第三章 王都とスライム
27スライム居ない平和な王都1
王都での騎士団入団試験は基本的に年一回。才能のある者にはその限りじゃなく臨時で試験が行われたりもするらしい。そんなケースは極々稀みたいだけどね。
僕、ジャック、ミルカは当然通常日程の選抜試験を受けるつもりで王都を目指す。
試験まではまだおよそ二ヶ月ある。
祖父には余裕で三人合格自信ありって顔をしたし、ジャックとミルカの実力を僕は疑っていない。
だけど、本当を言うと僕自身の力は正直自分でも心許ない。二人の足を引っ張るのだけは避けたいよ。故に、この二ヶ月で何とか基礎力を底上げしていくつもり。スライム撲滅を掲げた自由な冒険者生活のためにも、僕は絶対に試験にはパスしてみせるよ。
合格の暁には……へへへ、ない首を洗って待ってろよスライム共おおおっ!
まあそんないつも通りの胸中で、ダニーさんや自警団のおじさん達に見送られサーガを発った僕達は、一度隣街マーブルに戻る事にした。
次の目的地王都へ行くのに延々徒歩は不適格。まだ日程に余裕はあるとは言っても徒歩オンリーじゃ入団試験にはさすがに間に合わないだろうからね。よしんば間に合ったとしても着いて早々ハイ試験ですーなんてハードスケジュールは避けたい。
それ以前に、少なくともミルカの提案でなるべく長く王都に滞在してクエストを受けたり調べ物をしたりしようって決めている。早く王都入りして王都の空気に慣れたいところだよ。
どうしてマーブルかってのは、マーブルに行けば国内各所に続く主要交通機関の一つ列車の駅があるからだ。因みにサーガにはない。
魔法を使わない長距離の移動手段としては比較的最短経路で各地を結んだ列車が現在のところ最も速い。料金は一等車両から三等車両までとピンキリだけどね。
「マーブルまで、サーガから馬車出してもらえば良かったな。来た時みたいに」
「うーんでももうタダじゃなかったろうし、路銀の節約はやっぱり譲れないよ。滞在中ダニーさんの手料理食べ過ぎて正直ちょっと下っ腹が気になるし、健康的にサクサク歩こう!」
「あー、まあな、美味かったし結構食べたよな」
横を歩くジャックは彼もそうだったのかぽんぽんと自らのお腹を叩いた。おっ何気にいい音がしたねー。ジャックの反対横じゃ何故か顔を赤くして僕のお腹辺りを見つめたミルカが僅かに身を乗り出した。
「ねえ、どうせなら速足か何かの魔法使おうか? 空間転移魔法は難しいし無理だけど、パパッと空飛んでくくらいならそれもできるわよ?」
「「…………」」
このパーティー始まって以来の電撃的衝撃が僕とジャックを襲ったのは言うまでもない。
それをもっと早く言って欲しかった。
ミルカがどこまでどんな魔法を使えるかわからないし、女の子に労働させて男衆は楽ちんなんてのはちょっとどうかと思ったから、戦闘時以外じゃ魔法の行使をほとんど頼まなかったけど、本人からの申し出を受けない理由はない。
そういうわけで僕達はミルカの飛行魔法で移動時間短縮をした。
ただ、距離があるからひとっ飛びってわけにはいかず、何度か地上に降りる必要がありその都度飛行魔法を展開した。その際一度スカが出て、近くに居た魔物がスライム化した以外は何もなく午前のうちにマーブルに到着できた。
……そういえば今回やダークトレントの時はたまたまだったのか、安全装置よろしく制限があるのかは知らないけど、ミルカ的スカは人や無機物にも効果を発揮するケースがあるのかな。
疑問だけど訊くに訊けないよねえ、今まで人間をスライムにしちゃった経験あります?……なんてさ。
自分がこの世で一番大嫌いなスライムになっちゃったら、僕はきっと切腹するよ。あでもスライムに腹はないから切腹はできないか。刃物の上にサクッと落ちてどうにか自主的全身分断を試みる? でなけりゃ単身砂漠にでも行って干からびようか。
「発車時間までまだ割とあるし何か買って食べようぜ」
数日前と変わらずパステルカラーな木骨造りのマーブルの街の大通りを歩きながら、つらつらとそんな事を考えていた僕にジャックが飲食店の軒先を眺めつつ声を寄越す。
