タオルケット

如方りり

第1話 美羽(みわ)

毎日じゃないけれど、布団の中で思い出す。

小学校の時の林間学校で友達が話していたこと。


『布団から足を出して寝ていると、足首を掴まれて引きずり込まれるんだよ。』


誰に?とは、聞かなくても、きっと霊的な何かなんだろうと想像できた。

おそらく、ちゃんと布団をかけて寝なさいという意味で大人が考えた躾の一種なのだろう。

だけど、それが高校生になった今でも絶対に守らなければいけない事のように覚えていて、時々ふと思い出しては、慌てて爪先まで布団の中に隠すようにしている。

夏の寝苦しい夜でも、この話を思い出してしまった時は、どうしても足を出して眠ることができなかった。


他にも怖い話なんて幾つも聞いたのに、何故かこの話だけは…。



「美羽、起きなさい。」


少し苛々した母親の声で目を覚ますと、枕元で携帯のアラームが鳴り続けていた。

時計を見ると六時半を過ぎている。そろそろ支度をしないと学校に間に合わない。


七月も後半に入り、冷房の効いている部屋の中にいても外気温の高さが窺えた。

都内の女子高に通う私は、満員電車で気分が悪くならないようにと朝食は抜いている。

ヨーグルトかフルーツくらい食べなさい、と言う母親の小言を聞き流して玄関を飛び出した。


あぁ、また今日もぐっすり眠れなかったな。

定期試験も終わってもうすぐ夏休みだと思うと、なんとなく気持ちが浮わついているのかも知れない。


いつものように電車に乗ると、心なしか空いていた。この時期、試験休みや短縮授業の学校もあるのだろう。

約一時間の通学時間を経て学校に着くと、眠気はどこかに行ってしまった。

ありがたい事に、友達から声を掛けられたり授業の準備をしたり、慌ただしく日常に溶け込むことで普段どおりの私を取り戻す。


試験の答案返却、夏休みの課題、通常授業。

ぼんやりと先生の話を聞いて時折ノートを取り、決められた時間を過ごしていく。


ただ、それも午前中までだった。

よりによってお昼を食べた直後の授業が自習になり、私の身体は寝不足だった事を急に思い出したかのように重くなってしまった。

午後の仕事はミスが多くなる、という統計を何かで読んだことを思い出す。

責任ある大人だって微睡む時間帯。

私が眠くなるのも無理はないな、と自分に言い訳してみる。

騒ついた教室では落ち着けないので、この際ゆっくり横になろうと保健室に向かった。


ノックをして扉を開ける。

二つあるベッドは両方ともカーテンが開け放たれ、綺麗に整えられていた。つまり、先客はいない。


「すみません、ちょっと頭が痛くて…。少し休ませて下さい。」


養護教諭の優しい視線に後ろめたい気持ちでいっぱいになりながら、小声で申し出た。


「風邪かしら?試験の疲れが出たのかも知れないわね。」


念のため、と体温計を渡される。


「ちょっと寝不足で…。」


これは嘘じゃない。どうせ自習だし許してくれるよね。

この場合、誰に許しを乞うのかわからないけれど…。


小さな電子音が鳴り体温計を取り出すと、37.2度。微熱だ。最初から疑われてなんていないけど、保健室で休むための許可が下りたように感じられてほっとする。

ごめんなさい。1時間だけ、寝かせて。


上履きを揃えて脱いでベッドに上がると、ベッドはクリーム色の少し褪せたカーテンで囲われた。

狭い空間に一人になった私は、すぐに目を閉じる。


ぽかぽかした日差しと、グラウンドの声。

どこかのクラスは体育の授業らしい。

お昼を食べた後にすぐ体育って、可哀想だな。時間割、なんとかならなかったのかな。


カチ、カチ、カチ、カチ。


保健室の時計の秒針の音が聞こえる。

テスト中なんかだと気になって仕方ない音なのに、何故だか今は心地いい。


養護教諭の先生は、いるのか、いないのか。

カーテンで囲われた向こう側のことは全くわからない。


カチ、カチ、カチ、カチ。


制服のまま布団に入るのって変な感じ。靴下も履いてると感覚がいつもと違う。


…いつもと、違う。

だから私はすぐに気付けなかった。

足首が、薄いタオルケットから出ていることに。


何かに足首を掴まれる感触で思い出した。

そうだ、布団から足を出してはいけなかったんだ。


どうしよう。


引きずり込まれる。

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