得るものは少なく、苦難は多く

『エント』

人と木が混ざったような姿の種族。

人型魔物。森の賢者、または、森の教育者。

若いエントは根を下ろすまで旅をし、再び自分の故郷に帰る。エントのいる森は栄えると言われる。

また、エントの振り下ろす根っこの一撃は、大陸にひびを入れる程と言われる。

エントは、生まれ持っての知的好奇心を持っていて、それは生涯変わらない。

また、エントは木を傷付ける者を嫌い、エントに嫌われた者は森に喰われると言われている。


「……というのが、今回の結果ですね」

円卓を囲んで座る俺達。

羊皮紙にはエントに関する情報が多く載っている。

その中から、俺達はもっとも知るべきことをまとめた。

「つまり、エントはガリベンって言うことか」

「ガリベンというのは分かりませんが、生まれついての賢者様ということなのですね」

ランは羊皮紙に書かれた文字を熟読していく。

対する俺は、ランから聞いた話を羊皮紙に書き残している。

ちなみに、ヨーンとラミージュはいちゃついている。ラミージュが一方的に。

「なあ、ラン。さっき書いた通りならエントって動けないよな? それなのにどうやって人を殺すって言うんだ」

「簡単です。森の生き物全てに伝える、それだけです」

「森の生き物全てに?」

「はい、エントは森の父です。森の賢者様が悪いと言えば、森全体にいる生き物はその人を悪いと信じ攻撃する事でしょう」

深緑色の目をこちらに向け、少し厳しい口調で言う。

つまり、エントにとって森とは体の一部ということか。

「う~ん。そんな奴を元気付けるのか」

元の世界にエントと近い存在と言えば、都知事とか総理とか。

そんな大物を元気付けるというのだから相当に骨が折れる。

「ところで、森の賢者様を元気付ける事と、動物園を開園することと何が関係するんだ?」

俺はヨーンに頬擦りするラミージュに向き直る。

紅い瞳をこちらに向ける。

「そこに書かれているように賢者殿にとって森とは子であり心臓じゃ。賢者殿に恩を売ると言うことは、森ひとつを味方に付けるということでもある。

うぬが悩んでいる魔物の逃走も、賢者殿が助けてくれること間違いなしじゃ」

のう、可愛いヨーン。と彼女に同意を求めるが、当の本人は涎(よだれ)を垂らして眠っている。

つくづく器用な奴だと感心する。

「じゃあ、気合い入れないとな」

「そうですね、でも、一番の問題はどうやって元気付けるか、ですよね」

ランの言うとおり、元気付けるために何をするか、それが今回の難題であった。

俺が腕を組んで悩んでいると、金髪が横を通り円卓から羽ペンと羊皮紙を手に取った。

「なら、こういうのはどうじゃ」

サラサラと羊皮紙に何かを書くラミージュ。

書き終えた彼女は、満面の笑みで羊皮紙を円卓に叩きつける。

「ん? 何々」

1、ランを賢者殿に会わせる。

2、『おじいちゃん大好き!』と言ってもらう。

3、賢者殿はデレデレになり、元気が付く。

「ぜっ! 絶対言いませんよ」

円卓を両手で強く叩き、席を立つラン。

彼女の顔は真っ赤になっていた。

「何故じゃ? 儂ならすぐにでも元気になるぞ」

「それは、ラミージュ様だけでしょう!」

「可愛いラン、御主が小さい時に儂に良く言ってくれたの。おかげで儂は毎日幸せじゃった」

過去を思い出してか、ラミージュはうっとりとしている。

対してランは、「それは小さい時の話しではありませんか!」と吠えていた。

さすがラミージュ、ランをいじるのが上手い。

ここまで気が乱れたランも中々可愛い。

「僕は、賢者様に子守り歌でも歌って寝かしつける方が良いと思うな」

と、目覚めたヨーンが提案した。

「寝かしつける? 何で?」

「あそこって毎日うるさいでしょ、きっと寝れないと思うんだよね。だから子守り歌でも歌って、ゆっくりとしてみる方が元気が出ると思うんだよね」

木が睡眠をとるのかこそ知らないが、ヨーンの言うとおり、ゆっくりしてみるのも悪くないと思う。

「ちなみに誰が歌うんだ? ヨーンか?」

「僕は止めとく、歌ってると眠くなるもん」

ヨーンは半目で断った。

それって、お前がそうだからっていう話しじゃない?

「私は、美味しい料理を食べていただきたいですね」

今度はランが提案する。彼女らしい提案だ。

「美味しい料理をいただけばきっと元気も湧いてくると思うんです」

彼女の瞳はキラキラと輝いている。

確かに俺も、ランの料理を食べると元気が湧いてくる。

「それは無理じゃの」

ラミージュはすぐに否定した。

「何故ですか?」

「エントに食という文化が無い。料理を作って持ってきたとしても、きっと賢者殿は食べるという発想を思い付くことはないよ」

「そうなんですか」

ガックリと落ち込むラン。

どうやら相当自信があったらしい。彼女の耳も尻尾も垂れている。

「して、小僧はどうじゃ? 何か思い付いたかの」

ラミージュにそう言われるが、何も思い付かない。

「堅く考えずとも良いぞ。御主がいた世界の方法でも良い」

そう言われ、俺は自分がいた世界で見ていたものを口にする。

「……漫才かな」

漫才? と、俺以外のみんなが口を揃える。

「漫才というのは、何ですか?」

「う~ん、何て言うんだろ。ボケ役とツッコミ役に分かれて面白い事を言うんだ」

そこまで言うと何だか遊びっぽいが、内容としてはまあまあ的に当たってる、はずだ。

「でも、森の賢者が喜ぶかどうか……」

「きっと喜ぶぞ」

と、ラミージュが自信満々に言った。

「賢者殿は知的好奇心に飢えておる。知らない文化や知識を教えることは、賢者殿にとって何よりの栄養じゃ。

きっと、その漫才とやらも気に入るじゃろう」

ラミージュに褒めてもらった。しかし、漫才とはそう甘くない。

「無理だと思う。ネタを書くのもそうだけど、まず相棒を見つけないと」

「相棒ならいるではありませんか」

と、ランがにっこりと微笑む。

え? 言ったけ? その様な人物どこにも……。

「……ルンちゃん?」

「そうです! お手玉の練習だって凄く息が合っていました。きっと上手くいきますよ」

俺は苦笑した。確かに、猿と漫才をすることはできる。

しかし、その相手がルンちゃんとは……。

「ランは上手くいくと思うか?」

「はい! ルンちゃんと唐真様なら、きっと素晴らしい漫才が出来ると思います」

尻尾を振るラン、彼女の期待に圧倒された俺は首を横には振れなかった。

しかしこれが、俺達が出した最強の一手でもあった。

「はぁー、これから大変だな……」

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