第二章 遺跡とスライム

15アンデッドと奏でる夜想曲1

 大昔、四千年の昔、魔王を倒したのは紛れもなく勇者だけど、勇者の完全魔王討伐を助けた聖女って存在がいたらしい。


 世の中には魔物を浄化する事で多大なダメージを与えられる、そんな聖なる力――神聖力を持った人間がいる。


 その才能が際立った者、それが聖女だ。


 神聖力には浄化の他に治癒の力なんかも含まれていて、ミルカが使える治癒魔法はだから神聖魔法の一部って括りだね。

 もしかしたらミルカも浄化魔法を使えるのかも。確かめた事も使ってもらうような敵と戦った事もまだないからわからないけどそのうちにでも訊いてみよう。あと、神聖なんて言うと仰々しいからか一般的には聖魔法って呼称の方が馴染みが深い。


 話を戻すと、件の古代聖女は勇者とだけじゃなく大魔法師ユリゲーラとも同時期に生きていた人物ってわけだ。

 故にこそ、彼らは冒険仲間だったと言われている。


 僕とジャック、そしてミルカみたいに時に笑い合って、時に喧嘩をして、共に困難に立ち向かって乗り越えていったんじゃないのかな。最終的にそれは魔王をも倒しちゃったってわけでさ。


 ああ、いつの世も仲間っていいものだね。


 そう言えば、魔王を倒した勇者とその他歴代の勇者達とを区別する必要のある時だけは、前者を「大勇者」と呼ぶ。

 それは聖女にも当てはまり、魔王討伐を手伝った聖女を「大聖女」と呼んで区別している。

 ああだからユリゲーラさんも大魔法師呼びなのかも……って違うか。ユリゲーラさんの場合は常に偉大な魔法術者って尊敬が込められてるからだよね。

 またも勇者の話に戻すと、連綿と続いてきたこの世界の歴史の中でも勇者と聖女はセットで現れているらしい。真偽の程はどうだか知らないけどね。


 ただこの現代、聖女は既に居る。


 僕は過去に一度、その聖女に会った事がある。


 五歳か六歳かのそこら、僕は王宮での大きな集まりに参加していた。

 覚えている限りは王都の社交界に顔を出したのは後にも先にもあの時だけだ。

 まあ、覚えてない赤子の時分は知らないけど。

 シャンデリアがきらびやかなホールには沢山のこれまたきらびやかな紳士淑女達がいて、美味しい料理に綺麗な楽団の音楽もあった。

 一緒に来ていた両親は知り合いとの歓談を少々長引かせていて、退屈になった僕はたまたま一人で会場内をぶらぶらしていた。子供一人でうろついていても王都の大人達は自らの社交に忙しく、見知らぬ子供の僕には目もくれない。

 僕がクラウス・オースチェインの孫だってわかってたなら別だったと思うけど、変光眼が見えないように下を向いていたし全然似てない僕達二人を即座に血縁だと結び付ける参加者はいなかった。


『あなたがアルフレッドね』


 突然目の前に現れたのは妙に大人びた目をした綺麗な顔の女の子だった。個性的なドレスまで染み一つなくシルクなのか光沢のある純白で、刺繍も凝っていて、服が無駄に神々しかった。

 誰だろうこの子って最初は訝しんだっけね。

 あと、その子の顔付きやら顎を上げるようにした不遜な佇まいからちょっと我が儘そうだなあって子供心に思ったっけ。


 話し掛けてきた少女――聖女は、新雪のように白い髪と太陽のような金色の瞳をした、僕より一つ年下の少女だった。


 彼女は真っ直ぐ傍まで近寄ってくるとにまりと唇だけで笑って――……。


「――ねえ、考察の視点を変えてみて思ったんだけど、魔王なんて本当にそんな魔物の親玉的な存在がいたのかしらって思わない?」


 僕はミルカの声にハッと我に返った。


「魔王討伐は半ば演出って言うか、話を盛られたところがあったんじゃないのかな。歴史書なんかを読んでも何て言うか……時の権力者がそうさせたんじゃないかって時々思うのよね」

