第56話 和田悠希です。3

 授業中、窓際に座り、ぼうっと窓の外を眺めるゆりかを見つめる。

窓から射し込む陽射しが気持ち良くて、たまにうとうとしてしまうと前に話していた。

今もまた心地よく感じているのだろうか。


 日の光に透けてキラキラ光るゆりかの髪が綺麗だ。

たまにあの艶やかなさらさらした髪に触れてみたくなる。

小さい頃、仔犬のしっぽのようなゆりかのポニーテールに触りたくて無理やり掴んでしまったあの髪に、もう一度無邪気に触れてみたい。

でももうそんなことする年でもない。

異性の髪を触る行為が意味のある行為だと知ってしまった。

普通はそんなことしない。


 髪以外にも血色の良い柔らかそうな手にも頰も唇にも触れてみたい。

そんな衝動に駆られる。


 ゆりかは俺の許婚なのだから、触っても許されるはずだ。

手を引くことくらいならいつもしている。

これまでもエスコートなら何回もしてきた。

頭を小突いたりデコピンなら、いくらでもゆりかの顔に触れられる。

小さい頃からのコミュニケーションなのだから。


 だけど、頰に、唇に触れたら、ゆりかはビックリするだろうか。

それとも嫌悪するだろうか。

そもそも今更気恥ずかしくて、自分にそんなことができる気がしない。


 そんな邪まな感情をしまい込むかのように、頬杖をつきながら、パラパラと教科書をめくり見つめる。

授業の内容が頭に入ってこない。

文章がただの文字の羅列に見える。


 昨日からひたすら思い浮かぶのは江間先輩という存在。

俺と貴也以外でゆりかが親しそうに話していた同年代の男は初めてだった。

最初はお化け屋敷でゆりかを助けてくれた、ただの恩人だと思っていた。

でもゆりかの話す声が、目がいつもと少し違う気がした。


 いつもより気持ち声色が高く、自分に向ける視線よりも優しい。

まるで自分に話しかけてくる女子たちのようだった。

まるで好意を持っているような。


 ……ゆりかは江間先輩に好意を持っているのか?

出会ったばかりの相手に?

俺はずっと小さい頃から知ってるのに、そんなゆりかを初めて見た気がする。


 ゆりかは俺の許婚だ。

ゆりかが例え江間先輩に惹かれたとしてもそれは一時的な気の迷いだ。

俺とゆりかが手を離さなければ、許婚という立場は揺らがないはずだ。

……でももしゆりかが手を離したら?

そんなことあって欲しくない。


 俺がゆりかを大事に守っていくって決めたんだ。

ずっとずっと。


 ゆりかの華奢な背中を眺めながら、触れたいのに触れられない――抱きしめたいのに抱きしめられないもどかしさを感じる。


 初めてゆりかの存在が近くて遠い。



※※※※※


《おまけ》その頃のゆりか


窓際で外を見ながら、うたた寝。

ああ、日の光ってなんて気持ち良いのかしら……。


呑気なゆりかなのでした。

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