僕達はこの街に到着後真っ先に冒険者ギルドを訪れてアンデッド討伐クエスト終了の報酬を受け取った。解決の報告それ自体はもう他の人間の口からなされていたらしく、行ったらすぐに手続きが済んで感謝もされた。
次に、駅舎を訪れて列車時刻を確認して出てきたところだった。今日ちょうどいいのがあったからそれに乗る予定で切符も買った。
「ああうん。それがいいね。あと道具類も買い足しておこうか。王都よりもこっちの方が物価が安いし!」
拳を握った僕の意気込んでの追加提案にジャックもミルカも同意に頷く。
「ははっ、さすが節約術に励む主夫の鑑だな」
「主夫……アルには専業主夫になってもらってあたしが養うのもありよね! どーんとこの懐に飛び込んで来いだわ」
「おいミルカ煩悩駄々もれぇぐわはっ」
「うふふそうね、基本的なアイテムはここで揃えておくのが賢明かも。レアなアイテムを王都で買い込めばいいわよね」
急にジャックが一度死んだ。僕は通りに出ていた飲食店の立て看板メニューを読んでいたから生憎と二人の詳細は見てないし聞いてなかった。ギョッとしてミルカに訊けばどこからか飛んできたバケツだかタライがスコーンと当たったんだとか。え、それ病院行かなくていいのって言ったらもう治癒魔法を施したとか何とか。飛来物は彼女が既に処理したとも。短い間に早業展開が起きていたみたいだね。
「うーん、ジャックはこんなだし、店に入るより屋台で何か買ってそこらに座って食べた方が面倒ないよね」
「そっそうねジャックそんなだものね。なら広場市に行ってみない? さっき駅舎でマップ見たら近くにあるみたいなの。ああいう所には大抵食べ物屋台とか出店があるでしょう?」
「じゃあそれで決まり」
ジャックを引き摺って、そこから少し進んで入った広場には多くの露店が立ち並び人で賑わっていた。案の定食べ物も売っていて美味しそうな匂いがした。食べ物の匂いでなのかジャックは目を覚まして鼻穴を大きくして空気を吸い込んだっけ。
さて食べ物屋台にはどんなものがあるかなーと少しの期待と食欲を抱いて歩いていると、ミルカがふと足を止めた。観光客か地元民かはわからないけど、女性客が群がるヘアアクセサリーやらブローチやらを並べる露店を興味深そうに見つめている。女の子は何処でも一緒だね。
「ミルカ、あそこの近くに行ってみようよ。どれか欲しい物があれば遠慮なく言って?」
「え? いきなりどうしたの?」
「いや、さっき魔法使ってくれたお礼にね」
「もうアルったら。見返りを期待して魔法使ったわけじゃないわよ。これからだってそうだし。それに節約するんじゃないの?」
「ならこれまでお世話になった分も含めてって事で考えてよ。あとこの先も宜しくの賄賂、とか?」
「あはは、もう何を言ってるんだかアルは、だけどその気持ちだけで本当に何もいらな――」
その時ジャックがミルカの肩にポンと手を置いた。わけもなく頷いている。
「ミルカ、折角の厚意だ。もらっとけ。家宝にでもしろよ。こんな風に俺みたいにな。それでいつか君と必ずとの強き想いを心を刻め」
たぶんリリーからの贈り物なんだろう手首のミサンガをとても優しい手付きで撫でるジャック。ハードな冒険旅のせいでかなり薄汚れていて家宝的に大事にしていたようには見えない。まあミサンガは切れて願いが叶う的なあれだからこれはこれでいいのかも。でもぶっちゃけ眼差しが気持ち悪いよジャック……。
そんなジャックの言葉が響いたのかはわからないけど、ミルカは何かにハッとする。
「ええジャック、わかったわ! じゃ早速アルをもらうわね!」
「見返り求め過ぎだ!」
「でも遺跡で何でも一つ言うことを聞いてくれるって……だからこの機にあたしの旦那様に」
「お前はそんな形でいいのか!?」
「……………………嫌」
「間が大きいなッ!」
「だってだってええ~、早くしないと誰かに先越されちゃうかもしれないし」
「大丈夫だアルに限ってそんなお手軽女子に落とされる未来はない!」
「え……と? 僕の未来……て?」
ミルカは婚約が嫌で家を出てきたって言ってたからその手の願望は今のところないだろうに、全くもう、誤解を招く発言は駄目だよねえ?