「あーあれだろ、魔王って実は古代国家の圧政を強いてた悪い王で、その王を打倒し圧政から民を救った奴を勇者って英雄視した的な。それを手伝った勇者の恋人だか伴侶が聖女~みたいな?」

「そうそれ!」

「確かに考えてみれば、その可能性もなくはないよな。古代の史料って何気に少ないし」


 ジャックとミルカはさっきからそんな古代談義をしている。

 何でだか今まですっかり記憶の彼方だったかなり昔の出来事を思い出してしまったのはたぶんこの話題のせいだ。


 ぽっくりぽっくりと、農道を一台の驢馬ろば車が進んでいる。

 その荷台には干し草がてんこと盛られ、大きな驢馬の飼い主の農夫がのんびりと揺られながら手綱を握っている。彼は先祖代々この地に暮らして長いらしい。


 現在、僕達三人はその驢馬車の荷台に乗せてもらっていた。


 十日歩いてもまだサーガの街はおろかその隣街のマーブルにも着かず、野宿が続いたせいかさすがにミルカに疲労の色が見えてきたそんな頃、ちょうどトボトボと歩く僕達の脇を驢馬車が一台通り掛かったんだよね。しかもおじさんの方から心配して声を掛けてくれた。

 目的地を告げれば「何だべ~、途中のマーブルまでは通り道だからほれ乗ってけ乗ってけ~」と促され、ミルカのためにも乗せてもらおうと決めた僕が「お代は如何ほどで?」と問えば、おじさんは「お代? だはは要らねえ要らねえ~」だなんて……ッ。


 ああ神様、おじさんが良い人でホント良かったです!

 いやむしろおじさんが神!


 そういうわけで干し草の荷台に三人並んで座ったってわけ。因みに席順はミルカが真ん中だ。背中を預けた干し草じゃあ時々小さなバッタが跳ねる。

 予想外だったのは、天然干し草クッションたるや思いも掛けない柔らかさと草の良い匂いがして、最初は驚いて感動した。実家に居た頃は世話を焼かれる坊っちゃまだったのもあってわざわざ干し草に乗ったりはしなかったから、今更ながら乗っておけばよかったなんて悔しく思ったよ。ジャックは驚いてなかったから体験済みかな。貴族令嬢のミルカも冒険中に乗った経験があるみたいだった。

 そよ風が僕達の頬を撫で、一足先に道の向こうにスキップする。一体どこまで行くんだろうか。

 風を追ってふと視線を上向けたら、遠くの空に白い鳩の影が見えた。





 次の目的地たる遺跡はサーガ大遺跡と呼ばれている。

 サーガって街のすぐ近くにあるからサーガって名称なんだって。わかりやすくて何よりだね。そこは王国考古学調査団の調査の結果、約四千年前、魔王討伐時代前後のものと判明している。

 なんて、そんな基本情報はまあいいよね。誰でも調べられるものだし。

 しかし、世の中には超絶個人的な極秘情報がある。

 例えば、家族内の事とか……。


 さっき見えた白鳩は、実は僕の所に飛んできた。


 僕の頭に降り立ちびっくりはしたけど促したら従順に膝に乗った白鳩を見て、ジャックは「アルは隠れマジシャンだったのか!」って感激と憧憬の目で見つめてきて、ミルカはそれが何かすぐに悟ったらしく「鳩レターだわ」なんて呟いた。

 そう、ミルカが正解だ。僕は今まで一度たりとも鳩をマジックの種にとテイムした事はない。マジシャンでもない。


「何で、そんな、嘘……だろう?」


 ついさっきまでまったりのんびり道中だったはずの僕は自分に届いた手紙を広げたまま、蒼白になっていた。我知らず両手が震える。


 ――アルフレッド、お義父様があなたを連れ戻しに向かったわ。ごめんなさいね?


