見た目で判断出来ないもの

「ではでは、私達人型魔物の説明をしますね」


 ランはハキハキとした表情でそういった。

 聞く側である俺はというと、振る舞ってもらった料理に満足し、その余韻に浸っている。先程の美味しそうな香りの正体はシチューだったんだなと1人納得する。


「私達は祖先にあたる魔物、精霊、あるいは人間が何らかの理由によって人の形を得た魔物何です。私の場合、クーシーという御先祖様が主の命によって戦争で相手を騙し、殺すためにこの姿になったと言われています。と言っても、今はそんな事しませんけどね」


 可愛くウィンクするラン、それを見て俺はドキッとしてしまう。悟られないため顔を隠すように横を向く。


「え~と、つまりランは狼人間みたいなものか? 満月を見ると変身する奴」

「満月を見て変身する、というのは良くわかりませんが、まあそうです。狼人間みたいなものです」


 なるほど、と俺は頷き彼女を見た。

 深緑色の眼、銀色の髪と尻尾。ポニーテール。人間離れした白銀の美しさ。それはまるで、何人も届かぬ月の様な華麗さだ。

彼女の着るポロシャツの様な服と膝まで丈のあるスカート。素朴な印象を受けそうだが襟元にある可愛らしいリボンやスカートに刺繍された羊のような動物によって全体的に明るく可愛らしい。

 狼の血を引く彼女だが俺的には子犬の様な愛らしさの方が彼女に合ってる気がする。


「次はこの大陸について説明しますね」

 テーブルの食器をどかして地図を広げる。

「これがニルディア大陸。私達のいる大陸です」

 ランが指し示す広大な大陸。そこには知らない森や街等の名前が載っている。


 元の世界とは本当に違うんだと改めて実感しつつ、見たこともない世界に心を踊らせる。

それは遠くへ旅行に行くときの高揚感みたいなもので、知らないからこそ知りたいという無い物ねだりみたいなものにも似ている。

「ここを見て下さい」

 ランに促され、人差し指が示す方に注目する。

「ここが私達の住むハスパード領土内にある『賢者の森』です」

「領土? 賢者?」


  知らない単語が次々と出て来て頭がついていかない。地理と歴史と英語が合わさった様な説明に若干目眩がした。

「とりあえず、この家は森の中にあるんだな」

「はい、そうです。後、賢者というのはですね……」

「良し、よーく分かった。分かったからここまでにしよう」


 「そうですか?」とラン。

 親切に教えてくれている事には感謝している。しかし、情報があまりに多過ぎて処理仕切れない。

 俺はここで、そもそもの問題、ここにいる根本的な事を質問した。


「そもそも俺は、何で呼ばれたんだ?」

 とりあえず魔王退治ではない。ランの様な魔物達の誤解を解く事、と彼女は言った。

 言ったけれど……。


「誤解を解いて欲しいのは分かった。けど、それって誰の誤解を解くんだよ」

「……」

 ランはさっきまでの明るい雰囲気を消した。

 どこか追い込まれているような、悲しそうな、不安そうな眼をしていた。尻尾も今回だけはしょんぼりと垂れている。


「えっと、……何て言うか、その……」

 口ごもったランは表情を曇らせる。まるで苦汁でも飲まされたかのように口を開かない。視線だけがキョロキョロと動いたと思えば口を開けてパクパクとさせる、それはまるで言葉を選んでるみたいだった。

「その、私達みんなを……」


 ドンドンッ! 扉の方からけたたましい音がして、俺とランは同じタイミングで振り向いた。

 ランだけが一歩下がる。

 表情は青く肩身を震わせる彼女。まるで扉の先に凶暴な熊や狼がいると確信しているみたいに怯えている。


「どうしたラン、顔色悪いぞ」

「だ、大丈夫、です……」


 明らかに大丈夫じゃないランは、一歩、また一歩と、見えない橋の上を慎重に歩くように扉へと向かう。気のせいか、彼女の尻尾が逆立って見える。

 取っ手を手にしたランは大きく深呼吸をする。気持ちを整えているのだろうか。

 意を決めたのか、ランは恐る恐るという風に扉を開ける。


「邪魔する」


 強引にランを押し退けこの家に入ってくる男。整った髪と髭、特徴的なつり目。そして鎧。

 俺やランよりも巨大な男が、無愛想な顔で俺や部屋を一瞥する。

男は一度俺を見てムッと眉を上げる。それはまるで珍しい動物か何かを見たような反応だ。


「こんなところにも客は来るんだな」

 フッ、と鼻で笑うつり目の男。


 何だよこいつ、気持ち悪いな。というのがこの男に対する第一印象。しかし俺は、男よりも鎧に目がいく。無数の擦り傷と切り傷、鈍く光る鉄はちょっかいを出すかのようにチラチラと光を反射する。

 ランを見た時も驚いたが、今回の衝撃は確信じみた納得感を備えていた。もうコスプレとかドッキリだとかで自分をごまかし切れない。それ相応の現実味(リアリティ)が目の前に展開していた。