いきなり始まった冗談の言い合いに状況が呑み込めず困惑しきりに二人を見やっていると、視界の端にアクセサリーの反射光が入って何となくそっちに目を向けてしまった。
「……あれ、いいかも」
目視で呟き、更に近付いて手に取った僕は、日焼けサロンで焼いたような褐色肌の露店のお兄さんと言葉を交わすと、まだ何やら意味不明にジャックと言い合っている……というか宥められ止められているように見えるミルカの名を呼び、尚且つ手招いた。
「ど、どうかしたのアル? もももッ申し込みとか!?」
「え、何の?」
多少頬を赤くして鼻息を荒くしているのが不可解だけど、僕は露店のお兄さんが得意顔で頷いてくれる傍ら、ミルカの髪に髪飾りを挿した。
中央部分が銀色をした五枚花弁の小さな白い花が三つ横に連なった形の物で、留め金部分にも繊細な彫りが施されていて、それだけでも十分に売れそうな銀細工だ。
しかも何と実は銀細工師の露店のお兄さん作のオリジナルなんだとか。
「アル? 何を……?」
「ミルカは変に遠慮とかしそうだから、僕の見立てで悪いけど、強制贈呈かな。押し付けるとも言うけど。好みじゃなかったらごめんね」
何をされたかいまいちわかっていないミルカに微笑んで、露天商から借りた鏡を翳してあげると、彼女は驚きに息を呑んで大きな青い目をまんまるに見開いた。
「お花、可愛い……」
「良かった。嫌じゃないみたいで。あと、何でも一つ言う事をとか言ってたあれとは別物だからね?」
「勿論よ! あたしもそこはこれでチャラにするつもりはないわ!」
「そ、そう? それならいいけど」
思いのほか身を乗り出して意気込まれて、僕はちょっと気圧された。
「えへへへっありがとうアル!」
鏡の中の自分を見ながら微細な位置調整をしつつ、緩んだ表情でご機嫌になったミルカに僕もにこにこになる。
「この三連小花の髪飾り、ミルカの髪って栗色っていうか濃いめのミルクティーみたいで可愛い色だし、似合うと思ったんだ」
「あたしの髪が、ミルクティー? 初めて言われたかも」
「そうなんだ? 僕は基本ミルクティー好きだし、美味しそうだなってたまに思ってたよ?」
「――おおお美味しそうッ!? あたしが!?」
髪の色を食事の好みに擦り合わせてどうするんだとは自分で思ったけど、嘘はつけない。
贅沢は避ける傾向にあった実家だけど、例外的に貴族の嗜みたる紅茶はよく飲んでいた。時々紅茶に髪飾りのとよく似た食用花を浮かべて目を楽しませたりもしてた。いつからか家の使用人達がスライムと奮闘する僕をとても気遣って少しでも和ませようとしてくれたんだよね。改めてありがとう皆っ。
と、まあ、だからこの取り合わせを思い付いたんだ。
「ふっ、おいしいミルクティー扱いか。さすがはマイペースに誰かれ構わず落として気付かない天然タラシのアルだな。俺もいつか参考にさせてもらうとしよう……ってああ違うんだリリー、浮気心じゃなく俺は君一筋で君をまた落とすって意味だからな!」
傍に寄って来たジャックが途中まではやけに真面目な調子で感心していたのを、突然地面に手を突いて嘆き出す。この友人はリリーが関わるとよくこう突飛な行動を取る。こんな時はそっとしとくに限るんだ。
