9新メンバーは意外とぐいぐいくる
夜、約束通り宿でミルカの歓迎会も兼ねた打ち合わせを終えた。
美味しい料理をたらふく腹に詰め込んで、それぞれの部屋に戻る……つもりだった。
「お客様、お食事が済んだようでしたら、新しいお部屋のご用意が整いましたのでご案内致します」
突然宿の従業員からそう言われた。
「え? はい?」
「俺達別の部屋なんて何も頼んでないぜ?」
「わかったわ。ありがとう。さ、行きましょ二人共」
困惑していたら、ミルカがやけににこやかに応対して僕とジャックを促してきた。
え、ちょっと状況が飲み込めないんですけどミルカさんんんん?
「何かわかんないが、とりあえず付いてこうぜ」
「うん、だね」
ジャックと顔を見合わせて内心首を傾げながらもミルカの後を追った……んだけどもおおおおお?
「は!? どゆこと!? ミルカもここで寝る!?」
「ええそうよ。だって同じパーティーになったんだしね。あ、でも料金は前の二部屋分の時の合計と一緒だから安心して! あたしたちに損はないわ」
「いやそういう事じゃなくて……」
水漏れとか、てっきり宿の方の設備の不具合でも起きたのかと思ったけど全然違った。
歩きながら荷物は既に移動してあるって言われたから、仕方がなくその部屋に向かったはいいものの、何故か三人部屋で、しかもミルカの荷物まであったんだよ。
宿の従業員は僕達を案内するとミルカに部屋の鍵を手渡しながら慇懃に「それではブルーハワイ様、ご要望は以上でお済みでしょうか?」「ええ、ありがとう」とか会話してさっさと部屋を出て行った。
熟考するまでもなくピンと来るものがあって彼女に問えば、案の定全部彼女の依頼した変更だったってわけ。
上機嫌に荷解きするよう促してくるミルカは、もう就寝用の寝間着をベッドの上に広げていて僕は仰天したものだった。
そういうわけで現在僕達三人は、喜んで広い三人部屋で寛いでいる……わけもなく、お転婆娘を持つ父親になった気分の僕がミルカを前に説教を垂れようとしていた。
ジャックは自分の場所と決めたベッドの端に腰かけて、他人事のようにこっちを眺めている。ちょっとジャックも関係者でしょ~!
「あのねミルカ、いくら仲間でも女子は普通別部屋でしょ。仮にも君は貴族の令嬢なんだからこういうとこからきっちりしないと駄目だよ? わかった?」
「冒険者同士なら野宿で男女気にせず傍に雑魚寝だってするじゃない。どうして宿だと男女で分けられないといけないのよ」
「いやだってそれは……っ。あーもうジャックも何か言ってやってよ」
「え、あー、がんばれ」
「頑張れって何!? 誰の何を応援してるんだよ。君だって他人事じゃないんだけど」
「え? どうせこの件に俺は蚊帳の外だろ?」
「どういう理屈!?」
しかも何故かミルカも頷いてるし。
ああもう頭が痛くなってきた。
「この部屋はもう仕方がないとして、受付行ってもう一部屋頼んでくるから」
広い部屋を横切ってドアを開けようとすると、駆け足で追って来たミルカが背中から抱きついて来た。
ジャックがくわっと目を見開いて「後で背中への接触物への感想を聞かせてくれ……!」とか叫んだのは聞き流した。
「えっ何!?」
「折角仲間なんだし一緒にいて親睦を深めたいの!」
慌てて離れようとしたけど、がっちり両腕でホールドされてて抜け出せなかった。
これは一度大人しく話を聞くしかなさそうだ。
「いやでもさ、いくら何でも同室は……」
「アルは無理強いしないでしょ?」
「それはまあしないけど、僕は…………」
「おいそんな目で俺を見るな!! 俺だってしないって! やっぱリリーだけだって気付いたからな」
「彼女もう結婚式挙げてるかもよ」
「人妻でもいい!」
「駄目でしょそれは」
呆れていると、ジャック&リリー事情を知らないミルカはそもそも興味がないのか、するりと腕を解いて僕の正面に回った。
はー解放してくれて良かったと思う暇もなく必死な目が僕に訴える。
「お願い、傍で観察させてほしいの」
「……えっ? か、観察?」
「そう、じっくりと、隅々まで」
何か怖い言い方されてるけど!