「まあいい。徴収だ。早く出せ」

「はい、少し待ってて下さい」

 ランは憂鬱そうな表情で階段を小走りで上って行った。一体何を怖がっているのか、俺には分からない。

「おい小僧」

「何だよ」


 初対面で小僧と呼ぶ文化があるのかも知れない、そう思って怒りをぐっとこらえる。

さっきから見てて思ったが、この男から敬意だとか善意などを一切感じない。こういう態度を取るのが普通なのかと思いたくなるほどに、男の態度は失礼なものだった。


「こんな所にいたら殺されるぞ」

「はあ? 何で」

「あいつら魔物はそういう奴らだ。人の事など食料くらいにしか思わない哀れな生き物だ」

「そんなことないッ‼」

  椅子から勢いよく立ち上がった。さっきから嫌な奴だとは思ったがまさかランをそういう風に見てたとは、俺は腹が立ち、男を睨み上げる。

「魔物は、少なくともランはそんな奴じゃない!」

「フン、どうかな」

「お前ッ!」

「吉原様ッ!」

 そこで、小袋を持ったランが降りてきた。彼女は俺と男の間を割るかのように入り手の平に置いた袋を差し出す。


「はい、今月分です」

 男はひったくるようにランの持つ小袋を受け取る。もちろん礼など言わない。

「……確かに受け取った」

 中身を確認した後、男は扉に向かって歩いた。


「訂正しろよ」

 男の足が止まる。

「……誰をだ」

「ランをだ」

 男は面倒臭そうにため息を吐く、心底嫌そうな顔をしてこちらに向き直り、出来の悪い生徒でも見るかのように呆れた視線を送る。


「そこの小娘か? ふん、どういう訳か知らないようだな」

 男はこちらに面と向かい、次の事を言った。

「そこの女が隠していたあの猿の魔物によって、怪我人が出ている。奇跡にも死者はいないがな」

  聞いた俺は、驚きはしたものの、だからと言って視線を外さなかった。

「ふん、度胸はあるようだな。だが、そいつが起こした悲劇は消えない」

 男は言いたい事だけ言った後、そのまま立ち去った。


 くそッ! 本当に腹が立つ。

「吉原様。良いんです」

 表情を見て悟ったのか、ランは俺にそう声をかけた。

ほぼ息だけの声には、悲しさや諦めに似た何かが加わっている。


「あの兵士さんが言った事は事実です。あの子によって怪我をした人が出ているのも事実です」

 あの子というのは、さっきの男が言った猿の魔物のことだろう。


「悪い子ではなかった、けど、どういう訳か騎士団が知っていて、あの子、きっと怖くて暴れたんです!」

 その場に崩れるラン、必死に訴える彼女の目には涙が浮かんでいた。


「でも、確かに隠していたのは私。差別は前よりも酷くなりました。理解してくれる人なんてどこにもいませんでした」

 魔物だから、と彼女。


「そういって、みんな離れていくんです。危ないから、って……」

  嗚咽(おえつ)する声が聞こえる。きっと、俺には想像出来ない過去があったのだろう。


 けれど俺は、許せなかった。

「ラン、このままで良いのか? あいつが言った人物のままでいいのか」

「よくありません! でも、過去は変えられません」

「なら未来を作ろう」


 えっ? とランが振り向く。

「お前は悪い奴じゃない。まだ出会ったばかりだからそこまで知らないけど、でも、お前が悪い奴じゃないっていうことを、少なくとも俺は知ってる」

「吉原様……」


 何も知らないのに勝手に危険人物扱いさせられる。こんなに人間らしくて、料理も上手いのに、それを知らずに決めつける。

人を見た目で判断するな、ということわざがある。もっともだと俺は思う。

悔しさが、俺の背中を押した。

「よし、決めた」

「はい?」

「俺、ランが言っていた魔物に対する誤解を解いてみせるよ」

「……本当ですか?」

「ああ、誤解してる奴ら全員に教えてやる、ランや、ランみたいな優しい奴もいるって」

「うぐっ、あ、ありがとうございます」

 ついに涙が零れた。どこにも向かうことのない力を泣き声にして、泣いている。

 本当に辛かったのだろう。あの男が向ける差別の視線にさらされながら、逃げたい気持ちを抑えながら、不安な気持ちを抱えて気丈に振る舞ったのだろう。


「ラン、約束するよ」

「ぐすっ、……約束、ですよ」

 すると、ランと俺との間に羊皮紙が現れる。その羊皮紙をランがそっと掴む。


「何だ? その紙」

「……あっ!」

「どうした?」

 えへへ、と少し赤い顔で舌をペロリと出すラン。一体何がえへへ何だ?


「先程の約束、契約として成立しちゃったみたいです」

「……」

 ……はっ?

「これからよろしくお願いします、唐真様」

 全然意味わかんねぇ⁉

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