これはよくある異世界F(旧題:僕の無双はスライム限定)

まるめぐ

第一章 仲間とスライム

1家の排水口からスライムが湧くんですけど……。1

 この世界に魔王はいない。


 正確には、もういない、だけど。


 人類と魔王との間では何万年と一進一退の攻防が繰り広げられてきたらしいけど、終に四千年ほど前に時の勇者が倒したって話だ。


 それは僕らの歴史の教科書にもきちんと載っていて、だけど討伐までの流れは歴史家によって諸説あるらしい。まあ最早神話扱いだよね。だって何万年何千年も過去の話なんてさ。

 それで、魔王完全消滅後のこの世界はめでたしめでたしとっても平和~……かと思いきやそうでもない。

 だって親玉不在でも、その手下の魔物たちはめっちゃ蔓延はびこってる。


 一例を挙げれば、スライムとかスライムとかスライムとっかっねっっ! ……はあっ、はあっ、叫び過ぎて息切れた。


 魔物の中でも強い個体は最早個人の手に負えないくらいに強いって話だし、そういう奴には国を挙げての討伐隊が出されたりもする。

 その主な構成員は王国騎士や冒険者で、凶暴な魔物相手に渡り合える彼らが一般人を護ってくれている。魔物討伐には強さが全てだ。だから棺桶のお世話にならないよう彼らは日々の鍛練を欠かさない。


 まあ、勇者とかその一行が居ればまた別なんだろうけど。


 だけど現在、勇者に認定される逸材は現れていない。


 僕はその辺詳しくないけど、何らかの条件を満たす者が勇者と呼ばれるようになるんだとか。

 勇者が現れたのは直近だともうかれこれ百年も前らしい。

 その勇者は凄腕の冒険者だったって話だ。


 こっちの話に戻すと、現在僕も冒険者をしている。ま、勇者云々は僕には関係ないけどね。


 一応はオースチェイン伯爵家って貴族の後継ぎだし、広くはないとは言え先祖代々受け継いできた領地の運営運用についても学ばないといけないから、本当は危険と隣り合わせの冒険者なんてしている暇はなかったんだけど、どうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしてもどうしても世界から消滅させたい魔物がいるんだから仕方ない。

 僕はそいつらを木っ端微塵じゃ生温い、目に見えない塵芥にしてやりたい。それはもう分子レベルでさ。

 もしもそうしないままに死んだら、何かの煮こごりみたいに未練が濃厚にこの世に残って悪霊になりかねないって自分でも思う。


『父さん母さん、奴らを滅さないと心労で僕は早死にすると思う。そうなればこの家は僕の代を待たずに断絶……ううっ、ごめん涙が……っ。嗚呼僕は何て親不孝な息子なんだろうね』


 だからある日の晩餐でそう言って両親を泣き落としにかかった。

 どうしてそんな一世一代の演技をしてでも僕が討伐のために旅立たねばならなかったのか、そこには涙と冷や汗なくしては語れない前日譚がある。






 僕、アルフレッド・オースチェインは生来穏やかだと言われてきた。


 怒鳴ったり喚いたりは稀……というか記憶にはないし、自分でも根本的にそのような人間だと思っていたし、この先もこの気質は変わらないと思っていた。


 ――――奴らが現れるまでは。






「くっそおおおおおおおー! 何なんだよこいつらはあああ!」


 僕は怒り狂いながらデッキブラシを振り下ろす。

 ぐにゅっと変なグミでも潰したような手ごたえがあって、叩き潰された物体は弾けるようにボワンと音を立てて消えた。

 後には小さな宝石が残される。


「もいっちょおおお!」


 ぐにゅっ、ボワン!


「こなくそッ更にもいっちょおおおお!」


 ぐにゅっ、ボワン!


「はいさよなら最後の一匹いぃっ!」


 ぐにゅっ、ボワン!