 便箋には直筆で母親からのそんな短くも無情なメッセージが記されている。


 え、僕連れ戻されるの?

 冒険終了?

 は? 何で?

 ……あ、じーさんに出立レターの一つも出さなかったからその腹いせに? 捻くれたとこあるからなあじーさん。

 っていうかいつ来るの? 僕はこうして移動してるのにピンポイントで居場所がわかるもの?


「はは、この鳩レターでもあるまいし……」


 僕の脳裏には大きく土煙を上げながら猛烈な勢いで荒野を迫り来る単騎の祖父の姿と、その鬼の形相がありありと浮かんだ。心なしドドドドドド……と水牛の群れを思わせるような地響きすら聞こえる気がする。わー気が遠くなるー。

 あの人なら野生児の本能で突き止めるね、うん、そうだ。


「ああああああああどうしようーーーーっ!?」

「「アル!?」」


 あたかもスライムと風呂場で遭遇したかのように頭を掻き毟る。因みに鳩レターって言うのは魔法伝書鳩の略で魔法通信道具の一つだ。文字通り伝書鳩の魔法版。鳩の姿で飛んできて受け取ると手紙に戻る仕組みで、もちろんついさっきの白鳩は僕の膝の上で手紙へと変じた。

 前以て僕の魔力を記憶させておけばその鳩レターは僕の所に真っ直ぐ飛んでくる優れものときている。……当然、お高い。あと速達便よりも断然早く着く。

 王国騎士団とか大きな冒険者パーティーでは緊急時に使われてるみたい。皆が皆嵩張る通信用の魔法水晶を持ち歩いているわけじゃないからね。そもそもあれは設置用として造られているんだし。シュトルーヴェ村にもあったっけ。もっと言えばうちの村にもある。


 実は鳩レターは急ぎの手紙以外にも密書をやり取りするのに向いている。


 まさに今みたいな感じでね。

 そう、裏を返せば吝嗇りんしょく家ああいや倹約家の母親がそれをわざわざ使ってきた意図は、祖父には内緒で僕に注意を促すためだ。

 あはは、きっと祖父は蚊帳の外にされたと思って相当ご立腹だねこりゃ。


「お、おいアル、どうかしたのか? 大丈夫か? その鳩レターにどんなマズい事が書いてあったんだ?」

「奇声上げちゃうくらいに大問題発生なの?」

「あ、えーと、それが……じーさんがこっちに向かってるって」

「クラウスさんが? 何でまた?」

「僕を連れ戻しに」

「「え!?」」


 これにはジャックだけじゃなくミルカも焦った声を上げた。だだ、ミルカに至ってはジャックの台詞の時点で「クラウス?」って呟いて驚いたように見えた。

 でもまあジャックと同じ点でも驚いたようだから、ミルカも僕がいなくなるのを嫌だなって思ってくれたんだろう。そこは素直に嬉しい。

 声の大きさに農夫のおじさんがこっちをちらりと振り向いた。驢馬が驚いちゃったのかも。すいません。

 僕はまだ実家に戻るつもりはない。この二人と冒険を続けたい。

 祖父が必ず僕の所に来るなら、逃げるように行き先を変更するのも単なる先延ばしにしかならない。よし、ここはおとこらしくサーガにどっしり腰を据えて遺跡を探索しつつ、祖父の到着を待とう。


「ああでも大丈夫、説得するからさ。いかにこのスライム撲滅のための冒険が僕にとって……いや人類にとって重要なのかって」

「おう、その意気だぞアル! その時は俺も加勢してやる」

「あたしもアルが連れ戻されないように一緒に説得するわ!」

「ありがとう二人共。心強いよ」


 二人の言葉にじい~んと底なしの感動を覚えつつ、魔法効果の切れた便箋を畳むと懐に仕舞った。これは往復仕様じゃない片道仕様だから何もしなければこれがもう一度鳩になる事はない。余談だけど往復仕様だとお値段は倍するね。


