伏木アリサの日替わりワンダーランド

多ダ夕タ/ただゆうた

第0話 プロローグbyアリス

  青々とした森の中を進んでいく。慣れ始めてもいるが、やっぱりエメラルドグリーンの草木と赤紫のキノコは気持ち悪いなぁ、なんて考えながら。

 ふと、人の気配を感じて足を止めた。

 不安そうな表情で周りを見渡す男の子。170cmもないくらいの身長で、体つきから察するに、高校生の私と同じくらいの歳。黒でも白でもない肌、おそらく日本人。

 かわいそうに。そう思いながら、見覚えのある格好の彼の方へ足を向ける。

「はじめまして。」

挨拶をした。

「ぅわっ。はじめまして…。」

うんうん、人間らしい反応、久しぶり。私のことに気付いていなかったみたい。そんなに動揺してたのかな。まぁ、無理もないか。


 「私は伏木ありさ。役はアリス。」

 ピョコン、と頭につけた黒いウサ耳リボンを揺らしてみせる。黒を基調としたサロペットに、アクセントの赤いリボン。私はアリス。

 「秦 花月です。えっと…役?」

「あなたはマッド・ハッタ―。よろしくね、ハッター。」

 おしゃれな帽子に、蝶ネクタイとチョッキ。もう二度と見ることはないと思っていた服装。これはマッド・ハッターの衣装だ。


 「ここはどこですか?」

いい質問。

 エメラルドグリーンの森、説明し難い色の花、静寂に包まれた世界。日本じゃ吸えない空気。アメリカでもオーストラリアでもタイランドでも味わえない雰囲気。たぶんイギリスでも感じられない風。

 誰もが知っていて、誰も知らない世界。


 「ここはワンダーランド。長い長い夢の世界。」


 「ワンダーランド・・・。不思議の国のアリス・・・?」

「真実は誰も知らない。ただ、''現実と天国の間の世界''と聞かされた。」

「…俺、死んだんですか?」

さぁ、私にはわからない。首から下げた懐中時計は2時を示している。深夜2時。時期は夏。そこから導き出される可能性は…。

 「脱水症状で寝てる間に死にかけてるとか。」

「なにそれダサい。」

だよね。

「・・・あ、でもエアコン故障してたな。」

ビンゴだね。かわいそうに。


 「まぁ、朝になったら現実に帰れるから心配いらない。…ただ、一度この世界に迷い込むと毎晩この世界に召喚される。」

私は、もう今宵で7日目。そろそろウンザリ。

「対処法は?」

そんなのシンプルだ。

「寝なければいい。」

「鬼か?!」

それから、もう一つ方法はある。


 「この世界で一番狂った人を探しだす。」


「それだけですか?」

想像以上に大変なことだよ。


 一週間ほど探索を続けてわかった。

 この世界には狂人しかいない。みんな常識なんて通用しない。だれが一番かわからない。名前に「マッド」が入っているハッターもハズレだった。正直、見つかる気がしない。


 「とにかく、私は狂人を探す。あなたは?」

一応聞いてあげよう。こんなところに放置するのは優しくないから。

「えっと…。」

しばらく間を空けて、ハッターは考えるのをやめた。


 「行きます。一緒に行きましょう。」

そうきたか。

「一人じゃ心細い?」

それなら仕方ないね。こんな世界に一人なんて寂しいよね。

「いや、女の子をこんな森で一人で歩かせるのは危ないかなって…。」

・・・そうきたか。

「…あなたも普通じゃないね。よろしく、マッド・ハッター。」

「現実でもハッターって呼ばれてたから違和感ないな…。よろしくおねがいします、伏木さん。」

 マトモな会話、久しぶり。悪くない。


 「さぁ、行くよ。」

改めて、私は一歩目を踏み出した。

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