16アンデッドと奏でる夜想曲2

 ギルドを出た僕達は、そのままマーブルで美食を楽しみちょっといい宿にチェックインしてこれまでの疲れを一気に癒した……わけもなく、一路サーガの街へと向かっていた。


 ギルド的にも可及的速やかに解決してほしいようで、クエストを受ける際ミルカが浄化魔法を使えると知ると、何と馬車を出してくれる運びとなった。

 アンデッドが居るかもしれないから途中までだったけど、マーブルからサーガまでの行程の半分以上を進めたから助かった。あとは馬車は引き返して僕達はいつもの交通手段の徒歩になった。これにも早足になる魔法具をくれたからいつもの倍以上の歩速で進めた。

 それにしてもミルカは凄いよね。もしかしたらとは思ってたけど浄化魔法も使えるんだ。


「この分だと夜のうちには着くな」

「そうだね。ギルドからは疲労回復のポーションまでもらったし、よーし向こう着いたら即遺跡だあっ!」

「え、アンデッドの方が先でしょ?」


 僕とジャックはミルカを見やり、声もなくちょっと切ない目になった。


「ま、まあ遺跡をきれいにしたらアンデッドが遺跡に戻ろうと集まってきて、そこを纏めてやっつけちゃえば効率がいいわよね」

「さすがミルカ!」

「話がわかるな!」

「でも、もしも先にアンデッドに遭遇したらそっちからだからね?」

「そこはもちろんだよ」


 ミルカは諦めたような溜息をつくけど、何だかんだで僕達の一番の理解者なんだよね。


「さ、早くサーガ行ってその遺跡とやらを潰そうぜ!!」

「アハハッ潰すのはスライムだよジャック!」

「あ、いっけね☆」(テヘペロ)

「首……はないから全身洗って待ってろスライムううう!」

「感動の初対面と行こうぜえええ!」

「え、あ、ちょっと待って二人共っ」


 僕とジャックはほとばしる爽やかな殺意を胸に青春疾走する。

 サーガまでの残りの道中、橙色の壮大な夕空が僕達の頭上を流れた。






 日がすっかり暮れた夜もやや遅い時分、ようやくサーガの街に辿り着いた。幸か不幸か道中アンデッドには遭遇しなかった。不幸にもスライムにも。


 総じて赤煉瓦造りだと聞いていたサーガの街並みは、今は闇の中、灰色の色彩に沈んでいる。

 家屋は二階や三階建てが多く、建物の角の部分や窓枠周辺を縁取るように組み合わされている白煉瓦だけが仄かに目立っていた。

 夜になると徘徊するっていうアンデッドを警戒してか通りを歩く人はなく、窓の鎧戸も門扉もピッタリと閉ざされ、商店のシャッターも下ろされてしんと静まり返っている。マーブルに避難した人も少なくないらしいから、そもそも人がいないのかもしれない。

 ガス灯だけが静かに照らす通りの真ん中で何となく立ち止まってしまった僕達は、それぞれ周囲を見回した。


「マーブルで話を聞いてたおかげで驚きはしないけど、何か閑散としてて寂しいね」

「だな。とりあえず宿を探そうぜ。夜遅いし頼んで駄目だったら仕方ないから野宿になるけどな」

「野宿……」


 短く呟いてミルカが元気をなくした。

 僕達は一応周囲に目を光らせながら慎重に歩みを再開する。

 街の地理には全く明るくないから、看板を見ながらどこにどんな店があるのか把握しながら行こう。そうして少し歩いたところだった。


「おおーい、君ら旅の人かあー?」


 通りの角を曲がってきたガタイの良い、見るからに強そうな大人の集団が僕達を見つけて駆け寄って来る。

 総勢で十人近くいる。

 アンデッドは大半が火を嫌うからだろう、彼らは一人一人が松明たいまつを手に掲げていた。


「あ、はいまあ。あなた方はもしかして、街の自警団ですか? アンデッド監視のための」

「そうだ。何だ良かった、この街に奴らが出るのは知っているようだな」


 心もとない外灯だけじゃよく見えないのか、一番先に近付いて来た中年男性が僕達の顔を松明たいまつで照らした。

 生気ある顔色を見てホッとしたのは錯覚じゃないだろう。

 夜にうろつく人の形をしたものはアンデッドかもしれない。

 どこかでそう疑っていたに違いない。

 と、先頭のおじさんが何かに気付いて僕をよくよく見ようと顔を近付けてきた。


「ふぅむむむむ……君はもしかして?」

「あの……?」


 何だろ? 顔に何か付いてる?