したり顔のジャックが「何かその言い方エロいな」とか無い髭を撫でるようにしてオッサンっぽく言ったのは聞き流した。
何だか半分実験動物とか植物扱いだよねそれだと。
でもああ何だ、密着に変に意識してたのは僕だけか。ちょっと拍子抜け。
「お願い、アル! あたしは三人でわいわいやりたいの。だから早く仲良くなりたくて……」
叱られた小さな子のようにしょんぼりするミルカを前に、僕は盛大な溜息をついた。
僕もジャックも彼女には何もしないし、そもそも説得できる気がしない。僕の知る限りジャックだっていつもリリーには勝てなかった。
「……ああもう、わかったよ」
折れた。
娘に甘い父親の気持ちって、きっとこんな感じだよね。
そんなこんなで三つ並んだベッドでは、早い者勝ちの法則で最後になった僕が真ん中だった。
まあ女の子が真ん中に寝るよりは妥当かな。
もう諸々を気にしないで早いとこ就寝と決めたはいいけど、ミルカはどうしてなのか僕の方を凝視していた。
ええーと、彼女に二言はないようだね。本当に僕観察されてるよ。
「大丈夫警戒しないで、アル。襲ったりしないから」
ミルカが決意表明のように頼もしく宣言する。
いやいや普通逆だよねそれ!
「あはは、そう。それは安心だよ、おやすみー……」
「おやすみなさい」
他方、ミルカと反対のベッドからは酷い
ジャックはもう既に夢の中。
「ぼい~、ん~……」
その寝言……リリーだけとか言っといて早速昼間のおねえさんの夢でも見てるよね。
ともあれ、ささやかな就寝の挨拶(ついつい棒読みになった)を交わした僕は、明日のためにも瞼を下ろした。
朝起きると、僕の右と左には
甘い意味では断じてない。
ジャックとミルカだ。
「何で二人して……。道理でスライム壁に挟まれて絶望する夢を見るはずだよ……」
熟睡はできず、寝返りも打てなかったせいか体のあちこちが
何でベッドを間違えたのかは知らないけど、二人を起こさないよう気を遣いながらベッドを降りて、半分まだ眠い目を擦りながら顔を洗いに行く。
ああそうだついでに朝のシャワーを浴びよ。
普通ランクの宿だとお風呂完備だから嬉しい。これよりランクが低い宿だと
タオル一丁で浴室に入った僕は、まず初めに風呂場の排水口を見つめた。
ここはさすがにあいつらは出て来ない……はず。
実家でのトラウマがあるせいか、立ち寄る宿立ち寄る宿でしばらくジッと排水口を確認する癖がついちゃったよ。今の所はことごとく杞憂でどこからも出てきてないけどさ。案の定ここも安全そうだよ。
シャワーを済ませると、気分もすっきりして完全に頭も冴えた。
「ふー気持ち良かった~。やっぱ朝シャワーはいいなあ」
なんて感想を零しながら浴室から脱衣所兼洗面所に上がって、
「あ、おはようアル」
「え、あ、おはようミルカ」
爽やかに朝の挨拶を交わした。
顔を洗い終えたのか、ミルカは何でもなかったように洗面所から出て行った。
「………………」
僕は一足も二足も遅れてそっと自身の胸を腕で隠した。
え、何今の。ねえ、何今の!?
あああ鍵かけとかなかったからああああっ!
失うモノなんて無いはずなのに、何だか猛烈に泣きたい。
いやしっかりしろ。
これが逆の立場じゃなくて良かったと思え。通報ものだ。
貴族のご令嬢の醜聞なんて立てた日には実家の両親から勘当される。
そうだよ。見られたのが僕の方で良かったじゃないか。
それに、多分、ミルカ的にはどうでも良かったに違いない。
だって動揺もなかったし。
普通だったし!
