第9話 狂気の国の侯爵夫人
メルヘン調の家。試しに扉をノックする。
「……反応、ないですね。」
「入ってしまえばいいじゃない。」
伏木さんは、ためらいもせず扉を押す。それはあっさりと開いた。
「これは……。」
中にいるのはコブタと遊ぶ少女と、ニヤニヤ笑っている赤色の猫。部屋は散らかっていて、インテリアは洋風な物と和風な物が混在している。しっちゃかめっちゃか。そんな言葉が似合うと思った。
「わぁ、はろぉ。不法侵入ってやつデスかー?」
イントネーションのずれた、コブタを抱く少女はこちらに気付く。
「ノックしましたけど。」
「わぉ。チィ、気付いてた?」
そう言って、ニヤニヤ笑う猫の方を向く。
「気付いてた。」
チィ、と呼ばれた猫はニヤニヤと答える。
「わぅ…。それはソォリィね。」
「で、あなたたちは、言葉は通じるの?」
伏木さんが、面倒くさそうに聞く。1秒でも早くココから出たい、みたいな雰囲気がびんびん伝わってくる。
「通じてるデスヨー。わたしのロールは侯爵夫人ね。」
ロール…あぁ、役割…。英語は苦手なんだよなぁ。
「そしてオイラはチェシャ猫さ。よろしくするよ。」
猫も不思議な言葉遣いで自己紹介をした。
「俺は、マッドハッターです。」
よろしくお願いします、そう言う前に侯爵夫人が口をはさんだ。
「hatter、殺されたって聞いたデス。生きとるねー。」
「不思議不思議。でも不思議じゃない。なぜならココは不思議の国だから。」
チィもそう続けた。
「今のご主人様は2代目なのですよ!!」
エイプリルが説明する。そういえば、前にもそんなこと聞いたかも。
「先代はもっと優しい方でした……!」
悪かったな。
「じゃぁ、やっぱり殺されたデスね……。べつに興味は無いですケド。」
「ここは不思議の国だから、何があっても不思議じゃないよね。不思議だから不思議じゃない、不思議の国って不思議だねー。」
侯爵夫人とチィはそう言って遊ぶ。
伏木さんは、その様子をずっと黙って見ていた。
「これ、狂っているのかな。」
そういえば、狂人を探していたんだっけ。
「狂人を見つけたら、どうするんですか?」
「この世界から除外する。」
よく分かりません、そう言おうとする前に、伏木さんは1歩、二人に近づいた。
「あなたたちは、狂っていますか?」
伏木さんは、侯爵夫人とチィをじっと見つめた。
「狂ってるぅ?知らないです。普通が何か分からんノデス。」
「この世の全てが不思議だもんね。ココは不思議の国だから。普通は狂気で狂気は普通さ。」
二人は変わらない口調で続けた。
「それが別れの挨拶ですね。」
伏木さんが、ポケットに入れていたらしい携帯ナイフを出した。
「ダメです!!」
エイプリルが小さい体で止めようとする。しかし、伏木さんが止まることはない。
「うわぉ。ドリームの中で死んだら、どうなるデス?」
「それは不思議なことだね。だからきっと、この世界じゃよくあることさ。」
ヘラヘラニヤニヤ笑いながら、その姿は真っ赤な液体と混ざりあって、最後には形も無くなった。
「これが、除外する方法。」
伏木さんが言った。
「彼らも言っていた。この世界じゃ、よくあること。」
「夢の中で死んだら、どうなるの?」
侯爵夫人の言葉をなぞる。
「知らない。」
伏木さんが、熱のない口調で言った。
「死んだらどうなるか。分かるわけがないでしょう。」
「話を、進めましょう。」
エイプリルが言った。
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