 反応の意味がわからずキョトンとしていると、おじさんは苦笑する。


「ああいや、すまんすまん。ちょっと珍しい目の色をしてたもんだから、ついな」

「ああ……」


 そう言われて僕も合点がいく。

 光の加減で金色がかった緑にも青にも、時には赤っぽくも見える変わった虹彩。

 自分で鏡で見ても、螺鈿らでんとか玉虫たまむし色を思わせる瞳。変光する双眸。

 正直魔法でも掛かってるのかなって思った時期もあったけど、祖父もそうだからこれはきっと遺伝なんだろう。因みに父親はそうじゃないから隔世遺伝だね。

 僕のこのちょっと不思議な色合いの瞳は他者の興味を引く事が多々ある。

 普段は忘れてるけど、指摘されるとやっぱり珍しいのかなって思う。

 まあこの目と付き合ってきてもう長いし、見えないとか不都合もないし、嫌なわけでもないからいいんだけど。


「あははこりゃあ縁起が良いな。良いもん見た見た。皆も見てみ~」


 おじさんはもう一度僕の目をしっかり覗き込むと上機嫌になって、他の仲間にも声を掛けて手招いた。


「なんだ~?」「なしたのや?」「どうしたあ?」


 などなど疑問を口に寄って来る自警団の皆さん。

 そんな彼らからも驚いたように、または感心したように僕は瞳を覗き込まれた。

 ……あはは、珍獣になった気分だよ。

 だけど、縁起がいい?

 サーガではそういう認識なんだろうか。

 ジャックとミルカも呆気に取られる中、ひとしきり見学会が終わると、最初に話しかけてきたおじさんが改めて僕達の前に立った。

 彼が自警団の長だという。


「君らはどうしてこの町に? こう言っちゃ何だが今ここは物騒でね。遺跡にはちょっと厄介なスライムが出るから封鎖中だし、この街や周辺にはアンデッドだって出る。だからあまり長居はお勧めしないよ」

「えっ遺跡封鎖中なんですか!? じゃあ見学という観点からは、しばらく入れないって事ですよね?」


 それは知らなかった。ジャックもミルカも僕同様に驚いている。落胆の色も隠せていない。


「何だ知らないでここまで来たのか。そうなんだよ、残念だが魔物の件が片付くまでは無理だろうね。君らの年回りと出で立ちを見るに、騎士学校か魔法学校辺りの学生さんだろう? 課題か何かで来た口かい? もし必要なら遺跡封鎖の証明書を出すから、ここでの課題は他の課題に変えてもらう事をお勧めするよ」


 旅装姿から冒険者ではなく学生だと思われてちょっと意外だったけど、もしかしたらその手の若者が割とこの地を訪れるのかもしれない。証明書とも言っていたからきちんと学校側ともその手の話が付いてるって考えてよさそうだ。

 オースエンドの方じゃそんな取り扱いはないからサーガの地域性とか地域色ってやつだね。

 おじさんのせいじゃないのに彼はどこか申し訳なさそうにする。しかも見ず知らずの僕達にきちんと状況だって説明してくれている。彼が誠実かつ打算なく親切にできる人間だからだろう。

 早い所こちらの目的を伝えた方が良さそうだ。


「あの、実は僕達は遺跡の観光だけに来たわけじゃないんです」

「と言うと?」

「クエストを受けてアンデッドを討伐しに来ました」


 大人達は意外そうにざわついた。


「それは失礼したな。学生ではなく冒険者だったのか。つい先日も学校の課題で来ていた子らがいたものだから。でもそうかそうか、君らが討伐をねえ……」


 品定めするように顎に手を当てる自警団団長のおじさん。

 若いから頼りないとでも思われてるのかも。


「――よし! 全面的にバックアップしよう! なあ皆?」


 そこかしこから賛同の声が上がって、予想を裏切る好感触に僕達は驚きと戸惑いを隠せなかった。


「ねえねえアル、ついでに宿のことも訊いてみたらいいんじゃない?」

「ん? ああそうだよね」

「この際、シャワーがある所なら寝心地は贅沢言わないから」


 ミルカは口調の割に切実な顔をしていた。

 女子にとってシャワーできるか否かはかなり重要な問題だってのを、僕はこの三人旅で知った。野宿は結構堪えるらしいって事も。魔法で体の汚れを綺麗にできなくはないけど、やっぱり誰しもじかに水を浴びて体を洗いたいよね。