「じゃあじーさんがいつ来てもいいように今はしっかりと心構えと休息が必要だよね。……正直僕達根詰めて歩き過ぎだったもんね。僕が早く行きたいなーって張り切ってたせいだ……ごめん」

「謝る必要ないだろ。俺達はそれに賛同したんだし。徒歩で交通費節約志向はともかく、確かに俺達何か無駄に急ぎ過ぎたよな。考えてみれば遺跡は逃げないのにな。何千年とそこにあって、俺達の何日かの遅れくらいどって事ないんだよな」

「そうよね。あたしもつい何だか気が焦っちゃってたわ。遺跡は逃げないのにね」


 三人でそれぞれ己を振り返ってうんうんと頷いて、最後は互いに可笑しな笑いが込み上げた。


「クラウスさんとは、平和的に話し合いだけで納得してもらえるよう頑張ろうな。間違っても剣の打ち合い練習に付き合ったりするなよ、アル?」

「そうだね。最悪僕が疲れて気絶したところを担がれて連れ戻されるって可能性もあるしね」

「ねえ、あの、そんなに怖い人なの? アルのお祖父様って」

「うんまあ、かなり頑固だし、以前騎士団長してたから強いし、出来る事なら実力行使なんて状況は避けたいんだよね。誇張じゃなく必要とあれば問答無用で僕を馬に括り付ける荒い気質の持ち主だから」

「そ、そうなの。騎士団長を……」


 ミルカはどこかぎこちない。怖がらせちゃったかも。この分じゃあの山賊顔見たらもっと怖がるよねえ。ミルカが気絶とかしないといいけど……。

 しかし何と、僕の懸念は綺麗サッパリ払拭された。ミルカは両手を合わせて頬を染めるや青い両目を大いに輝かせたんだ。


「アルの苗字がオースチェインだって聞いたのに、気付かなかったなんてあたしもまだまだね」

「へ?」

「アルのお祖父様ってあのクラウス・オースチェイン様、あのお方だったのね!」

「あのお方? え、知ってるの?」

「もちろんよ! あたしの憧れの人なの。小さい頃に凱旋パレードで見て以来ずっとね」

「へ、へえ。じゃあ会ったら是非とも紹介するよ」

「やったあ! 宜しくねアル!」

「う、うん」


 どう見てもミルカの興奮はマジもんだ。うーん、貴族のお嬢様の憧れって、白馬の王子様とかじゃないの? でなければ陰のある系だったり俺様系のイケメンとかさ。

 うちの強面じーさんがとか……渋いねこりゃまた。

 でもまあ僕も大好きな祖父に好感を持たれて嫌な気はしない。むしろ身内としては光栄だ。

 ジャックとしても武術の基礎を祖父から学んだ師弟関係なだけに、ミルカの言葉には嬉しそうにしていた。まあね、誰だって師匠を誉められて悪い気はしないよね。

 早く会いたいとばかりにウキウキしているミルカの様子には、僕もジャックもちょっと気が抜けて笑ってしまった。……とは言え僕は早く来てほしくはないけどね。


 その後ジャックと共に祖父の話をいくつかミルカにしてやって、話が一段落したところで三人して黙ってゆったりと干し草のクッションに揺られた。


 暗黙の了解で休憩ってつもりだったけど僕は段々と眠くなってきた。ミルカに限らず疲れは溜まってたんだよね。ジャックも眠そうに大きな欠伸をしてる。あれは寝落ち三秒前だ。

 ふと肩に重みを感じれば、ミルカが僕に寄り掛かって眠りこけて

いる。

 穏やかな天気に合ったのんびりしたおじさんの鼻歌が、決して上手じゃあないその調子っ外れのメロディーが、何だかとても無性に睡魔を誘っていた。ああ、心地よくて瞼が落ちる……落ちた。





