囚われの身で

キヨ

囚われの身で

 ふと、昌也まさなりは目が覚めた。

 先ほどの記憶がない。一体ここはどこだ? 昌也は首を傾げようとして、気がついた。腕が、後ろに縛られている。

 「(そうか……。俺はあの時……)」

自嘲気味に、昌也は笑った。そう、昌也は背後から襲われていた。

 「(俺は捕まったのか。まぁ、そういう仕事だ)」

昌也の職業はボディーガードである。今回は特に護衛をしていないときだった。いわゆるオフである。

 「(護衛対象がいなくてよかったな)」

しばらくそんなことを考えていると、男が一人やってきた。男の手には、鞭が握られている。

 「ようやく目覚めたか。藤堂昌也とうどうまさなり……」

ぞっとするような笑みを男は浮かべたが、昌也はじっと男を睨み付けた。

 「俺を殺したいか? 恨みか?」

昌也はボディーガードの仕事もこなすが、暗殺の依頼も受けていた。だが、昌也が暗殺の依頼を受けている、というのは上層部しか知らないことだ。

 「恨みもあるが……。貴様ほどのを殺せる俺は幸せ者だ」

 「、ねえ」

そこまで言って、昌也も嫌な笑みを浮かべた。

 「俺は今、縛られている。一体どうやって俺と勝負するつもりだ? 若造が。聞いて笑わせるな」

 「笑わせられるのはこっちだ。俺は、鞭という武器を持っている。藤堂、貴様は何も持っていないだろう?」

男は鞭をしならせた。昌也が舌打ちした。

 「おい!」

誰もいないはずのドアに男は声をかけた。すると、数人の男達が出てきた。昌也を襲ったのは一人だけではなかった。

 「この男の体を起こしてそこに縛り付けろ。俺は例のモノを持ってくる」

そう言い残すと、おそらくはリーダー格であろう男は去って行った。代わりに、数人の男が昌也を囲んだ。

 「俺にそんな趣味はない。消えろ」

昌也はきつい声で言うのだが、男達はいとも簡単に昌也の四肢を拘束した。さすがの昌也も、これでは動きようが無い。

 「畜生……」

目を反らし、昌也が呻いた。その言葉を聞き、やって来たリーダー格の男は、にやりと笑った。

 「まったくおもしろいな。藤堂昌也……」

そしてまたもや鞭をしならせる。昌也は男を見据えた。

 「殺したければ、さっさと殺せ。俺なんか護衛対象の犬に過ぎない……」

そんな昌也を、無慈悲にも、男は鞭で叩きつけた。周りの男達はにやにや笑っている。

 「そう簡単に殺すかよ。貴様は俺の友人を殺しただろう? それ相応の仕打ちは受けてもらうぞ」

ふと、男の言葉に、昌也は疑問に思った。なぜ、暗殺を請け負っていると知っているのか。

 「俺はただのボディーガードだ。人殺しなんかしていない」

 「嘘をつくな!」

さらに男は昌也の体を鞭で打ち付ける。

 「嘘ではない……」

きっぱりと言うのだが、やはり男は昌也の裏稼業……暗殺を知っていたようだ。男はポケットから、小さな注射器を取り出した。

 「これを打てば死ぬ。貴様も分かるだろう?」

そこで男は言葉を一瞬止めると、

 「数秒後に自動的に心臓が止まる。そうなれば心肺停止状態だ。意識があるうちにな。さぞ苦しいだろうよ。だがな、俺の友人は貴様のせいで死んだ。藤堂、貴様も苦しみを味わえ!」

ただ、黙って昌也はその光景を見ているしか無かった。体を動かそうにもまったく動かせない。このときばかりは、ボディーガード兼暗殺の依頼を請け負う身である昌也も、ぎゅっと目を閉じた。

 と、そのときだった。昌也に注射しようとしていた男は倒れていた。昌也は男を見やる。心臓を撃ち抜かれている。そして、銃を抱えながら、男が走ってきた。その男とは……、

 「九条くじょう!」

昌也の同僚兼後輩である九条時久くじょうときひさだった。時久は大型のスナイパーライフルを持っていた。

 「藤堂さん。大丈夫ですか?」

時久はにやりと笑いつつ、小首を傾げた。

 「大丈夫そうに見えるか? 九条?」

眉間にしわを寄せ、昌也が呟いた。そんな昌也を見た時久はさらに笑う。

 「藤堂さんらしくないですね。空手の達人である藤堂昌也がこんな簡単に捕まるなんて。ま、とりあえず俺が縄を切りますから」

時久はポケットに入っているナイフを取り出し、昌也を拘束している縄を切っていく。

 「それにしても藤堂さん」

時久がぶっきらぼうに言った。

 「何だ?」

 「ボディーガードである俺達が暴漢に捕まっちゃ元も子もないですよ」

 「悪かったな、どうせ俺は年寄りだ」

ふん、と鼻を鳴らし昌也がぼやいた。すると時久はゆっくりと首を横に振った。

 「年齢のことを言った訳じゃないんですよ。俺が言うのも何ですが……」

そこで時久は言葉を止めた。

 「ボディーガードとしてどうかと思いますよ」

その言葉に、昌也は何と言っていいか分からなかった。

 「俺は……! 疲れてるんだ、お前に俺の気持ちが分かってたまるか!」

いつの間にか、昌也は声を荒げていた。時久が少しだけ後ろに下がった。

 「確かに俺には藤堂さんの気持ちは分かりません。ですが、同僚もとい、俺は藤堂さんの後輩です。だから、藤堂さんの気持ちを理解したいと思っています」

真っ直ぐな瞳で、時久は昌也を見つめていた。

 「まったく今の言葉は九条らしくないな」

そう言って、昌也は乾いた笑みを浮かべた。

 「さて。縄も切り終わりましたし、帰りましょうか。藤堂さん」

面白がって、時久は自分より身長の低い昌也に手を差し出す。が、昌也は首を横に振った。

 「そういうことはせいぜい奥方……、吉乃きつのさんにしてあげろ」

 「藤堂さんは冗談が通じないんですね」

 「うるさい。じゃ、帰るぞ。九条」

昌也は踵を返した。その後を、時久は慌ててついて行く。そして一言、昌也の耳元で囁いた。

 「この出来事……、一条いちじょうにも話しておきますよ」

 「ばっ……、一条には話すな! あいつに話すとうるさいからな!」

顔を真っ赤にしながら、昌也は大声を出した。そんな昌也を見た時久は、

 「よかった。藤堂さんが元気になって」

と一人、昌也の見えないところで微笑んだ。


おわり

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