一応下はタオル巻いてたし!!(ここ重要)
動揺の極みに置かれた精神をどうにかこうにか落ち着かせ、僕は服を着て何事もなかったように洗面所から出た。
「おうアル、おはよう」
「あ、おはよう」
ジャックも起きて朝の健康体操をしている。
逆光だし僕を一瞥してすぐに窓の外を向いてしまったから顔は見えないけど、声からするとぐっすり眠れたみたいだ。
ミルカはー……と。
居心地の悪さを胸に首を巡らせる。
「アル、責任は取るから」
バッチリ目が合った彼女は、赤い物が滴る小鼻を押さえながらぐっと親指を立てた。
「あー何かミルカさ、洗面所から出て来てそのまま壁に激突したんだよ」
「そそそそうなのよ
「へえ……。それは災難だったね」
ミルカの鼻血が止まってから、椅子代わりに二つのベッドに腰かけ向かい合った。
僕の向かいにジャックとミルカが並んでいる。
彼女の言葉を信じるとして、一つわからないのは、どうしてジャックは目元に青たんを作ってるかって点だ。
いつの間に?
彼もどこかにぶつけたんだろうか。この部屋そんなに出っ張りないんだけどなあ。
僕が案じるように見つめていたからか、ジャックは片目を手で隠すようにした。そのままのポーズで「邪眼開眼!!」とか叫んだら面白いのに。
「いやこれは、ちょっとボカやって」
と言いながらミルカを見やるジャック。
……んん?
「え、まさかミルカが……?」
「おっ起きたらすぐ隣にジャックが寝てたから計算狂っ……あわわわ驚いてたら、寝ぼけて抱きついて来た挙句に『リリー』って言いながらちゅーしようとしてきたの。だから咄嗟にグーパン出ちゃって」
「ねっ寝ぼけたんだよ。夢に久しぶりにリリーが出て来たんだ。微乳が大きくなったから見てよって笑いかけてくれてさっ。幸せ絶頂だったんだっ」
「それでもミルカ襲ったら駄目だよ」
「全くよ。本当ならアルに腕枕してあげておはようって流し目送る予定だったのに」
「……え?」
「ミルカお前心の声心の声っ」
僕が目をぱちぱちさせると、ミルカは何故か隣のジャックをド突いて取り繕った笑みを貼り付けた。
「あああ違うのっ、冗談っ! 今のはふざけただけ!!」
え、今のド突きがふざけただけ?
それにしてはベッドから吹っ飛んで派手に床に沈んだジャックが何か言いたそうな顔をしてるけど。
「と、とにかくそういうことだから気にしないで。あっそうだわそろそろ朝ごはん食べましょ? 自炊じゃなくて食堂に行って、ダークトレントとの戦いに備えて何か力の出そうなのを。肉とか! ね!」
何故か焦るミルカが話をぶった切って、さも今思いつきました~みたいに両手を軽く打ち合わせた。
ハハハ、意味不明な発言は空腹時の錯乱かな?
本日は天気も良く絶好の討伐日和。
僕もジャックも異論はなく、腹が減っては始まらない……というわけで三人で連れ立って食堂に向かった。
どうしたってくらいに皆でもりもり朝食を平らげた後は討伐への出発準備。
装備よし、アイテムよしで、僕は紐で口を縛った大きめの荷物袋を肩から背中にぶら下げる。
「ミルカ随分荷物多いね?」
見下ろす先は彼女のはち切れんばかりにパンパンの肩掛け
そういえば持っていく品をチョイスしていた彼女は、取捨選択が楽なように小さなものはベッドの上に広げてたけど、随分と多くのアイテムや非常食が見えたっけ。
「えっと念には念を入れてと思って。ダークトレントって結構厄介だって言うじゃない?」
その通りだ。
クエスト情報によれば、枝攻撃は猛獣の調教レベルなんて比じゃない強烈な
是非とも真下にスライム共を整列させておきたい!