 おじさんの「おーい、着いたべよ~」と言う声にパチッと目を開ければ、いつの間にか農道は綺麗さっぱり見当たらなくて、目の前には見知らぬ街の外門とその向こうには街並みがあった。


「とりあえずマーブルまでで良いんだべ?」

「あ、はい」


 僕は慌てて口の端の涎を拭ってからジャックとミルカを起こして荷台を降りる。


「とても助かりました。どうもありがとうございました」


 各自おじさんに頭を下げて、ジャックとミルカもそれぞれ感謝を口にすれば、おじさんは照れたように相好を崩して片手を上げて「んじゃあなあ~」と再び驢馬車をゆっくり走らせていった。


「うちのじーさんもあの人くらい穏やかな性格だったら良かったのになあ」


 あはは、とジャックとミルカは苦笑した。少なくとも、サーガの街に入るまでは祖父も僕達に追い付く事はないだろう。オースエンドからここまではかなりの距離があるし、熟練の馬術と並外れた体力を持つ祖父がどんなに馬を取り替えかっ飛ばしてこようとも何日もかかる。祖父に空間移動の魔法は使えないし、その手の魔法具はかなり高いからあっても使わないと確信できる。


「とりあえずは、サーガ入りする前にこの街で色々と買い揃えて、あと今日はここに一泊しようよ」

「おう、サーガまでは更に一日歩かないとだしな。その前に休息と観光がてらここを見て回ろうぜ。あと久々に美味い飯を食う! これ重要な。やっぱ野宿続きだと食材限られてきて味気ない料理になるもんな」

「食事もだけど、サーガよりもこっちの方が栄えてるみたいだから、アイテムも充実しているでしょうし、それに何よりシャワー完備のふかふかのベッドで眠りたい!」


 サーガの隣街、ここマーブルの建物は、漆喰壁と縦横斜めに組まれた木骨の織りなす様が何とも独特で可愛らしい木骨造り仕様だ。

 漆喰は白だけじゃなく家人の好みによって様々な淡い色に着色されていて、目が和むパステルカラーの街並みを作り出している。


 遺跡探索の拠点にと考えてるサーガの街は今ジャックが言った通りここからあと徒歩で一日の距離にある。


 規模はこの街の方が大きいし色々と店も揃ってて便利。それにやっぱり二人はややハードだった野宿に限界を感じてたみたい。気力体力が万全になってくれるといい。


 農夫のおじさんのおかげで何とか昼が終わるギリギリくらいに着いた僕達は、腹ごしらえのために適当に目に留まった軽食屋に立ち寄っていた。今はピーク時を過ぎてるから賑わいはまあそれなりだ。

 店内は外観同様木骨造りの可愛らしいデザインを取り入れていて、女子に人気がありそうだった。現にミルカは気に入ったみたい。可愛いと歓声を上げていたっけ。


「明日の早朝に発てば、夜までにはサーガに着くわよね」


 ジュースと調理パンの載ったトレーを手にしたミルカが僕達の座る丸テーブルに座る。

 お店特製のソースが掛かったカツサンドからは、肉の香ばしさとソースの酸味香が漂ってきて相乗効果でとても食欲をそそられる。ああ昔台所でスライムにぶっかけたお祖母様特製ソースもこんな使われ方をされるべきだったと今更ながら悔やまれる……っ。