 一応声は落としたミルカとの会話が聞こえたのか、団長さんがひょいと太く立派な両眉を上げた。


「何だ宿ならオレんとこに泊まってくれ。オレはダニー。ちょっと傭兵みたいな見た目だが、これでも宿屋を営んでいるんだな~。もちろんシャワー完備だぞ」

「「「え!?」」」


 ダニーさんというらしい団長さんは、ふふんと得意気にして力こぶを作るとお茶目にもウインクしてみせた。

 渡りに舟。僕達は一も二もなく彼の提案を受け入れると、各々自己紹介をして皆と握手を交わした。


「ところでアンデッドはどのくらいいるんですか? 是非とも現状を教えて下さい」

「ああ。ざっとだが、五、六体ってところだよ。一時的に撃退はできるんだが、うちには聖水もないし炎魔法や浄化魔法の魔法アイテムもないし、そもそもにして魔法を使える人間がいないから根本的な討伐ができないんだ。魔法じゃない炎で滅する手も試してみたがどうにも火力が弱くて途中で逃げられる始末だしな」

「なるほど」


 アンデッドは表面的に可燃油を掛けてあぶっただけじゃ死なないし、そりゃ手を焼くよね。

 それに一般人が火炎放射器みたいな強力な重火器を持つ事は普通ない。そういう火炎を扱う専門職の人もいないようだった。仮にいたとしても一人二人じゃあ五体六体の敵を相手にするには分が悪い。

 浄化魔法は使えなくても普通に炎を操れる魔法術者が一人でもいればまた違ったんだろうけど、それもいないとなれば冗談抜きに打つ手なしだ。

 ただその場しのぎに追い返すしかできない。

 隣街マーブルに魔法術者はいないのかなって正直疑問も湧いたけど、大都市とは違いマーブルやサーガみたいな中小規模の街には、その地の貴族や有力者に雇われている魔法術者を除いては定住している者が一人いれば幸運だ。そう考えるとマーブルにもいないのかもしれない。

 困った事に、金持ち達は得てして自分の所の術者を巷の討伐案件に関わらせたりはしないものだし、厄介なアンデッドを相手に救済救援は不確定と言って過言じゃない。ダニーさん達サーガの皆は家に閉じ籠るよりは自分らで少しでも街を護ろうと自警団を立ち上げたんだろう。それが気休めだったとしても。


「まあ、今夜は来たばかりだ、君らはうちの宿で体を休めててくれ」


 ダニーさんは仲間に断ると先だって僕達を案内してくれる。


「あれ? でもじゃあダニーさん達はまだ見回るんですか?」


 疑問を呈せば彼は「そうだが?」とごく当然のような返事をくれる。

 彼の後を付いて行く僕は浮かない気分になった。

 ここに着く前は「ソッコー遺跡だぜYEAH~~!!」って気でいたけど、直にサーガの皆の苦労を見たらそんな気は失せた。あーいや五パーセントくらいは残ってるかも?