「少し持とうか?」
「大丈夫。アルって優しいよね」
「それ言うならジャックだよ」
ジャックは朝の罪滅ぼしという名目で既にミルカの荷物を半分担当していた。準備を一足早く終えたらしく先に部屋を出て廊下で待っている。
「でもありがとう」
嬉しそうに微笑んで彼女は重そうな鞄の紐を肩に掛けた。
街を出て出没場所たる森へと向かう。そんなに距離もないようだったから徒歩でいいかと三人で話して決めた。郊外の森までは広い草原の道を道なりだった。
「ジャック、ミルカ、二人共頼りにしてるよ」
「おう。俺もだ」
黙々と歩くのにも飽きてきて明るく声を掛けた。ほぼ無いモチベーションが少しでも上がればいいと気分転換の意図もあった。
「……ヘマしたら、ごめん」
ミルカは魔法杖を抱きしめるようにして意外にも弱気な返事を寄越した。
新しい仲間ができた。
でも、どれくらい仲間でいられるだろう……とミルカ・ブルーハワイは考える。
討伐に張り切る少年二人の背を窺い見るようにして、俯きがちな彼女はのろのろと自らの足を動かした。
彼らはミルカがどこか元気がないと感じているのだろう、森道を進む間も時々振り返って声を掛けてくれていた。
新しい仲間はそんな風に気遣ってくれる優しい二人なのだ。
最初は、伝説の杖を使えるという利点もあって快諾した。
二人は知らなかったようだが、この魔法杖は貴族の別荘が一つ二つは買えるくらいに貴重な物だ。とりわけ魔法専門者達にとっては垂涎の品だ。
アルとジャックは元あった村の名を冠してシュトルーヴェ村の魔法杖と呼んでいたが、ミルカの知る本当の名称は違う。
――誓約破りの杖。
これが本当の杖の名だ。
彼女の持つ古文書に載っていた大魔法師ユリゲーラの杖と言うのも別名みたいなものだった。
元々ユリゲーラ本人が生み出した魔法杖なのでそんな呼び方も周知されたのだろうが、かの大魔法師が名付けたのは何故か「誓約破り」と言う何とも穏やかではない名だった。その潜在能力は計り知れないとも書かれている。
使える者も一定以上の魔法力と、そして何より杖に認められる素質が必要だとも。
実際手に待ってみても、杖に意思があるというわけではないようだが、本当のところはミルカにもよくわからない。
とにかく杖へと自らの魔力を流し、反発が無ければ認められた証だと読んだ。
因みに適合者でない者が無理に使おうとすると「爆発する」と古文書には書いてあった。それが反発らしい。怖すぎる。
読んだ当時は過去にきっと気の毒にも爆発例があったのだろうと、それ以上は深く考えないでそのページを閉じたものだった。爆発して木っ端微塵となった杖がどうやって元の状態に戻るのかも正直知りたかったが、掘り下げるのは止めておいた。
心なし杖の色が赤黒いのは何かが杖芯まで染み込んだせい……と怖い思考も過ぎったが、そこも無理に思索をねじ伏せて考えないようにした。突き詰めて考えてしまったら最後、握れなくなりそうだったからだ。
そういうわけで、昨日の昼間別行動を取ったのは、街から離れた場所で杖を一人試すためだった。
そして晴れて適合したのだが、杖からも自分が二人の仲間だとして認められたようで嬉しかった。
(でも、本当にどれくらい仲間でいられるのかな)
彼女は二人の背へと口を開きかけ、けれども咽元まで出掛かった言葉を呑み込んだ。
何故なら、彼ら二人の前の仲間とは本気で上手く行くと信じていたのだ。
自分を含め、男二人に女三人の五人パーティーで、皆明るく気さくで、ミルカが一番年下だったからかよく世話を焼かれたものだった。
それまでは、魔法学校時代も旅の途中も、いつもパーティーを組んだ相手には非難の言葉を浴びせられてきた。
『な、な、何だよ君のその魔法はあああ~っ!』
『信じらんないあんた私らに恨みでもあるの!?』
『この魔法……そうか君がここ最近現れたというパーティークラッシャーか! 仲間を危険に晒すなんて悪いと思わないのか……!?』