「もう何言ってるんだよ。そういうのはうちの父さんみたいなのを言うんだよ。あとジャックの親父さんみたいなの」
言ったらジャックが至極嫌そうな顔をした。
常々ジャックは猫可愛がりな彼の父親からのスキンシップを疎ましがっていた。ジャックの父親は普段はキリッとカッコイイのに急に子煩悩に顔が崩れる。メロメロ~と。そのギャップが村の奥様達には人気だった。……衝動的に豹変する性格はやっぱ親子だよね。
何であれ、親子仲良き事は良き事なりだと思うんだけどなあ。
……いくら物心付いてからのファーストキスの相手が実の父でも。まあノーカンにしたみたいだけど。因みにリリーには一生秘密らしい。
「でもミルクティーの例えって駄目だった? 女の子に食べ物の例えは失礼だったかな。ホントに可愛いと思ったんだけど」
「いや、十分効果絶大だ」
「効果って何の?」
ミルカを見ようとしたらぐいっと体を反転させられる。
「アル、あっちに良い防具類がありそうだ。行ってみるか」
「え? う、うん? ミルカは?」
「今はそっと感動に浸らせてやれ。……あと鼻血を拭う時間も必要だろ」
「んん? 本当にいいの? じゃあミルカ行ってるからね? ね?」
後半の拭うとか何とかの部分がよく聞き取れなかった。
やや強引なジャックに肩を抱えられるようにして防具関係の露店に向かったけど、肩越しの僕の声掛けに背中で頷いたミルカはしばらく来なかった。
そして何故か彼女の前で露店のお兄さんがやや引いた顔をしていたのは角度的に見えたっけ。
その後合流したミルカはすっかり元の様子で、不自然な点なんてどこにもなく、僕達は軽食を摂ってアイテムを買い込んで時間を見て列車に乗り込んだ。
さあ一路王都だ!
……と、言いたいとこだけど、直通じゃないから何回か乗り換えが必要だし、途中の地のどこかで泊まる必要もある。これが五大都市辺りだと直通の寝台列車があったりもするようだけどね。お高いらしいけど。
発車から半日、専用の線路の上を走る列車の窓から過ぎゆく景色を楽しみながら、前後の席でカードゲームに興じたりお弁当を食べたり寝たりして過ごした。
僕もミルカも貴族だけど、この列車の一等席に当たる個室兼前後の席の向かい合ったコンバートメント席じゃなくて、もっと安く、見知らぬ大勢の人と乗り合う一般庶民向けの二等車輌席の切符を買っていた。冒険者をやってる人達がメインで使うのもこの二等車輌だ。三等車輌になると、安い反面荷物と一緒だったり大体が椅子がないからずっと立ち乗りで長旅には向かない。
僕達の乗ったこの二等車輌は左右に二席ずつ並んだ仕様で、ミルカは僕の隣に座り、ジャックはミルカの頼みで一つ前の席に着席していた。
「無駄なものを見てたくないから、お願いジャック!」
「俺はそこまで不要物か!?」
座席に座る間際にそんな喧嘩なのか違うのか判別しづらい会話が聞こえたけど、何だったんだろう。
ともかく、コンバートメント車輌と違い席同士の間に壁も扉もないせいか、近くの席のご婦人達や通路を通り掛かった紳士から色々と質問されたり美味しいお菓子をもらったり小さな子供達には懐かれたりした列車道中、ジャックとミルカが物凄く何か言いたげに僕を見てきたけど、お菓子は二人の分もちゃんとあったからたぶん文句じゃないよね?