 だって少し接しただけでもわかる。皆自分達の街を大事に思っている気持ちのいい人達ばかりだ。

 僕だって故郷がアンデッドに襲われてたら、どんなに疲れてても休むなんてできない。

 そう、彼らの疲労はピークに達しようとしている。まあこれは僕の見立てだけど。


「ジャック、ミルカ、疲れてる……よね?」


 躊躇ちゅうちょしつつも、問いかけていた。


「アルの意思はわかったぜ。やるか早速」

「うん、そうよね。早いに越したことはないし。休息なら終わらせてからた~っぷり摂ればいいもの」


 思わず目を瞠ると、二人からは全てを察した頼もしい笑みを返された。


「ジャック、ミルカ……」

「おっと、ありがとうはなしだ。俺もそう思ってたんだからな」

「あたしもよ」


 堪え切れず顔がゆるんでしまった。

 僕の心に溌剌はつらつとした風が吹く。


「あはは、二人が仲間で良かった。あの、待って下さいダニーさん。僕達も一緒に見回り……と言うか、今からアンデッド討伐を始めます」

「へ? 今からだって?」


 冗談なんて差し挟む余地のない僕の真剣な声音に、ジャックとミルカの真面目な顔つきに、彼は一時いっとき面白いくらいに目を丸くする。案外愛嬌があった。


「ハッハハハッ! そりゃあ頼もしい。若いのに君らは大したタマだな! それじゃ入り用なもんは遠慮なく言ってくれ。すぐに用意する!」


 ダニーさんは心底愉快そうに自身の大きな拳で分厚い胸板を叩いてみせた。





 基本アンデッドは夜行性。

 ダニーさんによれば、昼間は遺跡近くの森の奥に肝試しで待機中の幽霊役よろしくじっと潜んでいるらしい。三角座りとか体育座りとか言うあの座り方で。

 気配を殺すのが上手いらしく、気付いたらすぐ背後にヌボッと突っ立っていた……なんて危機一髪な出来事もあったようで、おちおち狩りや木の実を採りに森にも入れないとの事。

 無言で背後にかあ……。それはアンデッドじゃなくても怖い。


 僕の視線の先には現在、男型のアンデッドが一体ゆ~らゆ~らふ~らふ~らと夜更けの大通りを彷徨さまよい歩いている。


 ご丁寧に人間の腐乱死体そっくりなのが、死への根源的な忌避と恐怖を助長させる。総じて土気色の顔色。弛緩し切った半開きの口からは血のようなものを垂らしている。


「うわ、表皮でろ~んとしてるし、まんまゾンビ」

「ああ、服もボロボロだし近くに行くの抵抗あるな」


 スライムとはまた違った表面のユルさに僕とジャックは顔をしかめた。

 ダニーさん達自警団の協力もあって、僕達は張り込んで早々最初の討伐対象を発見していた。


「でもま、動きがトロいのは救いだな」

「いや、そう見えるがあいつらな、獲物を見つけると目の色変えて突っ込んで来るんだよ。怖えの何のって」


 目立つ松明たいまつを消し、路地の陰からアンデッドを窺うダニーさんが思い出したように大きな体を縮めて身震いした。


「試しにちょっと見てな」


 ダニーさんは懐からオイル式のジッポライターを取り出すと何度か擦って火を付けるや、その火の傍に掌を翳したり離したりする。通りに面した建物の屋根にいる自警団員からは火が見えたり隠れたりする角度だろうから、これは合図を送ったんだろう。遮る長さやタイミングが何らかの意味を成しているのは明白だ。モールス信号に似てるかもしれない。

 すると案の定屋根の上の団員が路上に何かを投じた。

 ドッ、と湿った重い音を立てて石畳の路面で跳ねたのは、紛れもなく肉塊だった。


「鶏……?」

「そうだ。アンデッドをおびき寄せる餌として、あらかじめ自警団の方で用意してたもんだ。餌に食らいついてる所を皆で撃退するんだよ。まあ懲りずに翌日また来るんだがね」


 血抜きをして羽根をむしった生鶏肉。きっと本当なら誰かの家の食卓に上がって団欒の中で腹に収まっていただろうそれが、今は無残にも地面に叩きつけられて砂に塗れている。

 天からの恵みよろしく落ちて来たそれに気付いたアンデッドは、


「ほああぁっぉぉぉおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げ両眼を血走らせた。

 怖ッ! こっっっわ!

