彼は、魔法使い

発条璃々

偶然、必然!?

「いっくよー! それっ」

 は右足を軸にボールを勢い良く蹴る。左足から繰り出された弾は、弧を描いて真っ直ぐにゴールへと突き刺さった。

「マジかよ! また、まつりがシュート決めやがった……」

 相手方の男子が悲鳴を上げる。まつりはチームのみんなとハイタッチをして、喜びを分かち合った。

 まつりは紅一点、男子と交じってサッカーに勤しんでいる。

 まつりは一般的に女子が好きそうなものには、あまり興味がなかった。それよりもこうして男子と一緒に、ボールを蹴っている方が楽しかった。そんなまつりをみて相手方の男子は負け惜しみで言葉を吐き捨てる。

「たっく、馬鹿力のオトコオンナには適わないね。クラスの綾辻と同じ女子とは思えないよ」

 綾辻とは、クラス一お淑やかで、男子注目の的。

 確かにまつりとでは正反対とも呼べる可愛らしい女子である。綾辻さんが履いてそうなフリフリなスカートはまつりの中で論外だった。そんなまつりの出で立ちはショートパンツが大半だ(うちの学校は私服登校も可能だった)

 男子は女子に負けるとすぐこんなことを言う。中学一年になっても男子のそういう態度は変わらず、とても格好悪い。

 まつりは苛立ちながら悪口を言う男子に向かってボールを蹴った。しかし、力みすぎた弾の軌道は大きく曲がり、激しい音と共に男子の顔面に直撃する。

 まつりは駆け寄ると、花壇近くで寝そべって倒れている男子——百合丘ゆりがおか蓮がいた。

「あ、あのごめんなさい。ちょっと、力んだら変な方向に曲がっちゃってそれで……」

 慌てふためくまつりをよそに、彼は起き上がると、何事もなかったかのように、眼鏡のレンズが割れていないかを確認している。

「おーい! まつりー! そんなネクラ、放っておいて早くボール渡せよ」

 男子は私に声を掛けながら、彼を見て嘲笑しあっている。彼はといえば気にする様子もなく、近くにある花壇に腰を下ろした。

「わ、わかったすぐ行くー! えっと、本当ごめんね」

 もう一度謝って、彼のもとを去るとき、なんだか心地よい香りがして振り返った。

 しかし彼はもう花壇に咲く花だけを注視していた。


                      ❇︎


 放課後——彼が手入れしていた花壇を見に行くと、細長くて、猫じゃらしのように茎が伸びた紫色の花を咲かせているものが、目に飛び込んできた。傍でしゃがみ込み鼻を近付ける。

 なんだかスッキリとしていて落ち着くいい匂いだった。

「ラベンダーだよ」

 まつりは声に振り返る。彼——百合丘ゆりがおか蓮が、逆光で立っているので顔色は見えない。

 彼はそのまま無言で隣にしゃがみ込む。

 まつりは、休み時間での非礼をもう一度詫びた。彼は「もう気にしなくて良いから」とそれだけ言うと少しだけ二人の間に沈黙が流れる。

 まつりは何を話せばいいのか迷うも言葉が喉から出てこなかった。他の男子なら、冗談を言ってフランクに話せるのに……

 二人の間に流れる沈黙を破ったのは、彼だった。

「これは、フレンチラベンダーだけどね。イングリッシュもあるけれど、香りはこっちのほうが強いかな。……えっと、月下つきしたさんは夜とか、ぐっすり眠れたりする?」

「え? えっと……すぐ寝付けないほうなんだよね実は。下の弟がまだ小さくて……よく、夜泣きするし」

「そっか。じゃあ、ちょっと待ってて」そういうが先か、目の前のラベンダーを何本か摘み始めた。

「ちょ、ちょっといいの?」

 目の前で彼は器用に三本のラベンダーを交互に編み込んで行く。慣れた手つきに、感心する。

「これを、こうして上手く編んでいけば……ホラ。スティックラベンダーの出来上がり。部屋の中に飾っていれば、ぐっすりと眠れると思う」

 差し出されたスティックを彼から受け取る。男子に何かを貰うのも初めてだが、彼の気さくな態度にちょっと驚いたのだ。

「あ、ありがと……」

 眼鏡の奥から覗く彼の真剣な眼差しと、そっと口元に添えられた柔らかい微笑みが、まつりに今まで感じたことのない動揺を与える。

「あの、もう帰るね。また明日」

「うん、さようなら。また明日」

 彼に早々に別れを告げて私は走った。走りながら手にしたラベンダーが鼻腔を擽り、彼の笑顔を如実に思い出される。彼のきらめく瞳。彼の摘み取る綺麗な指先。彼の淀みのない落ち着いた声。

 走っているから起こる身体の変調とは違う動悸を、まつりは確かに感じていた。


                      ☆

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