 因みに、僕とジャックもミルカと似たようなパンと飲み物を注文していた。

 勿論食べる量は彼女よりも多い。

 ここはカウンターで注文、支払い、受け取りを全て済ませる方式のお店で、後片付けもセルフ。だからこその嬉しい価格設定だ。運よくここに入れて良かった。


「言ってなかったけど、実はサーガ遺跡には古代人が遺した貴重な古代魔法陣があるの。今から見るのが楽しみだわ」

「へえ、古代魔法陣? 何か凄そうだね。――いただきます」

「どんなだろうな、俺達古代魔法なんて見たこと無いからな。――いっただっきまっす、うまそ~!」

「わざわざ食べるの待っててくれたの? ありがとう。いただきまーす!」


 まだ見ぬ遺跡への右肩上がりの好奇心を胸にしばしそれぞれの食事に舌鼓を打つ。そうして半分程美味しくお腹に入れた頃合いだった。


「なあ、サーガ遺跡にここ最近――――サイコスライムが出るらしいぜ」


 近くのとあるテーブル席から衝撃の単語が聞こえてきた。

 僕達は三人同時にピタリと食事の手を止める。

 あまりにも綺麗に動きが揃っていたせいか「何かの儀式か?」と一瞬周囲の注目が集まった。


 今、何て?

 サイコ、スライム?


「あ、あのさ、サイコスライムって、まさか僕達のこと……?」

「え? アルったら何言ってるの?」


 ミルカは彼女の予想した反応と違ったのか、暗い顔になった僕をいぶかった。たぶん道中でスライムに遭遇した時みたいに極悪顔でほくそ笑むとでも思ったんだろうね。

 僕の横では、ジャックがこちらも沈痛そうな面持ちで眉間にしわを刻んでいる。

 ミルカは益々不可解そうにした。


「いや、ミルカが前に言ってた俺達の呼称にスライムサイコってあっただろ。誰かが俺達の戦闘を目撃してて、それが語順逆に伝わったんだって思ったらちょっとな……」

「誤解です僕達はサイコだけど人間ですって説明するべきかな?」


 ミルカがやや呆れた声を出した。


「二人共ちゃんと話聞いてた? 今あの人達はサーガ遺跡にって言ったじゃない。あたし達遺跡にはまだ行ってないでしょう」

「あ、そう言えば」

「言ってたな」


 安堵してすぐに気を取り直した僕とジャックは、何食わぬ顔で耳をそばだてる。ミルカも。

 話をしていたのはそれぞれ違うお仕着せを着た二人の若い男性だった。

 そして何故か片方が難しい顔をしている。


「サイコか……。ラリッてるスライムとかやべえな」

「だろう? すっげえ勢いでブルッてるサイコスライムらしいぞ。サーガの街に問題が生じるレベルで」

「それはえーな。でもサイコだろうと所詮はスライムだろ? これまでだって遺跡じゃ普通スライムは出ていたし、問題っつってもサーガの連中だけで簡単に対処できるんじゃねえの?」

「それがなー、動きが変則的過ぎて捕捉できないんで手を焼いてるって話だ。攻撃力そのものは大したことないから危険はないも同然らしいが」

「わかんねえな、無害同然なら放っておけばいいじゃん。何でまずい事態になってんだよ?」


 何だか、話を聞いていると穏やかではなさそうな内容だった。

 サーガの街に今現在何らかの異常が生じているって事?


 すると渋い顔をしていた方が改まったように自身の両手を顔の前で組み、急に真剣な目になった。提督閣下!とか呼びたくなるような実に重々しい顔付きだ。


「それがな、そのサイコスライムのせいで、遺跡内に出没していたアンデッド達が外に追い出されて、行き場を失い夜な夜なサーガの人間を襲ってるって話なんだよ」


 あんだって!? ああいや何だって!?

 サーガ遺跡にアンデッドが出る?