 直前までダルそうな顔して白目だったのがウソのような豹変っぷりに、僕とジャックは思わず仰け反っていた。

 一方、ミルカは全然平気そう。どころか冷静かつ鋭い眼差しで敵を観察中。やっぱ経験者は違うねー。


「さすがミルカ、歴戦の猛者みたいに頼りになるなあ」

「歴戦の、猛者……」

「え? 褒めたのにどうして落ち込むの? 君の雄々しさとか精悍せいかんさに感心してるんだよ」

「雄々しさ……」

「アル、もうそれ以上はやめてやれ」


 説明しようとしたらジャックが肩に手を置いて止めて来た。やけに沈痛な面持ちで首を振る。ま~たこの表情だよ。

 僕は納得いかない気持ちを押し込めて友の助言に従った。


「ふっ、礼は要らないぜミルカ」

「ええ、何のこれしきよジャック」


 ええと、時々僕だけよくわからない展開になるのがこのパーティーの特徴だよね。


 おっと忘れちゃいけないアンデッドの方は脇目も振らず鶏肉に突進すると、獲物を貪る狼のようにがっついた。

 ザ・一心不乱。

 何かあの勢いに既視感というか物凄い親近感。


「ねえジャック、スライム見つけた時の僕達ってさ……」

「あんなだろうな……」


 何だか居た堪れなくなって目を逸らした。

 しばらくして地面までを嘗め、繊維一つ残さず鶏肉を平らげたアンデッドは、再び獲物を求めて「あああぁぁ~」と不気味な呻き声を発しながら歩き出す。

 去って行く背を注意深く見つめながら僕は問いかけた。


「ねえミルカ、ここから浄化魔法をあいつに向けてできる?」

「一応できるけど、正直あんまり得意じゃないから距離があると効かないかも」


 アンデッド系魔物の最大の弱点、それが浄化作用だ。


「へえ意外。ミルカでも不得手ってあるんだね」

「不得手なら手っ取り早く火炎魔法で燃やす方いいんじゃねえの?」


 ジャックのもっともな言葉にミルカは魔法杖を両手で握り締め頷いた。


「あたしとしてもそっちの方がいいかも。で、でもあのもしも、スライムになったら……」

「その時は任せて!」

「どんと来い!」


 蚊帳かやの外のダニーさんが「スライム? 遺跡のか?」と首を傾げた。


「わかったわ。じゃあ万が一にも逃がさないよう、思い切って強力なの行きます」


 両腕を突き出し杖先を一直線に敵へと向けたミルカは一度念じるように両目を閉じ、意気込みを込めてだろう、カッと見開いた。

 刹那、杖のすぐ前方に紅に輝く幾何学模様の魔法陣が出現し、そこから特大の火球が高速で打ち出される。

 あやまたず敵に命中した火球は形状を変えゴオッと天高い火柱を形成、灼熱の炎の奥で見る間に敵を魔宝石に変え、それすらも灰にした。

 敵をほふった猛烈な火力の後には何も残らなかった。

 ただ地面が黒くすすけているだけ。

 幸い周囲への延焼もない。


「「「…………」」」


 半ば予想以上の反則的威力に、僕達男性組はしばらく呆然としていた。言葉もない。

 いやホント何度見てもミルカの魔法はそこらの魔法とは格が違うね。

 魔法特化系って言われる冒険者の中にもなかなかこのレベルの人っていないんじゃないかな。

 下手すると王国騎士団の大会とかでも勝てちゃうんじゃない?


