第53話 キスとハグ


 宗一郎の告白に動揺していると、再びスマホが鳴った。

ピロリン!

メッセージの音。


 「ちょっと、ごめんなさい」

ゆりかがスマホを確認する。


 『狩野:至急車に戻ってください』

今度は狩野からだった。

ん?なんだろう?嫌な予感しかしない。


 ゆりかの顔色が曇ったことに気付いた宗一郎もどうしたのかと覗き込んできた。

「あーあー…タイムリミットかな」

苦笑しながら宗一郎は立ち上がり、伸びをする。


 「宗一郎君、さっきの話……」

「気にしないで。

ただ俺の気持ちを話したかっただけだから。

……でもさ、来年ゆりかちゃんたちが中学に入ったら、俺容赦しないから。

目の前でゆりかちゃんをとられて、大人しく指咥えて見てるなんてしないよ」

イタズラっ子のように口端を上げて宗一郎が笑う。


 ゆりかは宗一郎の言葉に赤面した。

こんな素直に気持ちをぶつけられることはまずない。

悠希の好意は行動でヒシヒシ感じてはいるが、言葉では表されたことはなかった。

正直、新鮮だ……!


 「一先ず、勉強とサッカー頑張らなきゃな。

和田君って勉強もスポーツも得意な完璧御曹司なんでしょ?」


 ほお、そんな噂が。

悠希をよく知ってるゆりかとしては、悠希のことを完璧御曹司とは笑っちゃいそうだが、能力と顔面偏差値はかなり高いのは事実だ。

「ふふ。悠希君は手強いわよ」

あのスペックでなかなか面倒な性格をしているからね。


 「そうみたいだね」

溜息をつきながら、宗一郎は頭をかき、苦笑する。

すると一瞬、宗一郎の動きが止まり、その澄んだ瞳がゆりかを捉えた。


 「……そうだ。忘れ物があった」


 ぽつりと呟いた宗一郎の言葉にゆりかは何のことかと、不思議そうな顔をする。

そう思ったと同時に、腕をぐいと捕まれ、体ごと引き寄せられた。


 何が起こったのかわからず、為すがままになっていたゆりかは、気付けば、宗一郎に抱きしめられていた。


 そして宗一郎の唇がゆりかの頰に軽く触れる––


 ゆりかは理解できず、ただただ立ち尽くしていた。


 「カード……graciasありがとう.」

耳に息がかかるほど近くから宗一郎に囁かれる。

「…………De nadaどういたしまして.」

呆然としながらも、ゆりかの口から自然とスペインが溢れた。

久々に話したスペイン語。

何故に今?


 「あーあー、メキシコだったらハグもキスも普通なんだけどな」


 抱きしめていたゆりかの背中を宗一郎がポンポンと叩き、腕を解くと、その動作とともにゆりかの止まっていた思考回路も魔法が解けたように、ようやく動き出す。


 カードのお礼をハグとほっぺにキスで返したのか!!!!


 「日本だと普通じゃないわ!」

事をようやく理解し、再び赤面したゆりかが大きな声で否定する。

そう、日本に居たらこんなこと普通されない。


 久々のキスとハグに動揺してしまったじゃないか!

いや、前世で外国にいたときは普通だったけど、ここ日本だし!うん十年ぶり出し!


 「はは。そうだね」

そのゆりかの反応に宗一郎が楽しそうに笑う。


 宗一郎が手を差し伸べる。

「さ、ゆっくりしてられない。車に戻ろ。

Mi俺の princesaお姫様.」

ゆりかは躊躇いつつもその手に伸ばす。


 「春が来るのが楽しみだな」

そう呟き笑う宗一郎を、ゆりかはなんだか眩しく感じた。


※※※※※


 宗一郎と一緒に車に戻ろうと歩いていると、校門付近で黒い人影が近づいてくるのに気が付いた。

黒服姿の狩野だ。

GPSを使ってたのか手にはスマホを持ち、一目散でゆりかに向かって走ってくる。


 「お嬢様!」

「何かあったの?」

ゆりかも駆け寄り、狩野に尋ねる。

狩野が待ち合わせ場所で待たずに、ゆりかを探しにくるなんて珍しい。

宗一郎君とのあの駄菓子屋の一件以来……まさか、宗一郎君と自分を監視に来たのか?


 ゆりかが疑わし気に目を向けると、狩野もそれに気づいたか「監視しにきたんじゃありません」と先手を打ってきた。


 はふん。読まれてる。


 「お嬢様、車の前に仁王像がいます」

「は?」

「あ、つい口が……失礼しました。

悠希おぼっちゃまが待ってます」

「え!」

悠希のことを仁王像発言したのもだが、悠希が車の前で待ち伏せしてることにも、ゆりかは驚いていた。


 「悠希君が仁王像?」

ゆりかが狩野に確認すると、狩野は片手を顎にあてながら、大きく頭を縦に振り頷く。

「そのお姿、仁王像の如く……といった感じです」


 ゆりかの脳裏に、悠希が車の前で仁王像のように立ちはだかっている姿が浮かぶ。


 ぎゃ〜、メンドクサイ。


 ゆりかの肩がズンと重くなる。


 「やっぱり、アレは和田君だったんだ」

宗一郎が突然話に入ってきた。


 ゆりかしか目に入っていなかった狩野が宗一郎を見て、慌てて挨拶をする。

「江間様、こんにちは。

突然お二人のお邪魔をして申し訳ありません」

「こんにちは。

以前、駄菓子屋でのことはありがとうございました」

「ああ、あれは私じゃなくて、経費で落としてるんでお気にせず。ははは」

「ちょっと、そんな話はいいから、今は悠希君のことよ」

ゆりかが呆れながら狩野を見ながら、校門に向けて足を進める。


 「宗一郎君、『やっぱりアレ』って?」

ゆりかが訊くと、宗一郎は思い出すかのように答える。

「さっき校門の前で待ち合わせてたとき、だいぶ先の方に黒い車が止まってたんだ。

それだけだったら、よくあることだけど、なんだか車の中から双眼鏡で見ているように見えてさ。

誰かわからなかったし、不審者だったら怖いから、学校の中にとりあえず逃げ込んだんだ」


 おお…!なんて危機意識!素晴らしい。

てか、悠希君、それじゃストーカーだよ。

十分不審者……いや、可哀想だから、言わないでおこう。


 「素晴らしい判断です。

お嬢様にもその危機意識分けてもらいたいくらいです」

「狩野」

狩野がしみじみと感嘆して唸るように言うので、ゆりかは狩野を睨みつけた。

これでも二児を育てあげた経験すらあるのに、この言われよう。

どうしたものか。


 「メキシコだと何回か誘拐されかかったり、強盗されてるから不審者には反応しちゃうんだよ」

宗一郎がハハッと明るく笑うが、笑えない話である。

案外修羅場をくぐってきたことに、ゆりかは驚いていた。


 「で、彼、どうするの?」


 宗一郎が親指で指す。

その先には黒塗りのゆりかの車の前で腕組みをしながら、まさに仁王像の如く待ち構える悠希がいた。

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