 合計四つの煌めく黄色い石が、灰色の石床に残された。

 僕は現在、家の広い風呂場で腰にバスタオルを巻いただけの半裸姿で両肩を大きく上下させていた。

 一度に二十人くらいは余裕で入れる、そんな大浴場でだ。

 手には、使用人が風呂掃除をする時に使う用具入れから取り出したデッキブラシ。


「いい加減にしろーっ、ゆっくり風呂にも入れないのかこの家はあああー!」


 大絶叫しながら僕は視界の端に新たにうごめくものを認めた。

 正視すれば床にある排水口の奥からそいつは出てこようとしている。


「まだ居んのかこのくそスライムーーーーッ!」


 金属製の重い排水口蓋の細かい網目の奥からむにゅるるる~っと器用に体をミミズっぽく変形させて出て来たそいつに、しかもそいつが本来の形状を取り戻す前に、僕は目を血走らせて思い切りデッキブラシを振り被った。


「おっらあああああああああーーーーっ!!」


 例に漏れず、ぐにゅっ、ボワン!






 この国は魔法の有無が生活水準にも影響する。

 日々魔法を使って瞬時にシャンデリアの蝋燭に火をつけたりと快適に過ごす者もいれば、何度もマッチを擦ってと魔法のない地道な生活を送る者もいる。

 前者は魔法の才能に恵まれた者かそういう者を大金で雇える裕福な家で、後者はそれ以外、まあ言うなれば国民の大多数がそうだ。


 大雑把に分ければ、前者は貴族で後者は庶民。


 因みに僕の実家オースチェイン家は貴族だけど、地方の辺っっっな山間地オースエンド村に本邸を構える地理的不便さもあって、未だに槍を手に鹿や猪を追う古代の狩猟民族みたいな生活で……って違う違う、家人達は不思議と魔法を使える者ばかりだし、領民たる村の住人も然り。結構快適に暮らしている。

 まあだからと言って魔法に頼り切りな生活じゃない。この村は昔ながらの農耕を主体とする長閑な場所で皆せっせと毎日野良仕事に励んでいる。まあさ、魔法で楽ばっかすると体が鈍るからちょうどいいエクササイズなんだよね。……アハハ見てると三回に一回くらいは魔法で農具を動かしてたりはするけど。


 そんなわけで他の地域と比べて魔法使える人率の高い少々特殊なうちの村は、見た目こそ古くても実は隅々までインフラがしっかり整備されている。


 あ、因みに「魔法使い」じゃなく「魔法使える人」って言ったのは、魔法使いは正式な資格取得者の称号だからだ。細かい点だけど。


 蛇口を捻ればすぐに水が出てくるのは全国共通の水道技術の賜だけど、魔法のおかげで熱いお湯だって出るってわけ。朝イチで快適な温度のシャワーを浴びれるし、食事だってお手軽に温まる。冷蔵冷凍も何のその。……まあ食事の度にいちいち使ってたら疲れるからほとんど誰もしないけど。魔法の系統の得手不得手もあるしね。


 オースチェイン家の現当主は僕の父親で、爵位は伯爵位。


 前当主の祖父はこの上なく健在だけど、爵位を父に譲ってからは「ああようやっと堅苦しい義務から解放されたわ~っ」と自由に各地を飛び回っていてこの屋敷にはあまり帰って来ない。

 オースチェイン前伯爵なんて言われれば立派で聞こえはいいけど、実物は「貴族? え、お宅傭兵ですよね?」と言われるような恐ろしく屈強な老人だ。実際どこかで言われたらしい。

 祖父が逞しいのはかつて王国騎士団に所属していて、騎士団長なんてしていたからだと思う。因みに団長職はとっくに引退した。


 自分で言うのもなんだけど、お行儀の良い貴族令息のテンプレみたいな金髪に細身の僕とは全然違う。


 唯一似ている所と言えば、光の当たり具合によって螺鈿らでんのように変化する不思議な瞳の色だけだ。玉虫色とも言えるかな。


 この目は一般的にはあまり知られていないけど、変光眼って学術的な名称は付いているらしい。


 とにかく独特なもので、ここオースエンド村で生まれた直系子孫にしか受け継がれないらしい。


 現在家族内では僕と祖父しか発現していない。


 まあこの話は置いとくとして、灰色の古風な石造りの大きな邸宅には貴族の屋敷に定番の庭もあって、芝生や花壇、低木が整備されている。

 ただ、庭師も含めた使用人は他の貴族の屋敷と比べると、規模の割にだいぶ少ない。魔法でどうにかできるし、そこまできっちり貴族的な生活にこだわらないって言うのもあるけど、さすがは倹約好きな家だよ。

 その証拠に、家門の歴史は古く何十代も前の当主の日記なんかも書庫には所蔵されていて、大半がいつどこでどのくらい値切れたとかいうドヤ顔倹約日記らしい。結構紙魚しみに食われているようだし、僕はまあ興味がないから一生目を通さない代物だろうねーははは。


 そんな実家で平穏に暮らしていた僕の生活に異変が現れたのはいつだったか、細かな日にちとかはもう忘れた。


 十になるかならないか、そんな時期だったと思う。


 異変とは何か?


