手の届く距離

佐方ゆうり

手の届く距離


 高校生にとって文化祭とは、待ちに待った楽しいイベントのはず。少なからず僕はそう思っていた。だけど、この先輩は椅子に座って本を読んだまま 動こうとしない。

「先輩、少しは文化祭の準備を手伝ってください!」

「後輩くん、女子に力仕事をさせるとは、男としてどうなのだい?」

「意地でも手伝わない気ですね……」

 僕は教室に飾り付けをしながらため息をついた。

 ここは、僕が通っている高校のクイズ研究会の部室。今は文化祭でやる早押しクイズ大会の準備中だ。

「早押し大会なんかに人はこないよ」

 本から目を話さずに先輩は言った。

 先輩はあまりこういうイベントに興味はないらしい。頭脳明晰で眉目秀麗、どこか浮き世離れしたこの先輩と僕とでは、見えてる景色が違うのかもしれない。

 トントン

 僕の意識はドアのノックによって現実に引き戻された。

「失礼します、生徒会ですが文化祭でやるイベントのことでちょっと伺いたいんですけど」

 そう言ってきた彼女は、控えめなノックの音と比例するかのように大人しそうな人だった。

「だそうです。先輩お願いします」

「仕方がない……」

 いくら、面倒くさがりな先輩でも部長としての責務はしっかり果たすのか、気怠そうに立ち上がった。

 どうやら先輩たちは、生徒会室に向かったらしく話し声は聞こえなかった。

「先輩が戻ってくる前に、飾り付けを終わらせよう」

 僕は一段と仕事のペースを上げた。


 しずかな教室に扉の開く音が響いた。

「お帰りなさい、先輩。どうでしたか?」

「あぁ、実に退屈だった。」

 そう言って先輩は僕の目の前の椅子に腰掛けた。

「君は教室の飾り付け終わったんだな。」

 教室を見渡しながら先輩は言った。

「はい、終わりましたよ。一人でやるのは大変でした。」

「そうか、じゃあ今日はもう帰るか。」

 僕の嫌み交じりの言葉を無視して先輩は、帰り仕度を始めた。

「先輩ちょっと、待ってください!」

 眉をひそめながら先輩は言った。

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「実は僕、気になることがあるんです!」

 経験則からか、先輩はうんざりしながら言った。

「きみの、気になることは大概長い。また、今度にしてくれ」

「今回は短いですからお願いします! 一人で飾り付け頑張ったんですから。」

 さすがに先輩も、飾り付けを押し付けたことを悪く思っているのか悩んでいるようだ。

「わかった、その代わり手短に頼むよ。」

「もちろんです!」


「さっき、入ってきた生徒会の女の人いたじゃないですか。」

「いたな、それがどうした?」

「あの人、上履きをはいていませんでした!」

「たしかに、彼女は学校貸し出しのスリッパを履いていたな。」

「もっと、おかしいのはその次です。9月なのに冬服を着てたんですよ!」

「ふむ。たしかに、少しおかしいな。」

「先輩! 何でだと思いますか?」

「いやいや、何で冬服を着てたり、スリッパを履いていたりしたことが私に分かると思うんだ。」

 たしかに、自分でも無茶ぶりだと思ってる。だけど、僕とは見えている景色が違う先輩なら、僕が思いもしないような答えに導いてくれる、そんな気がするのだ。

「先輩は、あの人に何かおかしなところを感じませんでしたか?」

「おかしなところか……。そういえば、彼女耳に障害があるのかもしれないな。」

「障害ですか?」

「あぁ、聞こえる大きさで話していたのだが何度も聞き返されてね。」

「なるほど……」

「しかし、何できみはこんなことを知りたがるんだ?」

 先輩のその疑問に僕は自信満々に返した。

「そこに、謎があるからですよ! クイズ研として謎があるなら挑まなきゃ!」

「きみのほうが部長に向いてるよ……」

 あきれられてしまった。だけど、僕に謎を解く才能がないのは分かってる。だから、いつも先輩に頼ってしまう悪い癖だ。

「もっと、彼女で気になったことはないのか? さすがに情報が足らなすぎだろ」

 たしかに。僕は、彼女のことをもう一度思い出した。

「そういえば、足に包帯してました。」

「包帯か……、なるほど。」

 先輩に何か思い当たったことがあるらしい。

「これは、あくまで私の推測だからあまり当てにしないでほしいのだが……」

「もちろんです!」

 やはり、先輩はすごい、これだけの情報で仮説を立てるなんて。

「彼女は、虐待を受けているんじゃないだろうか。」

「虐待ですか!」

 思いもしない言葉に思わず大きな声をあげてしまった。

「あぁ、上履きは買ってもらってなく、包帯は虐待のあとを隠すため、冬服も同じ理由だ。」

「じゃあ、耳が聞こえずらいというのは?」

「虐待を受けている人は怒鳴り声などが精神的ストレスになっているらしく、耳が次第と聞こえにくくなっていくそうだ。」

「じゃあ! 彼女は今も虐待を受けているんですか?」

「虐待のあとがあるということは、そうかもれないな……。」

「どうします? このこと先生に報告しますか?」

「いや、私の推測だから確証はない。それに、これは私たち高校生が踏み込める領域じゃないだろ。」

 そうかもれない、だけど高校生の僕たちにだって、できることはあるのではないか?

「さぁ、今度こそ帰ろう。高校生は高校生らしく自分の手の届く範囲のことをやればいいのさ。」

「はい……」

 たしかに、先輩の言うとおりかもしれない。だけど、高校生の僕らにできないことはないと思う。ただ、みんなしないだけ。僕たち高校生の手は、もしかしたら大人よりも遙かに長いのかもしれないのだから。




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手の届く距離 佐方ゆうり @ryu0801

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