第27話 カフェモカと束縛

 ゆりかと狩野がスタパで買った飲み物を手に持ち、店から出る。

すると、それを待ち構えていたかのように、店前に停まっていた黒塗りの車から降りる2人の人影が見えた。


 「…悠希君と貴也君」

ゆりかは眉を顰め、呆れたような声を出した。

「なんでここにいるんですか?」


 あんたらはストーカーか?


 「お前がこの店に入って行くのが見えたから、出てくるのを待ってたんだ」

悠希が腰に両腕を当てながら、ふうとため息をついた。

「ゆりかさんが珍しいお店に入っていくから、悠希が気になっちゃってさ」

貴也が楽しそうに笑う。

ゆりかが煙たがっているのをわかってて、高見の見物気分というところだろう。


 「だからって待たなくてもいいじゃない。

いつ出てくるかもわからないのに」

「あんまり時間がかかるなら、迎えに行こうと思ってた」

「誰かと待ち合わせしてるとか思わないの?」

ゆりかが眉を顰めたまま悠希をじっと睨む。


「誰かと待ち合わせだったら、俺も挨拶する」

悠希の言葉にゆりかは小首をかしげる。

「はい?悠希君と知り合いじゃないかもしれないじゃない」

「ああ、ゆりかの知り合いを俺は知っておく必要がある」

さも悠希は当然かのようにモノ申した。

「……………」


 だれかー!

この俺様、意味分かんないんですけどー!!