 ――家の排水口からさ、スライムが湧いて出るようになったんだよ……。


 ゴキブ……いや例えるならこっち、シロアリよろしく巣を作っちゃったんだよね。

 しかも何か僕がいる時にだけわざわざ潜んでいた排水管の奥からうにゅらうにゅら出て来る。他の家族や使用人の時には絶対に出て来ない。

 子供だと思って侮られていたに違いない。

 大人だとベベチッと手で叩き潰されて一発駆除だから。


 家でスライムに初めて遭遇した時は確か、三日三晩の激闘……と言いたいけど一日完徹の末に僕が勝利した。


 へへっ運命の出会いは台所で!なーんて相手が美少女だったら手料理の一つも御馳走してもらうところだろうけど、相手は何を隠そうスライムだ。下手するとこっちが逆に食われるよ。


『ぎゃー! なななな何これ何これ気持ち悪い!』


 当時の僕はドブ色と言うか汚泥の色をした掌大のスライムと涙目で対峙したっけ。

 排水管から這い上がってきてシンクの中にいるスライムとここまで合うかって程ばっちり目が合った。つぶらな瞳……だろうとスライムはやっぱり魔物。

 魔物は人を襲うし、基本的に歯のある奴は人を食う。

 そんな相手は、捕食対象の僕に恐ろしい笑みを向けて来た。


 にたあ~~~~っと。


『うわああああ歯がある! 塩ッ塩かけると小さくなるっけこれえええ!?』


 その日両親は「相手持ちで夕食会」とホクホク顔で出払っていて屋敷には家族が誰もいなかった。祖父は前述の通りいつ屋敷に戻るかわからないし、祖母はそんな祖父に同行している。

 故に、唯一の跡取りとして、僕はここで何とかしなければと使命感に駆られ人生初の戦闘を開始した。

 だって使用人達を護るのは僕の役目だって思っちゃったんだよね。


『うえええ塩効かない!? ならおばあ様特製自家製ソースでどうだ! ええッ効かない!? どころか美味そうにペロペロしてる! じゃあ今度はマヨネーズ噴射あー!』


 勿論、効くわけがなかった。


『ひいいいいッ』


 シンクの中で見た目が更にでろっでろになったスライムを見て、僕は戦慄するほかない。

 ああ普段の穏やかな坊ちゃまは何処に行ったのか。

 それでもここで諦めたら終了だと思えば、諦めず立ち向かった。


『アル坊ちゃま? 今凄いお声が致しましたけれど何か……?』

『こっちに来ちゃ駄目だあああ!』

『え? あらスライムですか? でも普通は外の草むらとかにいるはずなのにどこから……』

『排水管から!』

『あらまあ』

『って何でそんなに冷静なの!?』


 シンクの壁にジャンプして体当たりし出したスライムの様子に追い詰められていた僕は、誰も近付かないように厳命した。

 ぶっかけた塩とソースとマヨネーズが撥ねて周囲に汚く飛び散っている。


『ああああせっかくの綺麗なキッチンがああ~ッ』

『アル坊ちゃま、頑張って下さいね? もう駄目だと思ったらお呼び下さいね?』


 顔を覗かせた使用人の一人は微笑ましそうに僕を見て台所から出て行った。


 軽ッ。

 何か色々と軽過ぎない!?

