第48話 悪役令嬢『高円寺ゆりか』

 ああ、そうだ。

あれは前世でやっていた乙女ゲーム『イケメン学園』のワンシーンだ。

悠希と宗一郎の出会いの回想シーン。


 この2人は高校に入る頃には親しい先輩後輩になっている。

今のこれが2人の出会いなのだ。


 それにしても何故自分がそれを目の前で見ているのだろう。

不可解な状況に理解ができず、ゆりかはただただ立ち尽くしていた。


 ここはゲームの世界……なのだろうか?

でもゲームをしたのは前世でだ。

ましてや、この世界には前世の夫であった真島司まで存在している。

では、前世に和田悠希と江間宗一郎は存在したのか?

天下の和田財閥の御曹司の実名を用いてモデルにした乙女ゲームなんてあれば、話題騒然になるだろうが、そんな話は聞いたことがない。


 ……現実の世界とゲームの世界が入り交じっている?


 私は一体どこにいるんだろう……。

ここは……一体……?


 混乱する思考の中で、ふと視線を感じ、その方向を見ると、貴也が見つめていた。

貴也に助けを求めるかのように、ゆりかは視線を投げかける。


 『ここは…どこ?』


 小さな小さな声が、吐き出すようにゆりかの口から発せられる。

ゆりかをじっと見つめていた貴也にしか気づかないくらい小さな声だった。


 ゆりかのすがるような目を向けられ、それまで一歩引いていた所にいた貴也が引き寄せられるようにゆりかに歩み寄った。

そして、ゆりかの耳元で囁いた。

「やっと気づいたんだね」


 そう言った貴也の顔がニコリとゆりかに微笑む。

微笑んでいるのに、よく読めない笑顔だった。

天使の笑顔なのに、目は笑っていない。


 ゆりかが立ち尽くしていると、千春がゆりかの腕を揺する。

「どうしたの?」

心配気な顔で覗きこまれた。


 「……なんでもない……」

「そんな訳ないじゃない。

顔色悪いよ?」

千春の声が心配気だ。

その声が聞こえたのか、悠希と宗一郎が振り向いた。


 「ゆりか、どうした?」

「ゆりかちゃん?」


 どうしたのかと2人がゆりかを見つめる。


 ……ちがう、なんでもないの。


 そう言いたかったが、言葉が出てこなかった。

必死にふるふると頭を振る。

混乱し、理性的になれない頭を必死に振るも、周囲には理解されない。

どう見ても様子がおかしいようだった。


 「顔色が悪いよ?どうしたの?」

宗一郎が再びゆりかに顔色が悪いと指摘する。


 顔色が悪い……?

私はそんなに思いつめてるの?

段々自分がわからなくなってきた。

ふと疑問が湧き上がる。

自分がわからない……?

自分?自分って?


 私は『高円寺ゆりか』よ。


 なにかが頭の中でパチンと弾けた。

それと同時に脳裏に浮かぶ数々のイメージ。


 前世のゆりかが家族に隠れてスマホでこっそりやっていた乙女ゲーム『イケメン学園』

ヒロインが通う聖麗学院高校に、同じく通うイケメンの攻略対象者たち。

メイン攻略対象で財閥の御曹司で完璧な王子様の様な『和田悠希』

その悠希といつも一緒にいる従兄弟で超絶美形な『相馬貴也』

サッカー部で生徒会長も務める『江間宗一郎』

聖麗学院大学に通い教育実習生としてやってくる『高円寺隼人』……。


 そしてヒロインに対抗する悪役令嬢、縦髪ロールで高飛車なお嬢様……高円寺ゆりか……。


 『高円寺ゆりか』


 信じられない記憶に、目の前が真っ暗になる。


 「……私……『高円寺ゆりか』だ……」


 誰かがゆりかを揺する。

心配するような声は聞こえるが、まともに耳に入ってこない。


 白黒映画を観ているかのように、時が過ぎていく。


 ……私……どうしよう――――

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