そういえばミルカはマーブルの街からずっと外さず髪飾りを付けてくれていたからたぶん気に入ってくれたんだと思う。嬉しいな。
そんなで、乗り換えたり途中の街で宿泊したりついでにクエストもこなしたりしながら約一週間。とうとう王都目前だ。
「おおーっ、荒野のオアシス王都! すげえ~、話には聞いてたけどマジで街全体にシールドが張ってあるのな。うちの村が何百と入るだろあの大きさは。どんだけ魔力使ってんだかなー」
やや興奮するジャックの言葉はその通りだ。
列車はまだ王都の街並み全体を眺められる距離を走っている。僕達の覗く窓の外はさっきからずっと一面荒野続きだった。そこに現れた王都は遠目に見てもわかるくらいに広大だ。
砂漠にオアシスがあるように、この荒野にあるオアシス、それが王都だ。
街全体には魔物侵入防止のドーム型の魔法結界、つまりシールドが張られていてそれは目に見える。薄い紗が掛かったみたいに見えるんだ。それだけシールドの強度が高い証拠だろうね。うちの村のも決して弱いものじゃないのに目には見えない。如何に王都のものが規格外か知れるってもんだ。
「ジャックは王都初めてなの? アルも?」
「ああ、俺は初めてだな」
「僕は子供の頃両親と一度来た事あるかなー……って言っても街の中なんてほとんど覚えてないけどね」
「そっか、じゃああたしが色々と観光案内するわね。ああ勿論試験に向けてちゃーんと鍛えるのも忘れずによ」
「おー、それは楽しみだな」
「だね。是非とも宜しくね」
タタンタタンと線路を踏む車輪の規則的な走行音を響かせながら、僕達を乗せた列車は確実に王都に近付いていく。
地平まで続く広い広い荒野に、僕は王都とは別の何か建物のような盛り上がりを見つけた。
建物なのは間違いない。だけど、廃墟と表現するのが適切だろう。
ミルカが王都とは別の方角を眺める僕に気付いて同じ方を眺める。
「あー、アルが見てるのって、もしかしてあれ? 昔お城だったっていう廃墟って言うか廃城」
「廃城……って事は、じゃあダニーさんがちらっと言ってた王都郊外の廃城遺跡ってあれなの? 放棄されたって言う?」
「ええそうそう。お城が建ってたんだし、あそこら辺一帯に城下町があったはずって言われてたけど、嘘みたいに痕跡がないらしく、お城の方も特筆すべき点はないんだとか。それも大半が風化とかで崩れて砕けてて、そこらの岩を調べた方がまだ有意義だとか言われて、終には調査の予算も廃止されてもう調査しないって決まったみたい。十年かそのくらい前に」
「へえ、何だ比較的最近なんだね、放置ってなったのは」
軽く頷くミルカから再び廃城へと視線を移す。
遠目だから崩れた城壁の細かな部分は見えない。灰色のシルエットだけと言っていい。
「城下町か……」
最初からなかったとしたら?
だから痕跡が見つからない。
「……なんて、そんなわけないか、お城なんだしね」
城が建てば大なり小なり商売が成り立つから、自然と人の集まりつまりは城下町ができるだろうしね。小さな僕の独り言に視界の端のミルカが少し怪訝にしたけど、僕は視線を動かさなかった。動いて過ぎていく荒野の古の廃城を何故だか見ていたかった。
意識が景色に埋没していく。
あの城は、どこかで……。
一瞬、一面の荒野が青々とした草原へと変わり、佇む廃城がいつか記憶の残滓で見た城の形を成した。
ハッとして急いで瞬いたら相変わらずの荒野の廃城だった。
疲れてるのかも。車窓から目を離して背凭れに体を預けて目を閉じる。
もうすぐ王都に到着するんだ。
考えておくべき事は他に色々とある。
退廃に自分でもよくわからないノスタルジーを感じて気分を下げているなんて不要な労力だ。
さてと、ここは気を取り直して張り切って行こう。うん。
独り発奮する僕をやっぱりミルカが怪訝そうに見たっけね。
僕は最後にともう一度だけ車窓の外の廃城に目をやった。
