすぎていたかもしれないと思ったよ。」


「…………。」


「これまで私は、危険な目にあわせないことが子供の成長のために最善なことだと考えていた。…だが、違っていたな。危険な目にあっても、自分でどうにかできるように導いてあげるのが親の務めだ。」


「…よく分かりませんの…。」


「危険やリスクを避けたいからって交友関係にまでいちいち口を出していたのでは、真の自立は促せないっていうことに今気づいたよ。……セシリア、これからはどんどん友だちを作って、いっぱい遊ぶといい。」


「え、……あ、構いませんの? 私……。」


「今はまだ友だちっていう関係のことがよく分からないかもしれないが、そのうち分かるさ。…さすがにまだ街の外へは出してやれないが、門限までに屋敷に戻ってくればいい。それまでは、お前の好きにするといいさ。」


「あなた……いいんですか?」


「いいさアンナ。……セシリア、今度、護身格闘の先生を紹介してあげよう。自分で自分の身を守るために、チンケな暴漢くらいは自分で撃退できるようにならなければな。…会ってみて、気が向いたら護身格闘を習うといい。」


「あ……、ありがとうございますお父様!」


「…セシリア、もしかすると色々と不便を感じているかもしれないけど、全てお前の身を案じているからなのよ。私たちはお前のことを愛しているってことだけは、分かっておいてね。」


「わ、分かっていますわお母様…。…これでも、感謝していますのよ……。」


「セシリア…、こちらへおいで。」


「むぎゅっ。……ふふ、苦しいですわお母様…。」















「…あなた、また来ましたの?」


「うん、今日はほら、綺麗な石を持ってきたよ! 街外れの森の中にあった川で拾ったんだ。」


「街外れの森って…! 一度迷ったら出られなくなるってもっぱらの噂ですわよ! 魔物もいるでしょうし、大丈夫だったんですの?」


「いやー、それが迷っちゃってさあ! もう出られなくなるかと思ったよ!」


「ばっ…! …貴方は愚かですわ! 迷ったって…!」


「あはは。木にナイフで目印を付けながら歩いてたんだけど、途中でウサギを咥えたホワイトウルフを見つけてさ! 気になってついて行ったら、なんとホワイトウルフの巣があったんだよ! 子供たちのエサを持っていってたんだね。」


「ホワイトウルフの巣…?」


「そう。5、6匹くらいかな、ホワイトウルフの赤ちゃんがいて、お母さんがウサギを食べさせてた。その様子がなんだか微笑ましくて、影からずっと見てたらいつの間にか日が傾いてきてて、慌てて帰ろうと思ったらホワイトウルフのお母さんに気づかれてさ! そこから鬼ごっこが始まって、ひたすら逃げ回ってたよ。…で、気づいたら帰り道が分からなくなってさ。」


「……それで、どうやって森から出れたんですの?」


「それが、たまたま目印を付けた木を見つけてさ。それを辿ってなんとか日が暮れる前に森から出れたんだけど…。あはは、運が良かったね! 見つからなかったら帰れずに森の中で死んでたかも!」


「わっ、笑い事じゃありませんわ! なんでいつもいつもそんな危険なことばかりするんですの!? 命がいくつあっても足りませんわよ!」


「だってしょうがないよね、冒険が好きだから。趣味だし。」


「そんな……好きだからってそうやって命の危険があるような場所に赴くなんて、理解できませんわ!」


「セシリアも一度冒険してみたら分かるよ。すごく刺激的で、毎日が楽しいんだ。」


「…そんなこと言ったって……仕方ありませんわ…。街からは出れませんし……中等部に入ってからは習い事や学校の係なども…。社交の場にも出なければなりませんし…。」


「そっか、貴族って大変だね。…まあ、僕には関係ないけど。」


「そ、そうですわ! 貴方には関係ないじゃないですの! なんでいつもいつも、あの高い塀を乗り越えてまで私のところへ来るんですの? 警備に見つかったら叩き出されますのよ!」


「えー…だって僕、君ほどつまんない人見たことないよ。忙しくて遊びにも行けない、趣味も読書って。何それ暗すぎ。」


「わ、悪かったですわね…! どうせ暗くてつまらない人間ですわよ…。」


「だから、せめて明るい楽しそうな話題を聞かせてやろうと思ってさ。…ほらこの石、夜になると光るらしいよ。明るくなるでしょ?」


「余計なお世話というものですわ! だいたい、いつも私がたまたま部屋にいるから話を聞いてあげられるものの、もしこの時間に私がいなかったら、侵入するだけ無駄になりますのよ!」


「そんなこと言って、毎週楽しみにしてるくせに。」


「た、楽しみになんかしていませんわ!」


「いつもうまくこの時間に一人で部屋にいられるように、用事とか都合つけてるんでしょ? で、この時間になるとソワソワして部屋の中うろうろしてたりとか。」


「ううううるさいですわよ! そんなことありませんわ! 貴方、さすがに失礼が過ぎますわよ…!」


「あはははは。図星だ!」


「ああもう! 私こそ、貴方ほど無礼で無神経な方には会ったことがありませんわよ!」


「はいはい。とりあえずこの石はあげる。そろそろ時間だから行かなきゃ。またね!」


「あっ、う……。…ありがとうですわ……。」






「…はー……。…ああもう……!」


(ああああああ! なんなんですのあの方は! イライラする…! 私をなんだと思っていますの!? これでも上流階級の人間ですのよ? 治癒魔法の成績は学校で一番ですのよ? 護身格闘だって習っていますのよ? 私が本気を出せば、あんな男チョチョイのチョイですのよ!?)


「ふん……こんな石なんか。………………せっかくだから、部屋に飾っておいてあげますわ…。」


(感謝するんですわよ!)








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