第5話 現実の国のドードー鳥

 「おはよう。」

勇気を出して挨拶してみるが、伏木さんには当然のように無視される。泣きたい。


 「アリサちゃん、一緒にお昼食べよう!」

「うん。そっちの席行くね。」

伏木さんはクラスの女子にはなぜか、愛想よく接する。夢の中とは正反対に。

 「ねぇ、放課後遊ばない?」

「ごめんなさい。今日は用事があるの。」

夢の中でも人に気を遣えればいいのに。エイプリルとも仲良くしてほしいよ。


 そんなことを考えながら、机の上に弁当を広げる。もちろん、ボッチ飯である。


 『常に目で追い、放課後は尾行を続け、何があっても彼女を守ってやってくれ。』


 ふと、思い出した。昨晩の夢でドードーが言った言葉。あのロリコンカメラマンの言葉だから、あまり気にしていなかったが。

 そんなことを考えていると、急にスマホが揺れた。いわゆるバイブレーション。電話だ。

 登録されていない人から。迷惑電話かと思ったが、一応出てみた。


 『やぁやぁ、こんにちは。秦くん、ご機嫌いかが?』

「たった今、最悪になりました。」

『なんだか酷いじゃないか。夢の中では、もっと気遣いできる人だと思っていたのに。』

「なぜ電話を?ちょうど、あなたのことを考えていたところでした。」

『無視かい?!・・・ちょっと待て、俺はロリ…女性にしか興味ないのだよ。俺のことを考えていた?やめたまえ、気持ち悪いのでな。』


 そう、電話の相手はドードーである。

『まぁ、いいさ。今日の放課後、やってほしいことがあってだな。』

嫌な予感がする。


 『伏木アリサの尾行を頼みたい。』


 やっぱり。




 「結局、言いなりになるっていう、ね。」

つい、独り言をつぶやく。

 君が行かないなら俺が行く、とかドードーが言いだしたので止めた。アイツは危険な気がする。現実で盗撮はヤバいだろう。犯罪うんぬんは詳しくは知らないが。


 伏木さんは、俺に気付く様子もなくスタスタ進んでいく。引っ越してきたばかりとは思えないほどに、その足取りに迷いはない。


 「病院…?」


 辿り着いたのは、この辺りで一番大きい病院。祖父が入院した際に数回入ったことがあったが、持病などが無い俺にはあまり関係のない場所だ。

 伏木さんは慣れた様子で中に入っていく。

 さすがに、建物の中まで尾行するのは難しいよなぁ…。そんなことを考えていると、ポケットの中のスマホが揺れた。

 嫌な予感。

 やっぱり、登録されていない番号からの着信で、その羅列には見覚えがあった。


 「はいはい。」

『やぁやぁ。ご機嫌いかがかな?』

「ご想像にお任せします。」

『どうやら最悪みたいだな。』

切ってやろうかな、この通話。

『ああ、切るのは待ってくれ。4階の、407号室に向かってくれるかい?』

「は?」

『いや、入らなくてもいいんだ。彼女はそこに向かった筈だから、誰の病室か、確かめてもらえるかい?』



 仕方なく、病院に入って言われた通りに4階までエレベーターで昇る。慣れない場所の、慣れない匂いに吐き気を覚えつつ、407号室の扉の前まで来た。


 土佐川 悠


 プレートに書かれていたのは、全く聞きおぼえのない名前。

 だが、とりあえず指示された通りにドードーの電話番号に、ショートメールを送る。

「と、さ、が、わ…ゆう?」

「ハルカです。」


 うわっ


 中学生くらいの女の子が隣に立っていた。気付かなかった…。不審者だと思われたかな。

「お兄ちゃんに何か用ですか?」

どうやら、土佐川 悠の妹らしい。

「いや、何でもないよ。邪魔だったよね、ごめんね。」


 「…ふぅん。アリサさんの彼氏ですか?」

少女はじっと俺を見つめる。

「違うよ?!伏木さんには俺のこと黙っておいてくれるかな。」

「いいですけど。それでは、失礼します。」

こんな不審者相手に、少女は礼儀正しくお辞儀をすると、体の向きを変えて病室の中に入っていった。

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