遠くに見える小さな廃城の中で、キラリと光る物が見えた気がした。何だろう? 瞬いたらもう見えなかったから何か光を反射する鏡の破片でもあったのかもしれない。単にガラスか何かの地表の成分かもしれないしね。特に気にはならず、後は王都へと思いを馳せた。
到着した王都は、予想に違わずとても栄えていた。
まあ当たり前だ。五大都市の一つ、幸せの鐘楼都市ルルや、以前訪れた事のある別の五大都市の一つでスライム研究所のあるララの街と比べても遜色ない。
人の多さは同じかそれ以上。
因みに王都の名前は――ロロ。
王国五大都市名は何故かラ行で占められている。覚えやすいけど、若干ややこしいのが難点だった。
「――アル、ジャック、ここが王都よ! ああただいま王都~!」
久々の王都にはしゃいでいるのか、駅舎内を先導してくれたミルカが往来に出る直前、駅の出口で得意満面にくるりと振り返ってみせた。
出口の先の街路には王都の街並みが広がっている。
「うん、凄い人だね。早速だけど案内よろしく」
「ええ、まっかせて!」
力説もかくやなミルカに僕とジャックは思わず目を合わせて、互いに感じた可笑しみに苦笑した。
沢山の人が引っ切り無しに出入りする駅を出て、とりあえずは当面の基点になる宿を目指す。
ミルカ情報で宿の大体のランクや位置は把握してある。その界隈で何軒かの候補を上げておいたから、あとの決め手は直接交渉していくら値切れるかってだけだ。
ミルカは小さい頃からよく王都には来ていて、しかも魔法学校時代はずっと王都にいたからかこの辺の地理にはとても詳しいんだって。冒険者向けの宿や店舗に通じていてくれたのは素直に助かった。
「ここら辺は王城を真ん中に置いた西側で、最近の建築技術が多いから新王都って呼ばれてるけど、魔法学校やあたし達の目指す界隈のある東側は
「へえ、そうなんだ。古王都」
「古いって言っても腐ってもここは王都。小さな街とは違ってガス水道はきちんと整備されてて、お風呂もシャワーもバリバリ入れるから安心してね!」
前を行くミルカが肩越しにドヤ顔だ。シャワーって言ったとこでスキップもした気がする。そこに重きを置くのはミルカだけだよ……とは口にせず、僕はジャックと黙って観光案内も兼ねてくれる彼女の後に続いた。キラキラと三連小花の銀飾りは今日も彼女の髪の上で輝いている。
駅舎の建てられた場所は新王都の区域内だ。比較的新しい建築物が多いのは、これは初めにこの便利な駅ができ、貴族の邸宅が後追いで次々とその傍に建てられていったかららしい。高い建物が多く、かつガラスも多くて目がチカチカした。
そんな街並みをさっさと横切るようにして僕達は古王都と呼ばれる東側区域に入る。
赤レンガの屋根と、壁の色はくすんだ白や灰色、たまに茶色。
外壁にはどこも緑の蔦が這い、だぶん種類はヘデラだろう生い茂って高所まで伸びたそれらがより建物の経た年月を思わせた。家の前の塀にクレマチスや蔓バラを這わせた所もちらほらある。
「何か落ち着く……」
「俺も……」
僕とジャックの故郷は昔ながらと言ってもいいレベルの村だ。
多少内装や家具や小物にこの時代の流れを感じるけど、それ以外は素朴だった。だから実家に近いこっちの風景の方が見慣れていて心が安らいだ。
ミルカはどちらの景色も見慣れているのか「そう?」と疑問符を浮かべたけど、僕達の感覚を理解はしているみたい。
ミルカは王都のブルーハワイ家には帰らないそうだ。
顔を出したくもないって不機嫌そうにしていた。
付け加えておくと、今は社交シーズンの始まりの時期で貴族達は各々の領地から王都にまでやって来る。名門貴族たるブルーハワイ家も本邸宅は王都に隣接した領地にあるんだろうけど、シーズン中は王都に構えたタウンハウスに滞在すると思う。そうでなくとも近年はビジネスの関係で長く王都に滞在する貴族も珍しくないらしい。あとは子供の学校の関係でとかね。
