第52話 宗一郎の気持ち
休みが明けて、ゆりかは再び中等部を訪れた。
校門の前に車を付けてもらい、狩野が開けてくれたドアから、ゆりかはヒラリとスカートを揺らして軽やか降りる。
「車で待っていてちょうだい」
ゆりかが命じると狩野が「はい」と頷いた。
その様子はどう見ても幼い主人に忠実な使用人にしか見えないのだが――
ゆりかが校門の前に立つと、狩野は車の運転席に戻り、目を光らせた。
宗一郎君はまだかしら?
校門の前で待ち合わせのはずだが、彼の姿はまだなかった。
終礼が終わったのか、続々と人が出てくる。
ゆりかがキョロキョロと辺りを見渡していると、周囲からの視線を感じた。
小学校の制服でここにいると目立つのか。
日頃から注目されるのは慣れているが、敢えて目立つ行いをするのはさすがのゆりかも気がひける。
居心地悪く感じ出していたその時、人混みの中から、大きく手をふって走ってくる宗一郎が見えた。
「ゆりかちゃん!お待たせ!」
余程急いで走ってきたのか、息が上がっている。
「宗一郎君、お疲れさま」
「俺が先に待ってる予定だったのに、待たせてごめんね」
宗一郎がすまなそうに頭をペコリと下げる。
「あんまり待ってないし、私が借りたハンカチを返しに来たんだもの。気にしないで」
「でも、俺がゆりかちゃんに会いたかったからさ」
サラリと言った宗一郎の言葉にゆりかはドキッとしてしまう。
やだわ、本当に勘違いしそう。
ゆりかはチラリと宗一郎の顔を伺うと、宗一郎と目が合い、ニコリと微笑まれた。
「ねえ、ゆりかちゃん」
「なあに?」
「場所移そう!」
宗一郎の言葉とともに腕をひかれる。
「走って!」
「え!?」
気付けば、宗一郎に言われるがまま、腕をひかれるがまま、校門の内側に向かって走っていた。
だいぶ奥まで来くると、校舎の裏側の裏庭に出た。
「こっちこっち」
宗一郎が促す先に非常階段があった。
「はあ、はあ……」
ゆりかは大きく肩で息をし、そこに腰かける。
「ゆりかちゃん、大丈夫?」
「なんとか……はあ……」
宗一郎も多少息が上がりこそすれど、ゆりか程ではない。
さすがサッカー少年。
ゆりかのが日頃の運動不足がたたってへばっているというのに。
小学生のうちからこれではマズイ気がする。
中学校に入ったら、運動部に入るべきか。
己の体力の無さを痛感してしまった。
「それより、どうして場所を移したの?」
息が整うとゆりかは宗一郎に尋ねる。
「さっき注目されてたからさ」
「ああ、小学校の制服なんか着てきたから悪目立ちしちゃってたわよね。ごめんなさいね」
「外野からの注目もだけど、それ以外にも……ね」
宗一郎が後ろ首を掻く。
「それ以外?」
「うん。でも、気付いていないならいいんだ」
「??」
ゆりかは首をかしげる。
何のことかしら?
狩野が車から監視してたのかしら?
そんなことを考えていると、宗一郎がガサゴソと鞄を漁り出した。
「これ渡さなきゃ」
目に飛び込んできたのは、千鶴に入れてもらった紙袋。
ゆりかは目を輝かせた。
「ありがとう〜!」
「お化け屋敷の中に落ちてたよ」
「やっぱり!……ちなみに中身見た?」
「ううん。見てないけど、なんの本だったの?」
う……墓穴を掘ったかもしれない。
キカレタクハナイ。
ゆりかの目が泳ぐ。
「文芸部の先輩が書いた同人誌よ!ふふふふ」
誤魔化しながらゆりかは無造作に自分の鞄に突っ込むと、それと同時に自分の鞄の中に入れていた宗一郎のハンカチを思い出し、取り出した。
「そうそう!わたしも宗一郎君のハンカチを持ってきたの。はい!」
自分で洗濯、アイロンをして、可愛らしくラッピングバックに入れたハンカチ。
久しぶりに洗濯、アイロンなんてしたものだから楽しくて、ついつい張り切ってラッピングまでこだわってしまった。
「わ!こんな袋に入れなくてもよかったに」
「やりたかっただけだから、気にしないで。
中は家で見て…」
ゆりかが言いかけたところで、宗一郎が袋を開けて、中のハンカチとメッセージカードを手にしていた。
『ありがとう』とスマホの番号を書いた可愛らしいメッセージカード。
連絡先を知らないと、ゆりかが中学に入るまで、また会えなくなってしまうかもしれない。
今度は連絡先を教えそびれないようにと、準備してきたのだ。
宗一郎がカードを顔の前にかざし、マジマジ見ながら「女の子だなぁ」と感嘆の呟きをもらした。
そして嬉しそうに笑うと、カードを口元にあてた――まるでその動作がキスをしてるみたいだった――
宗一郎の動作に目を奪われたゆりかは、じっと見つめていた。
するとふと目が合い、宗一郎の真っ直ぐな綺麗な目がゆりかを捕らえる。
トクントクンと鳴る心臓。
昔々、感じたことのあるトキメキだと記憶の片隅で気づいた。
ゆりかの頭の中で警告音が鳴っていた。
たぶんこのままだと本当に好きになってしまう……。
ピルルルルル……!
