第8話 林間学校

小さく追いやられていた恐怖心が、黒く重たい感情としてもやもやと私の中に広がった。

初めての林間学校で興奮気味の明るいクラスメイト達が羨ましくなった。妬ましいと言っても良いくらいに気持ちのやり場が見つけられない。

私は本当は高校生なのに。小学生に対してそんな事を考えるのは筋違いなのに。


どうしてこんな事になってしまったのだろう。

あの両親が一人娘の女の子を亡くし、代わりとして故意に私が呼ばれたのは間違いない。

だけど、どうして私なの?

ただ足を出して布団に入っていただけなのに。

いつもは気を付けていたはずの事をうっかり忘れてしまった自分が恨めしい。

ミントは、おそらく美羽じゃなくても良かった。何かのタイミングでたまたま私が引き込まれてしまっただけに過ぎない。



「ねぇ、知ってる?」


ほぼ無意識に、その場にいた女の子たちに話しかける。


何なに?怖い話?

女の子たちは興味津々に目を輝かせながら私を見る。


「布団から足を出して寝ていると、足首を掴まれて引きずり込まれるんだよ。」


その場にいた子たちが一斉にどよめいた。

素直に怖がる子もいれば、強がって笑う子もいる。

私がこの話を聞いたのも小学校の林間学校だった。その時は、ただ怖い話だな、くらいにしか考えなかった。

全てはこの話が元凶だったんだ。

七月のあの夜、この話を思い出してしまったからでも、保健室で仮眠を取ろうとしたからでもない。小学校の林間学校で聞いたこの話から始まっていたんだ。


私の話を皮切りに、怪談話が始まった。不思議なもので、いつの時代も語り継がれる怖い話はどれも似たり寄ったりだ。

理科室の標本、音楽室の絵、階段の大鏡、女子トイレ。いわゆる学校の七不思議。



「さっきの話、本当?」


消灯時間を過ぎた暗い部屋の中で、隣の女の子が小声で聞いてきた。


「本当に引っ張られた人っているのかな。」


独り言のように呟くと、寝返りを打って天井を見上げた。私の返答などどうでも良いようだ。


多少の罪悪感はあるものの、話したことで私は気持ちが軽くなっていた。

恐怖って、共感することによって増幅するのかと思ってたけど、分散できるんだ。


私はあるよ、掴まれたこと。そう答えようと思ったけど可哀想だからやめておこう。


きっとこの子は忘れない。

何年経っても、時々思い出しては慌てて爪先まで布団の中に隠すんだ。私のように。

ごめんね。


久しぶりに落ち着いていた。

周りから寝息が聞こえる。大半の子はもう夢の中だ。みんな寝付きがいい。

私も昔はこうだったに違いない。寝不足に悩まされる事なんてなかった。成長するにつれて神経質になっていった気がする。


今日はゆっくり眠れそうな気がする。ここのところ毎日気が張っていたから、疲れているんだ。


薄い掛け布団を引き寄せる。いつも不思議に思うのが、ホテルや旅館で使う掛け布団って一枚で丁度いい。

タオルケットみたいに軽いのに、暑くもなく寒くもなく。何か特別な繊維なのかしら。


そんなことを考えながら、いつのまにかことりと眠りについてしまった。


足首が布団から出ていることにも、気が付かなかった。

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