ゆりかは心の中で叫ぶ。

悠希の斜め後ろで貴也がゆりかから目をそらしながら笑っているのが視界に入った。

ええい!腹立たしい。


 近頃、悠希がゆりかの行動にやたらうるさい。

学校でも男子と話していれば目を光らせ、外出時もゆりかの行き先を気にする。

そう、一丁前に束縛をするようになったのだ。

そくばっきー悠希である。

 ゆりかには何がどうしてこうなったのかわからない。

『逆・紫の上作戦』で、ゆりかの尻に敷いて掌で転がせる男に育てあげるはずだった。

なのに、なぜか逆に悠希がゆりかの四方八方に包囲網を張り始め、悠希の手の中に収められそうになっているではないか。

恐ろしい。

この状況をどうにか脱しなければと、日々ゆりかは頭を悩ませている。


 「ところで、悠希お坊ちゃまと貴也お坊ちゃまはどこかに一緒に行かれる予定だったんですか?」

ゆりかの隣で事の成り行きを見守っていた狩野が、悠希と貴也に話しかける。

「ああ、今日は地元の図書館が新しくなったから、見学に行くんだ」

「図書館?」

ゆりかが不思議そうな顔をすると貴也がにこりと笑い答える。

「図書館を新しくするに際して、和田財閥がそこの図書館に蔵書の寄贈をしたんだ。

世に言う、地域貢献の一種だね」

「そうそれで、開館前に一度見学をって誘いを受けて貴也と行こうとしてたんだ」

悠希が貴也の肩を組む。


 まあまあ仲良さそうでいいじゃない。


 「そう。じゃ、せっかく買った飲み物が冷めないうちに、私は帰りますね。

ごきげんよ~」

面倒なものに関わってられるかとばかりに、ゆりかはさっそうと立ち去ろうとするが、悠希に腕を掴まれて阻まれた。

 「おい!ちょっと待て!」

「「「「…あ!」」」」

腕を思いっきり掴まれた拍子に、逆の手に持っていたホットのカフェモカが傾き危うくこぼれそうになる。

蓋から漏れて僅かにゆりかの手の甲にかかり、その場にいた4人同時に声を出すした。


 「お嬢様、このハンカチをお使いください!」

血相を変えて狩野がハンカチを渡してくれる。

ゆりかがそれを受取ろうとした瞬間、代わりに貴也が掴み取った。

そしてカフェモカがかかったゆりかの手を片手に取り、そのハンカチで優しく拭いた。

 「火傷してない?」

貴也がゆりかの顔を上目づかいで見た。

貴也の茶色のまつ毛が揺れる。

思わず見惚れてしまいそうなほど綺麗だった。


 「ゆりか、悪い」

悠希の声にゆりかはハッとする。

ゆりかの逆の腕を掴んでいた悠希は、バツの悪そうな顔をして、そっと離した。

 「大丈夫です。

もう冷めてましたから」

ゆりかがそう言うと、悠希と貴也はほっとした顔をした。


 貴也が拭ってくれているハンカチをゆりかが手にする。

すると、…ふわーんとカフェモカの甘い香りが漂った。

 「甘い匂いがする」

貴也がゆりかの手を引き寄せ、ゆりかの手の甲に自分の鼻を近づけてスンと匂いを嗅いだ。

貴也の髪が一瞬だけさらっと触れる。

その様が手の甲にキスをされるんじゃないかと思ってしまうような光景で、不覚にもゆりかはドキドキしてしまった。


「……おい、お前たち、何してるんだ」

地を這うかのような、ものすごく低い声が響いた。

ゆりかと貴也が顔を上げて振り向くと、そこには不動明王のように仁王立ちした悠希がものすごい形相でこちらを睨みつけていた。


※※※※※


和田家の車に、運転手と助手席にお付きの者と思われる男性、後部座席には悠希と貴也、そしてゆりかが乗っていた。


 先ほどのスタパの前で鬼の形相の悠希に「暇だったら来い」と迫られ、あまりの迫力にコクリと頷いてしまったゆりかは、悠希により和田家の車に押し込められた。

狩野には悠希が「家まで送り届ける」と言って先に帰ってもらうことになり、現在の状況に至った訳だ。


 車中では皆が終始無言で、悠希と貴也に挟まれたゆりかは気まずさの境地であった。

逃げ場がない状況に、手にしていたカフェモカをがぶ飲みして、むせてしまうと、また貴也が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

なぜだ、なぜ、貴様はそうも世話を焼くんだ…。

ゆりかはむせながら貴也を横目で恨めし気に見た。

そんな2人の様子を見て、ますます悠希の機嫌が悪くなっていったのは言うまでもない。


 「降りるぞ」

悠希が機嫌悪そうにゆりかの手を取る。

ドアが開くと、悠希は半ば強引にゆりかの手をひっぱり、車から降ろした。

 「悠希、ゆりかさんの手をそんなに引っ張ったら危ないよ」

貴也が悠希を諌める。

「………」

いつもならあっさりわかったと言うところなのに、今日ばかりは様子が違かった。

貴也の言葉に悠希の眉間の皺がさらに深くなる。


 猛獣使いの言葉が通じないとはなんたることか。

これはかなりご機嫌を損ねているではないか。


 「悠希君、もう少し優しく手を握ってくれませんか?

痛いです…」

ゆりかは目を潤ましてしおらしく悠希にお願いをする。

昔から悠希はゆりかの泣き顔に弱く、それを利用して悠希を困らせてやることがしばしばあった。

 「…ごめん」

今回もいつもの如く慌てふためくかと思いきや、ゆりかの顔を見て悠希は苦渋に満ちた顔になり、手を離した。


 そんな悠希の顔を見たゆりかは、少しやり過ぎたかなと罪悪感を感じてしまう。

ついつい苦しげな悠希の顔に手を伸ばし、頬に触れると「そんな顔しないで」と優しい言葉を掛けていた。

悠希はゆりかの行動に驚いて見つめていた。


 こうやってまじまじ見ると、悠希も整った可愛らしい顔をしていると思う。

頬に触れたゆりかの手を再び悠希が掴むと、はにかんだように微妙な笑顔を見せて、そっとおろした。


ため息をふうと吐くと、片手で髪をくしゃりとかき上げ、くるりと前を向く。

「怒り過ぎたな」

そして「…行くぞ」とポツリと呟くと、一歩先に歩きだした。


 悠希の後を追うゆりかにの耳元に貴也が楽しそうに「お見事。高円寺の叔母様の手腕を学んだね」とささやいた。

いつぞやのことを思い出したんだな。

食事会の時のことか。

本当に腹黒ね。

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