「はふぅ……良かったぁ……」


 消滅を見届けたミルカが肩で息をつく。

 僕の口からは微かに短く「ハ……」と安堵なのか感動なのかわからない吐息が漏れた。


「ミルカくんは凄腕の魔法術者なんだな。オレは生まれてこの方無詠唱のあんな綺麗な魔法を見たのは初めてだよ!」

「あ、いえそんな手放しで褒められると……」


 ミルカは杖を体の前で抱え込んで視線を左右にうろうろさせた。照れてどうしようもないって顔してるのがまた可愛いね。


 と、僕達の頭上に小さな花火が上がった。


 色は白いのが二発と赤いのが二発の計四発。


 花火を見上げていたダニーさんは視線を下げると「あの位置は二番か」と神妙な顔になった。


「――どうやら二番通りに新たにアンデッドが出没したらしい。しかしどうする? 一体は討伐した事だし、少し休憩するかい?」

「いえ、すぐにでも行きましょう」


 即答。ジャックもミルカも頷いている。ダニーさんは少しだけ申し訳なさそうな顔をしたけど、そう来なくっちゃとでも言いたげな表情で片頬をにやりと持ち上げた。

 彼を筆頭に大通りの一つ隣りの二番通りへと走って直行する。急いだのは居所がわかっているうちに出来るだけたくさん討伐しておきたいという心情の表れだ。

 時間が掛かればそれだけ疲労も重なる。自警団のおじさん達が倒れてしまう前にこの街を一日でも早く平和にしたかった。


 二番通りには二体のアンデッドの姿があった。


 どっちも男型。ああだから白い花火が二発なのかな。じゃあ赤い花火は女型? でも女型はいなそうだ。既にどこかに行ったのかも。

 それでも二体はまだいて良かった。別の場所に行かれてたら無駄足になるとこだった。

 物陰から皆でしばし様子を窺っていると、ジャックが顎を突き出すようにして目を凝らした。


「んんー? ――げっ、やっぱそうだ。もう一体出て来たぞ。あそこの細い横道から」


 彼が指で示す方向をよおおお~く見ると、確かにもう一体いた。ちょうど暗がりで気付かなかったよ。


「ボインだね」

「だろ!」


 不揃いの長髪を不気味に垂らした女型だった。

 さすがジャック、目敏めざとい。対象がアンデッドであれ何であれ、ブレないエロアンテナは精密機器もかくや。それよりどこかに行ったのかと思ったけどいたんだね。


「でもジャック、あれ魔物だからね? ね?」

「ああ、わかっているとも。如何様に肌蹴はだけていても、おっぱいが見えていても、眼福と思ったら負けだ……!」

「よーしその意気だよジャック! あれはきっとただれて溶けて垂れてるだけの表皮さ!」

「ああ、おっぱいであっておっぱいにあらず!!」

「……の割には二人共目が爛々らんらんとしてるけど」

「おーい若人よ、油断は禁物だぞー」


 ミルカがやや白々とした目で呆れ、ダニーさんは健全な青少年の黒歴史確実の会話には触れない。

 件の女アンデッドは、不埒念波の察知能力でもあるのか所々千切れた長髪を振り乱し、ぐりんと勢いよく首を回してこっちを見た。

 ひっ、人間の可動範囲以上回ったけどおおお!?

 傍では目が合ったらしいジャックが「うわっやべっ」と臆したように慌て、アンデッドは甲高い一声を上げる。


「いいいやあああーーーーんんんっ」


 その悲鳴に先の二体もこっちに気付いた。


「「おおおおおおおおおお゛お゛お゛お゛っ」」


 俺らの仲間を変な目で見てんじゃねえよ、この腐れ外道がッ……とか今にも言いそうなメンチを切った形相で揃って突進してきた。腐れてるのはそっちだけどねッ!

 一歩ごとに溶けてる皮膚が路上にボタボタと散乱するのが怖気を誘う。

 女アンデッドも加わって、計三体での猛突撃。


「うわっ、さっき以上に俊足! ダニーさん下がってて下さい!」


 敵の勢いを殺すべく剣を片手に飛び出し先頭の男型を斜め上から斬り付けると、次の男型には蹴りを入れた。グシャッと体組織の潰れる嫌な抵抗が靴の裏に伝わってきて生理的に気持ち悪い。

 スライムのぐにゅっよりはマシ……とは言い難い。どっこいだ。


「目くそ鼻くそスライムくそアンデッドくそがーっ」


 僕の心を代弁してくれたジャックが矢の先に炎魔法を展開するや一番遠い女アンデッドに向けて放った。

 さっきのミルカの魔法程強力じゃないけど、暫くは消えない魔法炎で以て堅実に対象を燃やし尽くせる。

 火矢は全て命中してじりじりと敵の肌を――いや体にまとうボロ布をピンポイントで燃やしている。


 何と言う精度、ジャック……!


 慄然としつつ僕は自分の鼻をつまんだ。だってアンデッドはとにかく臭い。腐乱死体の臭いがする。


「ううっ、鼻もげそう」


 大通りでは遠隔攻撃でさっさと倒しちゃったから臭って来なかったけど、近くで対峙するとやっぱり腐臭がとんでもない。

 臭さ勝負だとスライムとどっこいどっこい。

 アンデッドは多少体を斬られた程度じゃ死なない。疲れ知らずに何度だって立ち上がって襲いかかって来る。うおーっこれが諦めない強き心!……とか尊敬したら負けだ。

 焼却と浄化では確実に倒せるけど、それ以外に有効な方法としては首を飛ばして動けなくする方法もある。死なないけど、そうしてからじっくり灰にするってやり方が主に肉体派の冒険者の間では常識だ。必ずしもパーティーに魔法を使える仲間がいるとは限らないからね。


 僕が蹴り飛ばしたアンデッドが起き上がろうとした矢先、突如その周囲に生じた火輪が火勢を増して見る間に魔物を燃やし尽くした。


 一撃必殺。ミルカの魔法だ。


 彼女は後方でいつでも魔法行使可能な構えを取ってくれてたんだ。


 女型はジャックが火矢で応戦中だから任せるとして、こうなると僕の当面の相手は一体目の男型だ。

 例によってそいつは斬撃の傷をパカパカさせ腐った内臓を引き摺りながら僕に飛びかかってくる。


「ああもうここまで人に似せる意味ってあんのおおお!?」


 グロさに思わず叫んで、頭と胴を一刀両断すべく剣を握り締め地面を蹴って跳躍。

 そして、肉薄。


「――うわっくそっもう一匹出やがったぜ! ぐううっ……!」


 この声は。


「ダニーさん!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る