 そんな話は初耳だ。

 ジャックは僕と一緒で驚いた顔をしているし、言いだしっぺのミルカも案の定知らなかったらしく、僕達三人は三人とも似たような表情になっていた。


「マジか!? あーだからここ数日サーガからの宿泊客が多かったのか。避難してきた口か」

「やっぱそっちもか。うちの宿もだよ。おそらくは今日もな。何でも、腕に覚えのある奴らだけ残って何とか踏ん張ってるって話だ。だがアンデッドとの戦闘なんて、浄化魔法を使える奴がいなけりゃ厳しいだろ。あの街にそんな魔法を使える奴が居るなんて話聞かないし、物理攻撃オンリーじゃ灰にでもしない限り何度でも起き上がってくるから無駄に体力削られるだけだろ? っても長くてあと二日三日がいいところだろうな」

「アンデッドが出没し始めたのも最近だってのに、今度はサイコスライムだなんて賑やかな事になってるな。ん? でも確か遺跡のアンデッドについては割と前に討伐依頼出されてただろ? あれはどうなったんだ? 取り下げたのか?」

「さあなあ、そこまでは俺も……。でも取り下げたんじゃなくて、たぶん誰も受けてないんじゃないか?」

「ああ、なるほど」


 へえ、知らなかった討伐依頼が出てるんだ。

 僕達は食事を中断し、統率の取れた動きでざっと席から立ち上がった。

 周囲は「踊りでも始まるんか?」とより一層の好奇の目を向けてくる。

 僕達はアイコンタクトで頷き合い、彼らのテーブルに近付いた。


「――あの、すみません、今のお話是非とも詳しくお聞かせ願えませんか?」


 僕が控え目に申し出ると、お昼休憩中だったらしいどこかの宿の男性達は瞳を瞬かせた。


「実は僕達、そのアンデッドの出るっていうサーガに行って遺跡を見学する予定なんです。たまたまお二人の話が聞こえまして……」


 いきなり声をかけてきて、しかも僕達が盗み聞きしていたと悟った男性達は、しかし冒険者然とした出で立ちを見てか、嫌な顔はせず応じてくれた。僕達が現状打開の役に立つ事を期待したのかもしれない。


「――そうなんですか。遺跡に何故かアンデッドが棲みついて、その後更に謎のサイコスライムが……。じゃあとりあえずギルドに行けば件のクエストを受けられるんですね。わかりました。お話ありがとうございました」


 要点を聞き終えたミルカが感謝を表して頭を下げた。


「「…………」」


 一方、僕とジャックは不自然に項垂れ、その下で真っ黒い笑みを浮かべていた。

 くっくっくっくっ……。(二人分)

 だってさ、だって……――これはまさかの大当たり!! 居るのはただのスライム共だと思っていたら、普通じゃないのが居るだなんてさ。強者が強者を求めるように、僕達も強いスライムを求めていた。

 肩を震わす僕達二人にミルカが若干呆れたような眼差しを向けてくる。

 男性達は気付いてない。というか、可憐なミルカに鼻の下を伸ばしていてこっちの様子になんて興味がないんだろう。

 ともあれ、降って湧いたような幸運に打ち震える心をそのままに、僕は上気した顔を上げた。


「僕達きっと、敵が一匹だろうと百匹だろうと一億匹だろうと、蟻の子いやいやスライムの子一匹たりとも逃がさず、例え逃げても必ずや地の果てまで追いかけて生まれた事を後悔する間もないほどに厳しい姿勢で以て殲滅せんめつしてみせるとここに誓います!!」