違う、そんなつもりはない、あれは勝手に発動してしまうのだ、ごめんなさい、と何度口にしただろう。
『こんな奴に仲間として大事な背中預けられるかっ』
『私たちのパーティーから出てってよね!』
そんなつもりはない、お願い話を聞いて、と懇願だって何度もした。全部無駄だったけれど。
向けられる敵意と
確かに自分の魔法で仲間が大変な目に遭ったのは一度や二度ではない。
しかし、あの冒険者パーティーの四人だけはそうではなかったのだ。
『ははっパーティークラッシャー? そういやそんな話を聞いた事があったかもな。だがそれが何だ? 強い魔物なんざ皆で協力して倒しちまえばいいだけだろ?』
『なあに~? だから躊躇ってたの~? おバカさんね』
他の二人も同意見を述べカラカラと笑ってくれた夜の食堂。いや、時間的にはもう酒場に切り替えての営業中だったか。
彼らはその日の昼間、とある小さな村に向かっていた途中の草原で負傷していた。そこにミルカが偶然通りかかって治癒魔法を施したのだ。
方向が同じだしと一緒に村まで来たのだが、彼らはミルカの治癒の腕を気に入ってくれて仲間に誘ってくれた。
一度は断った。
なのに諦めず夕食に誘ってくるので仕方なく付き合い、囲んだテーブル越しに今度こそ諦めるようにと自分の魔法事情をはっきりと告げた。
それを聞いての先の台詞だった。
『え……? で、でも魔物が強化されちゃうんですよ? 強化! あれが発動したら通常より面倒な戦闘にしかならないんですよ? それでもいいんですか? よくないですよね!』
仲間にだなどと、きっと冗談か形式的なもので、しつこく誘った手前やっぱやめたとは言えないに違いないと、ミルカの方からそう進言すれば、彼らは呆れたように苦笑した。
その上で一番席の近かった女性が手を差し出してこう言った。
『私たちは本気でミルカに仲間になってほしいの』
他の三人も何度も大きく頷きながら破顔した。
心がぐらついて、最終的には押し切られる形で加入に至ったのだが、それが全然嫌ではなかった。
その後は野宿の際の食事をワイワイと作ったり味見し合ったり、街や村に入れば互いの服や装備を見繕ったりと、無駄に気を遣わない関係がとても心地良かった。
実家のブルーハワイ家でもそんな風にされた経験はなかったから、彼らの隣がきっと本当の自分の居場所なのだと思い始めていた。
愚かにも。
天変地異が忘れた頃にやってくるように、裏切りの日も気が緩んだ頃にやってくるのだ。
ミルカの使う魔法には、魔物を強化してしまう悪夢の魔法がある。
そしてそれは彼女の意思によらなかった。
制御が利かず、いつどこで発動してしまうかもわからない、神の振った賽の目を予測する方がまだ容易だと言いたくなるような厄介な魔法。
家出をして一年足らず、つまり冒険者をしてまだ一年だ。にも
しかし蓋を開けてみれば実力者揃いだった彼らは、今までの仲間達とは異なり、ものともせずに強化種を打ち倒した。
それが一月二月と続けば、ミルカも安心して魔法を使えるようになっていた。
だからその日も、いつも通りだと思っていた。
遭遇した魔物はミルカの手によって意図せず強化され、昨日と、三日前と、一月前と変わりなく討伐されるのだと信じて疑わなかった。
そんな強化種が段々と距離を詰めてくる。
攻撃が及ばず、疲弊し、終には無残に惨敗した仲間の元へと。
この一匹は元々のレベルが高く、強化で更に規格外になっていた。
息も絶え絶えな四人を背に庇い、打撃を食らって内臓がやられたのか自分も満身創痍のミルカは、口の端から垂れた血を手の甲で拭った。
地面に突き刺した剣を支えに片膝を着き項垂れた者、打つ伏せている者、両肘で辛うじて上半身を持ち上げている者、立っているのが精一杯の者。
ミルカの後ろの大切な仲間達はそんな有り様で、打てる手がないと絶望した目をしている。