せめてミルカだけでも家にと気を遣ったつもりだったんだけど、逆に「この時期だと家族の誰がいるのかはわかり切ってるし、かえってストレス」と渋い顔をされてしまった。
下手に捜されて連れ戻されても嫌だったからと母親には渋々ながら連絡を入れていたようだけど、やっぱり家出同然だった手前帰りづらいんだろうなとは思う。
まあ僕もジャックも無理強いをする立場にはないし、冒険者らしくパーティーは一緒に居る方がいいんだと今は思う事にした。
古風な街並みを歩いてようやく第一候補の宿に到着。
入口の木戸を開けると、中は外観の灰色い無機質な石とは対照的な柔らかな雰囲気作りを意図してか、目に和む控えめな明るさだった。黄色味の強いランプが壁際の所々に置かれたり吊るされていて室内に優しい光を重ねている。
「――ご宿泊ですか?」
客の入店に気付いた受付のおばさんが顔を上げてちらりと僕達を見た。
座っていても顎の辺りを見るにたいぶふくよかで、見た感じ年齢は祖父よりは下で両親よりは上の、五十代かちょい下だと思う。
「はい。しばらく滞在したいんですけど、長期になるとさすがに懐が痛いですし、一泊当たりの金額をまけて頂けませんか?」
「え、おいアル」
ジャックが前置きなく値切り交渉に突入した僕に泡を食ったような顔を向けた。ミルカもさすがに無策な交渉だと思ったらしく顔色は優れない。
駄目だったら次の候補先でアプローチ方法を変えればいいし、実際今までこのやり方で値切って来た。ジャックはその時視界に入った女性を目で執拗に追っかけてて、そもそも話を聞いてなかったか、その場にいなかった。
それに必死な僕の様子に理解を示してくれてか、皆ことごとく応じてくれたっけ。
だから時間の無駄を省きたい僕が無謀にも単刀直入に申し入れをすると、おばさんはキョトンとしてぱちぱちと瞬いてから盛大に噴き出した。
「あははは、はは、ふふふふ……いやねえ、どこの上流のお坊ちゃんが入って来たのかと思ったら、いきなりセコくてついつい笑ってしまったよ!」
指摘されれば恥ずかしくなってやや俯いてポリポリと頬を掻く。
おばさんは笑い顔のまま僕達三人を一通り見つめると、一つ頷いた。
「――いいよ、タダで」
僕達三人は暫し間抜け顔でポカーンとなった。
「え……ええッ!?」
「た~だ~し、料金代わりに朝夕の忙しい時間この店で雑用をこなしてくれればいい。勿論三人共だよ。実を言うと今うちの旦那ぎっくり腰でね、その上つい最近まで働いてた女の子が辞めてしまってね。しかも頼りの息子達も仕事で手伝いに来られないってんで人手が足りないんだよ。正直あんた達のような若い労力は助かるのさ。それでよければ何日でも泊まってくれて構わない。どうだい?」
なるほど、スライムが整列してお辞儀するくらいに想定外過ぎて一瞬信じられなかったけど、きちんと両者の思惑に見合う等価交換ってわけだ。そういう事情なら納得だ。
普通タダでなんて言われたら裏があると勘繰るけど、おばさんにそんなつもりはなさそうだったしね。
言うまでもなく、降って湧いた棚ぼた話に否やはなかった。
二人にも意思を確認して快諾の意を告げると、おそらく旦那さんの分まで一人で切り盛りしていたんだろうおばさんは、よく見れば少し疲れが見えていた目元を柔らかく綻ばせた。
僕達にも目的があるし、掃除や忙しいらしい朝と夜の給仕時間以外は自由にしていいのは有難かった。
今日はもうどこにも出歩かず、おばさん……いやアンジェラさんって名前だと言う女将さんに指示を受け宿の手伝いを一から学びながら僕達は王都での一日目を何事もなく過ごした。
女将さんは用意できると言ってくれたけど、ミルカの強情な主張でやっぱり部屋は三人一緒だった。
「ああ、なるほど…………
その際、小声で何か呟きしたり顔で納得したように息をついた女将さんが、晩餐に
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