 けど、きっと僕を混乱させないように彼女も努めて冷静に振る舞ってくれているんだ!……と子供ながらにそう思った。

 今になって思えば、スライム一匹にじたばたしている未熟な僕を応援してくれていたんだろう。

 加えていつでも加勢できるように準備して陰から温かく見守ってくれていたに違いない。

 僕は、とうとうシンクから飛び出てべちょっと調理台の上に乗っかったスライムに、調味的な攻撃ではなく力学的な攻撃を加えようとまな板を手に取った。


 スライムは僕を見て、にたあ~っとまた笑った。


『そこ退いて僕に野菜を切らせろおおおおおッ!』


 まな板高速フルスイングが炸裂し、バゴーン!と音を立てて奴は飛んでった。

 た~まや~。

 息を切らしてブツが飛んで行った方向を見やれば、家の壁にぐにゅっと広がった不思議生命体は、次にはボワンと消えた。

 カランと音を立て床に綺麗な石が落ちる。


 魔物は死ぬと綺麗な宝石のような物――魔宝石まほうせきになる。


 何故かは知らないけど、それが世界の理なんだろうと深く考えた事はない。


『や……やった、倒した。倒したあ! これでやっと夕飯が食べれる!』


 この家は貴族なのに自炊が当たり前で、いかに安く毎度の食事を調達するかを考えるのもオースチェイン家の一員としての高貴なる義務だった。この時も安上がりな夕飯の準備をしようと茹で野菜用の水を汲もうとしたところで現れたスライムだったんだよね。ホント迷惑ったらなかったよ。

 とにかく初撃退に大きく安堵していた僕だった。しかしふと気付いた。

 シンクの奥、蓋の閉まった排水口から新たなスライムが、今度は少しサイズの大きくなったそれがめりめりめりょ~っと体を変形させて出て来るのを。


『またきたあああああ!』


 その後、もう二匹ほど別のスライムが現れて、僕は倒すのに苦労した。

 家庭菜園で収穫したばかりのラディッシュの入れ物を片手に、ウサギよろしく生野菜を前歯でカリカリかじり作戦を練り、雑魚寝した睡眠の間は冷蔵庫にどうにか奴らを閉じ込めた。

 うち一匹は冷凍庫に入って、朝にはスライムアイスができていた。解凍したら勝手にボワンと消えてくれたので労せず倒せたのは幸いだった。


『ただいまー。あらアルフレッドは?』

『お帰りなさいませ奥様。坊ちゃまはただ今スライムと台所で交戦中でございます』

『まああ!』


 翌朝になって帰宅した奥様……つまり僕の母親は大きく目を見開いて両手を口元に当て、震えた。


『どうした?』


 遅れてやってきた父親が母親の肩を抱く。


『あの子もスライムと戦えるくらいに大きくなったのね……!』

『何だって!? そうかついにあの子も……!』


 嬉し涙。

 ハイ心配ゼロ、そういう教育方針なんですーうちはー。

 僕のためを思って手を出さない両親から陰ながら見つめられた数時間後、何とか缶詰めやら冷蔵庫の残り物やらで食事をやり過ごし残らず奴らを駆逐した僕は、ふらつく足取りで台所を出た。

 燃え尽きたぜって達成感を胸に廊下に出たものの、僕はマラソン終了後に倒れ込む選手のようによろけた。あ、転ぶって思った。

 そんな僕を逞しい腕が支えた。


『あ……おじい様? いつ、お戻りに……?』


 あはっ、当時は可愛らしく「おじい様」なんて呼んでたっけ……。

 今は当時の健気さの欠片もなく「じーさん」呼びだ。


『アルフ、よく頑張ったな』

『うん、おじい様。だから、あの…………排水管の高圧洗浄と消毒、して下さい』


 そう最後に言って当時の僕は気を失った。


 天井や壁、床に色んな物が飛び散った散々な台所は、家族と使用人総出で丸々一日かかって綺麗にした。

 屋内で戦闘する時は汚れる前にるに限る、との教訓を得た出来事だった。


 ああしかも、排水管の高圧洗浄はしてもらえなかった。


 嘆かわしい!

 何故か?

 検査したもののスライムが見当たらなかったからだ。

 無駄金は使わない……とは祖父の座右の銘。

 ふう……わかってない。


 奴らスライムは狡猾なんだよ!!


 増築や改築を重ねた結果、迷路のように複雑に曲がりくねった我が家の排水管の構造を誰よりもよく知るのは奴らだ。当然、死角なんかも心得ている。ざるも然りの抜けのある検査じゃ到底見つかるわけがない。

 奴らはお尻(←あんの?)をペンペン叩いて笑いながら範囲外に逃げたに違いない。生温い方法じゃ見つかるわけがないんだよ!

