第8話 大人たちの謀
ゆりかはなぜかピアノの前に座らされていた。
そしてなぜかゆりかの横で和田悠希がバイオリンを抱えている。
なんなのでしょう?この状況。
どうして私が?
兄がピアノのコンクールで入賞する程の腕前で、上手いのは周知の事実なのだが、
なぜかコンクール経験もない私にピアノを弾く役割が回ってきた。
ことの始まりは、和田夫妻と悠希、貴也と父、母、兄とリビングでお茶をしながら会話をしていたところまで遡る。
昼食までには少し早いから、お話でも少ししましょうと。
そこで兄がピアノを弾くことになった。
兄がさっき練習していたのは、皆んなの前で披露するためだったらしい。
それは別にいい。
兄はコンクールに入賞する程の腕前なんだから。
兄の演奏を聴いて和田母がうっとりとした顔をした。
和田母は髪が短く快活な印象だ。
「隼人さんはピアノがとても上手なんですね。
男の子のピアノはいいですよね!
元々素敵なのが、さらに5割り増しに見えますよ!」
正直なご感想だ。
清々しいくらいに。
私も思わずコクコク何回も頷きたくなる。
ピアノ男子はカッコイイ。
これが大きくなって音楽室のグランドでショパンなんて弾くピアノ男子を見たりしたら、完全にノックアウトだ。
ちなみに前世で、自分の息子は2人ともピアノが弾けた。
長男は私が力説した音楽室でショパン云々をやって、意中の彼女を射止めたらしい。
「悠希にも楽器が弾けるようになって欲しいと、バイオリンをずっと習わせてるのよ。
入賞はできなかったけど、一応コンクールに出場はしたことあるのよ」
悠希は和田母に言われ少し照れ臭そうにした。
でもいつものようなもの言いはしない。
緊張してるのかな?
なんだか今日はいつもより大人しい。
「ゆりかさんは楽器は?」
和田母から急に話を振られる。
「私?私もピアノを習っていますが…お兄様程弾けないんです。
童謡だったり、簡単なのしか」
「『人形と夢と目覚め』さっき上手に弾けてたじゃないか。
弾いてみたら?」
兄が目配せする。
へ?!
まさかさっきのを披露しろと?
「あら、悠希がこの前コンクールで弾いた曲ね!」
和田母が嬉しそうな顔をしていた。
どんぴしゃ。
ナイスな選曲だったのか。
今度は母が良いことを思いついたとばかりに「隼人さんの昔使ってたバイオリンが確かなかったかしら?」と兄にたずねた。
兄はすこし渋い顔をした。
「あー…ありましたね」
なんだか気乗りしないような言い方だった。
「まあまあまあまあ!
悠希、バイオリン借りて弾いてちょうだい!
ゆりかさん、悠希!一緒に弾いてくれないかしら?」
「隼人さん、和田様の奥様もそう仰ってるわ。
早く探してきて?
ね、ゆりかちゃん、ママも聴きたいわ。
弾いてくれるわよね?」
興奮気味な和田母に加え、
さらに畳み掛けるように母が大輪の花が咲くかのようににっこり微笑みかける。
威圧感半端ない。
なにこれ?
もう弾くしか道がないですよね?これって。
お兄様を横目で見ると、一瞬哀れな子羊を見る目をされた。
だが溜息を「はあ」とつき、母に言われるがまま自室にバイオリンを取りに行ってしまった。
貴也を見ても、相変わらずニコニコ。
父と和田父を見ると、苦笑いしていた。
肝心の悠希は、仕方なさそうに「わかった」と頷いていた。
男ども、母親に弱いんだな。
かくいう私もだが。
*****
高円寺家の白亜の邸宅のリビングから、バイオリンとピアノの音色が響く。
ゆりかはピアノを弾きながら、和田悠希をちらりと見た。
始めて音を合わせたはずなのに、その音はピタリと合っていた。
ただのガキンチョかと思ってたら、なかなかやるじゃないか!
まだ6歳の小さな男の子なのに、その演奏は荒削りだが力強い音色で、バイオリンのことを大して詳しくないゆりかでも上手いと感じられた。
しかも完全に向こうが私に合わせて弾いてくれている。
6歳児に…!
く、屈辱!!
一方、ゆりかの演奏に両親は驚きを隠せなかった。
「あの子はこんなに弾けたんだね」
「私も知りませんでした」
「もっと難しい楽譜も読めるみたいですよ」
両親と兄がひそひそと話している。
お人形のような容姿をした小さなカップルのピアノとバイオリンを弾く姿はとても可愛らしく、和田母もゆりかの母もうっとりし、夢見心地な気分に浸っていた。
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