第9話 乙女と小悪魔

 演奏を終えた後、昼食会がつつがなく行われた。

食後、両親から大人同士で話があるから、子供だけで遊んできなさいと言われたため、悠希、貴也をゆりかの部屋に案内することになった。


 「おまえ、ピアノ弾けたんだな!楽しかった!」

悠希が満足気にゆりかのベッドに転がる。

「人のベッドに転がらないでくださらない?」

「 友達なんだからいいだろ?

疲れたんだよー」

「よくありません」

「そんなにいうと、ベッドのなかに入ってやる!」

「あ、ちょっと悠希君!」

「悠希!そろそろ止めよう。

やり過ぎると嫌われちゃうよ!」

貴也の一言に悠希はピタリと止まる。

 なんで貴也君の一言で止まるのかしら。

貴也君は猛獣使いならぬ、悠希使いね。


 「嫌われたら、また一緒に弾けないもんな。

やめてやる!」

ベッドから悠希がぴょんと飛び出て、

今度はキョロキョロとゆりかの部屋を物色しだす。

落ち着かない子ねぇ。

ゆりかが「ふう」と溜息をつくと、となりで貴也が苦笑していた。

「次から次へとやらかすから、落ち着かないよね」

まるでゆりかの心を読み取られたかと思い、思わず焦った。


 「ねえ、それって『星の王子様』?

しかもフランス語版?」

ゆりかが胸元に抱えていた本を貴也が覗き込む。

さっき階段で落としてから、部屋へ持っていけず、ずっと近くに置いていたのだ。

ようやく自分の部屋まで持ってこれた。

「ええ。パパからいただいたんだけど、まだフランス語読めないから、辞書で解読しなくちゃいけなくて…」

貴也が「貸して」とゆりかの手から本をとり、

ペラペラめくる。

下を向くとこげ茶色の髪がさらりと揺れる。

伏したまつ毛まで茶色い。

本を読む仕草さえ、麗しくて将来が怖いなぁ。


 「『Le Petit Prince』か…。

僕も持ってるよ。」

「フランス語なら貴也が読むの手伝ってやったら?

貴也ならスラスラだよ」

横から悠希が割り込んできた。

「え?フランス語わかるの?」

「わかるのって、貴也はフランス人の血が流れてるから」

「え?え?ハーフ?」

「「クォーター」」

悠希と貴也がハモる。

「でも、ほら、2人は従兄弟よね?」

貴也は茶色い髪を触りながら説明しだした。

「僕の母がフランス人とのハーフで、僕の父は和田の伯母様の弟なんだ。

だから、僕だけ色素が薄いって訳」

ほほう。

貴也君の色素の薄さはそのせいか。

外国人程濃くないのに、日本人にしては目鼻立ちがハッキリしてて、天使に見える。

なるほど、なるほど。

お、ということは、これは本当に使えるかも?


ゆりかの目が輝く。

「じゃあ、フランス語ペラペラ?読みもできるの?」

「うん、一応できるよ」

その言葉を聞くや否や、ゆりかは貴也の手を握った。

「ご協力お願いします!!」

ゆりかのあまりの勢いに一瞬貴也が引いたのがわかった。

「…僕にできる範囲なら」

貴也が苦笑する。

あー、天使の微笑じゃないな。

困らせたかしら。

「いいなぁ。貴也。

俺もなにか教えてやろうか?

英語、スペイン語、中国語なら俺も教えられるぞ!」

悠希が腰に手をあて、自信有り気に言う。


その年でそんなに言語を習得してるのか。

御曹司、恐るべし。

でもこっちだって伊達に前世で40年以上生きてないわよ!


 「私も英語、スペイン語、中国語は日常会話程度なら話せるから、今のところ結構よ」

にこやかにお断りする。

「えー!!お前それでまだフランス語かよ!

くそ、俺もフランス語勉強する!

貴也、その本持ってるんだよな?

俺に貸してくれ!」

「いいよ」

貴也は悠希を見つめてながらクスクスわらった。

本当に悠希はクルクル表情が変わる。

落ち着かない子。


 「さっきまでは借りてきた猫みたいに大人しかったのに、親がいないだけで随分変わるのね」

悠希の顔を見ながら、ゆりかがそんなことを言うと、

途端に悠希の顔がボッと赤くなった。


ん?なんだ?


「いや!それは…!あれだ!

母様が変なことを言ったから…!」


あれ?変なこと?なに?


貴也がクスクス笑っている。

「悠希は伯母様の言葉に意識しちゃったんだよ」


なんか嫌な予感。

さっきの母親たちの態度を思い出した。


「一体なにを言われたの?」

ゆりかは険しい顔で悠希に躙り寄る。


「…え!いや、それは…」

何を恥ずかしがっている!

ますますその姿にゆりかは不安を覚えた。


悠希とゆりかを見ながら、貴也がまだクスクス笑っていた。

いつも天使に微笑みに見えるのに、 今ばかりは天使には見えない。

そしてその不気味な笑みをした貴也により爆弾を落とされた。

「悠希の婚約者にゆりかがいいんじゃないかって」


 こいつ!悪魔だ!腹の中、真っ黒小悪魔!

悠希と私の反応を見て面白がってる!

気付いてしまった!!


 その隣では、いつも俺様の悠希が頰を染めていた。

ええぃ!なにをお前は乙女になっているんだ!!

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