 その出来事から、早何年。

 僕は十六歳になった。


 あれ以来、スライムは僕の元にほぼ毎日出没している。


 決まって、排水口から。


 完全なめられていた。 

 さすがに毎日となれば屋敷の皆も僕が洗面所や風呂場、台所にいる時のスライム出没を目撃していたけど、今はもうさっさと倒す僕の姿を見て危険性はないようだと対処してくれない。


 ……現在まで、日々のストレスは半端ない。


 ただ唯一の救いはスライムが上水管じゃなく排水(下水)管に寄生していた点か。本当に良かったと思う。

 でなければ僕は今頃家で手も洗えないような辛い日々を送っていたよ。まあそもそも出てくんなって話だけどね。

 今も洗面所で顔を洗ってたら、水の入った重い洗面器を持ち上げて出て来た。

 僕は洗面器の僅かな振動を察知してすぐさま飛びのいたけど、まだ泡が付いていたからそれが目に入って物凄く痛かったなあ~。


「目があ~! チクショーお前のせいだあああ!」


 怒りの涙で泡を押し流した僕は真っ赤に充血した三白眼で洗面器をひっくり返してざばあああーっと奴に水を掛けてやり、その底辺でバゴッと強打。

 脳天直撃ハイ昇天!

 スライムはすぐさまお星さま~……じゃなく黄色い魔宝石になった。

 僕は次が出て来ないうちに手早く顔を洗い終える。


「毎日毎日複数出て来て参るよ。ほんっとうちのスライムは無尽蔵なの?」


 ……って、うちのスライム?

 違う違う今の言い方じゃあ愛着が湧いたペットに対するみたいじゃないか。痛みでつい変な事口走っちゃったよ。

 あっはースライムを飼うなんて死んでも有り得ない!

 倒しても倒しても倒しても倒しても出て来る厄介な方々だよ。


「しかも五種類くらい出て来るし。新種のやつ出てきたら発見者として冒険者ギルドに突き出して命名権得てやる」


 ぶつくさと文句を垂れつつタオルで顔を拭いていると、


「あらアルフレッドどうしたの青筋なんて立てて……ってああまた出たのねスライム」

「母さん。今退治したとこ」

「あらっ今回のはちょっといい石じゃない!」


 入って来た母親は何でもないような様子で黄色い石を手に取った。黄色でも微妙な色味の違いを見抜いている。さすが腐っても貴族というか、魔宝石であれ宝飾品類の真贋しんがんを見る目には狂いがない。


 同じ種の魔物でも倒して得られる魔宝石の色や大きさは個体によって微妙に異なり、それは当然買い取りランクにも直結する。


 魔宝石には魔力が含まれていて、その手の買い取り人や換金所があるんだよ。


 石のランク分けは基本的に七段階に分かれる。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫が基準の色だ。この色分けは七色虹の配色でもあって、両端の赤と紫に近いほど高価とされ、真ん中の緑や黄色周辺は安価とされている。

 人類の歴史の中には黒や白の石も例外的にあったようだけど、現存しているかは知らない。

 石の色の違いはそのまま魔力含有率を表していて、赤や紫の物ほど沢山有し、大きな物ほど相対的に量も多い。強い魔物ほど倒すとそういう高価な宝石になる。


 僕のせいか祖父がケチなせいかこの何年かで魔宝石の目利きになった母親は、普段ふわっとした息子が凶暴化する=スライム出現って等式もとっくに把握している。


「これ貯蓄に回しておくわね」

「ああうん」


 母親はほくほく顔で石を回収する。


 でもさ、スライムとは言え家に魔物が出る深刻さを微塵も理解してないよね。


 それは父親も祖父母も同様だった。ホントどうなってんのこの家?

 キッチンの棚にストックしておいたお菓子を齧られた時の僕の悔しさなんてきっとわからない。あの時はうっかり一匹見逃してたんだよねー、ハハハ……。


「ねえアルフレッド、どうせなら半日くらいここにいたらどう?」

「何で?」

「だってあなたがいる時にしか出て来ないでしょう? 配管奥のスライムがいなくなるまで一所に留まっておびき寄せればいいんじゃない?」

「……目的は魔宝石でしょ母さん? あの排水管スライム無尽蔵っぽいからやるだけ疲れる。嫌だよ。と言うか完全にいなくなってもらうためにはやっぱり高圧洗浄と消毒が最善」

「無尽蔵!? まるで金貨の溢れる宝箱じゃない!」

「……学校あるから」


 僕は手にしていたタオルを掛けると、洗面所を後にした。


 完ッ全スライムに毒されてますね!

 目の色っていうか目が金貨になってたよ。

 とにかく僕はまた一段とスライムが嫌いになった。

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