『あたしが護らなきゃ……!』
ミルカは使命感に突き動かされ、全力を込めた魔法を打ち出そうとイメージと魔力を練る。魔法には詠唱が付き物と思われているが、イメージさえしっかりしていればミルカのように詠唱は要らない。ただ、複雑で強力な魔法だと多少の時間が要ったりはした。そこにも個人差はあるが。
これが最後の一撃かもしれないと、ミルカは覚悟を決めた。
幸い、強力な魔法の気配に怯んだように魔物は動かない。
『皆、あたしが時間を稼ぐからその間に逃げて!』
必死に叫んだミルカはしかし、応答がないのに疑問を持った。
誰も、疲れて返事ができないのだろうか。
それでも不用意に敵から目を離す事も出来ず、魔法を完成に近付ける。
ここは荒野の開けた場所だが、逃走距離を稼げば十分に戦闘を離脱できるはずだ。だからミルカもそれをも念頭に魔法を展開したのだ。
『よし、ほとんど完成だわ。皆はちゃんと逃げ――』
余裕ができ肩越しに振り返って、愕然とした。
『み……んな……?』
四人は期待通り魔物から逃走してくれたようだった。
その証拠に、誰の姿もない。
ただ、ここは荒野なので見通しも良く姿が見当たらないなんて事態は考えられない上に、負傷した人の足で離れられる距離も高が知れている。
だが、姿がなかった。
四人とも。
最後に見た四人の顔がチラついた。
強者を前に心が折れた目の中には、ミルカへの嫌悪や怨嗟が滲んではいなかったか。
お前なんて仲間にしたせいでこうなったと、責めの言葉を内包してはいなかったか。
確か、とても高価な転移のアイテムを一つ、誰かが持っていた。
それはミルカと出会う前に購入した物で、定員設定は四人までだった。
――見捨てられた。
何も言われなかったのがかえって、罵詈雑言を浴びせられた時よりも堪えた。
『何で……いつも、こう……』
昨日まで、今朝まで、冗談を言って笑い合っていたのに……。
パーティーライフはあっけなく終了。
ミルカが明らかな隙を見せていたからか、彼女の魔法に警戒を示していた強化種が全身をバネのように使い大きな跳躍を見せた。
眼前に、規格外の魔物が肉薄する。
動く度にプルンプルン揺れるそいつが。
ミルカは、これが自分が招いた凶事だと自覚している。
でも、望んだわけじゃない。
決して。断じて。
彼女は瞬間的に沸騰し爆発した激情を攻撃魔法に上乗せた。
『何っでこうなるの! お前もっこんな魔法もっ、大っっっ嫌い!!』
一瞬にして出現した巨大な火球が魔物を呑み込み、燃やし尽くした。魔法を増強する効果のほぼない、術者の能力をそのまま反映する魔法の小枝を使ってこの威力は相当の実力者だ。
これで増幅作用のある魔法杖を使ったら一体如何ほどになるだろうか。
最初彼らだってミルカのこの優秀さを買ってくれたのだ。
結局はこの優秀さ故に壊れてしまった関係だけれど……。
立ち尽くすミルカの頬を濡らしていた涙が全て乾き切る頃には、魔物の変じた魔宝石さえ燃やし尽くし周辺を焦土と化した炎も下火になっていた。
荒野に吹き抜ける風で煽られるローブの裾と栗色の長い髪。
長かった髪は、毛先が焦げたせいもあってその場でバッサリと落とした。
きっと実家の者が見たら卒倒するだろう。
それを想像したら逆に胸がすいて、そんなどこか歪んだ自分に苦く笑った。
アルとジャックだって、皆と同じに決まっている。
そう決めつけていたら、予想以上に変な……いや人の好い二人だった。
もしかしたら、或いは、と希望を抱くくらいには。
だからこそ大事な事は初めに言っておくべきだったのに。
――もう遅い。
魔物の強化魔法の話も、それがランダム発動のせいで魔法を使うのが怖いだなんて事も……。
討伐当日、今更では、もっと言い出せない。
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