 長口上。どこかの王様の前で軍功の誓いを立てる血気盛んな武官のようではあるけど、一つ違うのはその目が野心とは違った意味での異常なギラつきに満ち過ぎてるって事かな。

 血眼? そうそれ。一応これでもやべえ奴って自覚はある。

 カールおじさんも「ハハ、おじさんも歳なのか、どうも抑えが利かなくてね……」って言ってたなあ。彼のは伐採衝動だけど。まあそれと似たようなものかな。

 隣では「アルに同じく!」と闘牛場の牛よろしく鼻の穴から発奮の蒸気を噴き出して、ジャックもる気満々だ。

 男性達は不可解と言うよりは最早突然のハイテンションに不気味さを覚えたのか、明らかに顔を引きらせている。


「俺とリリーの未来がないのはあいつらのせいだ……! 未来永劫転生なんてできないよう魂まで粉微塵にしてやるぜ!!」

「リリー? 誰だそれ?」

「しっ! おいあんま深く関わんな。藪蛇やぶへびは御免だ」


 僕達をこそサイコスライムよりも余程厄介なサイコというような目で見始めた二人だったけど、そんな些事には気付かない僕とジャックは声を揃えた。


「「――スライムの始末は当社にお任せ下さい!」」

「会社なの?」

「いや当面の問題はアンデッドだろう」


 二人は律儀にもそれぞれ的確なツッコミをくれた。


「……な、なあお嬢さん、本当にこの二人と旅してて大丈夫なのか?」

「大丈夫です。このテンションにはもうすっかり慣れました」


 案じられたミルカはミルカで、達観した仙人のような目をした。


「「が、頑張れよ~」」


 謝意を示し席に戻る僕らにぎこちない様子で手を振る二人。明らかにホッとしたような顔をしてたけど、まあ気にしない。

 そういうわけで残りの食事を掻っ込んで、真っ先に向かった先は言わずもがな、マーブルの冒険者ギルドだ。

 大通り沿いの一角にそれはあった。

 もう何度と見慣れた「固い握手」の紋章看板を頭上に、三人で意気揚々と建物入口を潜る。

 どこのギルドでも広さの違いはあれど内部の間取りは似たようなもので、入口を入ってすぐはクエスト掲示板や情報掲示板、観葉植物があったりして、その奥に進むと椅子も置かれ休憩もできる広いロビー、そして最奥が各種受付カウンターだ。


 掲示板から剥がして僕達が受付に待っていった正式な依頼書には先程話を聞いた現状とは微妙に異なる、サーガ遺跡に棲みつくようになったアンデッドの退治依頼が記されていた。


 サーガ遺跡は考古学的に調査途中の貴重な遺跡だそうで、アンデッドが出没するようになったせいで思うように調査がはかどらないからと、当初は出されたみたいだね。 


 魔物達は今や遺跡内から出てサーガの街中に出没している。


 登録されている依頼内容と現実が最早合致しないのは仕方ない。現場の状況は刻々と変化するものだし。


 でもさすがにギルドだけあって、事務処理上には上がっていないだけで、最新情報に関しては把握しているようだった。


 僕達は遺跡を含めたサーガ一帯に潜むアンデッド討伐を訂正クエストとして受ける運びになった。ただし、サイコスライムの存在は丸無視されていた。え、それでいいのってツッコミたかったけど、ま、所詮はスライムだからね。

 どうせクエストがなくても僕らが残らず倒すし? ボランティア精神万歳だね。ククク。


 因みにアンデッドは不死者と言われるけど、人の形をしている魔物であって元人間じゃあない。


 墓場から甦った元人間の不死者もいるにはいるけど、かなり珍しく尚且つ邪悪で、そういう奴らは浄化魔法に特化した教会の祓魔師が鎮めるのが通例だから冒険者クエストにはほとんど上がって来ないらしい。魔物のアンデッドと違って厄介にも浄化魔法じゃないと滅せられないんだとか。


 手続きを終え、ギルドのロビーを出口に向かって歩きながら渡された書類を何枚かめくって読んでいると、横からジャックが紙面を覗き込んだ。


「へえ、このアンデッドの集団には男女どっちの形もいるのか。そういや俺達人型の魔物って実は初めてじゃないか?」

「そうかも。ミルカはアンデッドとは戦ったことある?」

「それはまあもちろんあるわ。最初はちゃんとアンデッドだったんだけど…………」

「「ああ、スカ魔法で」」


 僕もジャックも即座に解した。ミルカはこくりと頷いた。


「うっわ~けどゾンビスライムとかって、でろっでろだったんじゃないのか? 最悪だなー」

「スライムはもともとでろでろしてるけど、アンデッドからのだからよりでろっでろだったわ」


 思い出したのかミルカは心底嫌そうにした。

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