その時、ゆりかのポケットからスマホの着信音が鳴り、ゆりかは現実に引き戻される。
慌てて着信画面を見ると、『和田悠希』の文字。
ぎゃ!
思わずスマホを手から滑らした。
なぜ今このタイミングで……。
まさか悠希君の勘の良さで、何かを察知したのかしら。
「誰から?」
ゆりかがフリーズしていると、宗一郎がスマホを拾いあげて、画面を見る。
そして明からさまに微妙な顔をした。
「和田君だね」
「……だね」
スマホを差し出され、苦笑いしながらゆりかが受け取り、じっと画面を見つめる。
「出ないの?」
「うん……出る」
しかしゆりかが出ようと、指を動かした瞬間に切れてしまった。
頭の中に悠希の姿が浮かぶ。
親に決められた許婚なのに、好意を寄せてくれた悠希。
横暴で、偉そうで、多少束縛が激しいが、小さい頃からゆりかを大事にしてくれている。
あんな許婚はなかなかいないだろう。
ゆりかの中でじわじわと重苦しい感情が広がっていく。
宗一郎にも許婚のことを話していない。
これはいけないことなのかもしれない。
自分の行動に筋が通っていないことに気づいてしまったゆりかは、居てもたっても居られなくなった。
「あのね……私、悠希君とのことで、宗一郎君に話してなかったことがあるの!私…私……」
「ゆりかちゃん」
宗一郎の手がゆりかの口を塞ぐ。
「もしかして、2人が許婚って話し?」
いつになく低い声色の宗一郎の言葉にゆりかは驚いて目を見張った。
「学祭の後、みんなが話してたから」
「……聞いちゃったんだ」
ゆりかの力が抜けた。
ゆりかの中でほのかに灯った淡い恋心が、今にも消えてしまいそうだった。
許婚がいるなんて聞いたら、普通は引くだろうな……。
ゆりかは膝を抱え込み、顔を下に向けた。
そんなゆりかに宗一郎は淡々と質問を投げかけた。
「許婚って親同士が決めた結婚相手ってことだよね?」
「そうよ……18歳になって、お互いに結婚の意志があれば、婚約する予定なの」
「じゃあ、それまでに違う相手がいたら、婚約はしなくていいってことかな?」
「それは……わからない」
今まで悠希と結婚することを前提でしか考えたことがなかった為、そんな風に考えたことはなかった。
なにせ、他の人に恋をしたら墓場まで持っていけと思っていたくらいだ。
「じゃあさ、俺もまだ割り入る可能性があるのかな」
「え……」
ゆりかは予想もしなかった言葉に上を向くと、宗一郎の顔がすぐそばにあった。
「俺、ゆりかちゃんのこと好きだよ」
ゆりかは大きな目を見開き、宗一郎を見つめる。
「付き合うのは無理かもしれないけど、2人の間に割り入る隙があるなら、割り入りたい」
えええー!
宗一郎の率直な物言いに、心臓がドキドキと早鐘を打つ。
「わ、私には悠希君っていう許婚がいるから……」
「うん、だから今は俺がゆりかちゃんを好きって気持ちだけ、わかっていてくれればいいから」
宗一郎が熱い視線が絡みつき、ゆりかは動けなくなっていた。
自分でも顔がみるみる間に熱くなっていくのが、わかる。
「ゆりかちゃん、顔赤い」
宗一郎に言われ、ゆりかはドギマギしながら、慌てふためいて頰を隠した。
30年ぶりくらいの異性からの告白に加え、宗一郎のストレートな物言いに動揺せずにはいられない。
ど、どうしよう!
人生50年目にさしかかって、中学1年生に翻弄されるとは……。
今時の中学生って、なんてマセてるの?!
それともこれは宗一郎君だけ?
ドキドキが止まらず、赤面したゆりかはしばらく声を発せずにいた。
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