第3話 川辺のバンシー
思わず固まってしまったけど、今度はモーザがいっしょだ。ひょっとしてわたしみたいに、なんとかジャックに追いかけられてるのかもしれない。
木立の中を泣き声の聞こえる方へと進む。どうやら城壁の外からみたい。壁づたいに進むと、崩れて外に出られそうなところを見付けた。
水の音が聞こえる。城のすぐそばには小川が流れていた。泣いているのは、小川のほとりにうずくまってる女の子のようだ。念のため、様子をうかがう。水の中から伸びた手に足をつかまれてるとか、そういう怖いことにはなっていないみたいだ。
「あの……大丈夫?」
女の子が顔を上げる。くすんだ緑色のワンピースに、短い灰色のマント。亜麻色の長い髪。泣きはらして目が真っ赤になっている。
「領主さまー!!」
またか!? 押し倒されんばかりの勢いで抱き付かれる。うあああああ……涙と鼻水でパジャマの胸元がべとべとになってる。
「……ひょっとして、あなたバンシー?」
「そうです、ご領主さま」
当たりだ。モーザと違い、お話で読んでイメージしたとおりの姿をしている。洗い物はないけど、泣いてたってことは、これから誰かお亡くなりになるんだろうか?
「この辺で、お葬式でもあるの?」
「ひさかたぶりに新しいご領主さまが来られたのが嬉しくて……」
「なんだ、うれし泣きか。じゃあ人が死んだりはしないんだね!」
なぜか目をそらすバンシー。おかしいぞ。逃げないように肩をがっしりつかむ。
「わたしはこの城のご領主の家系のバンシーだから……」
「なに? どういうこと?」
「……領主さまの寿命が、少し短くなったかも、みたいな?」
「みーたーいーなーじゃーあー、なーいーよー!!」
肩をつかんで揺さぶると、じんわり涙目になったので、あわてて手をはなす。……泣きたいのはこっちだよ。
「で、でも。わたしみたいな不吉な妖精ばかりじゃなくて、富や名誉を与えてくれる妖精もたくさんいますから……」
これからご領地のなかでも出会えますよと続けるバンシー。わたしたちのコントを分かっているのかいないのか。楽しそうな顔でモーザが眺めている。
そうだね。わたしを捕まえようとした鉄枷ジャックだけじゃなく、城まで無事に送ってくれたモーザとも会えたんだから。
「わかった。わかったから、もうできるだけ泣かないでね?」
ぐずるバンシーをなだめつつお城に戻る。幸い、すぐに鍵のかかっていない扉を見つけることができた。使用人の部屋だろうか。粗末な机と数脚のいす。薪をつかうストーブ……かな。すぐ隣の部屋は厨房みたい。
長いあいだ使われていなかったようで、どこもほこりまみれ。なんか思ってたのと違う。
とほうに暮れるわたしをしり目に、バンシーはランプを見付けて灯りをともすと、水がめに水を満たし、机といすを拭きあげ、簡単な傷の手当までしてくれた。
「……ありがとう」
「お安いご用です!」
どれだけ縮んだのかはわからないけど、減らされた寿命にくらべれば確かに安いのかもしれない。でも、お城を手に入れたとはいえ、わたし一人ではこの部屋に入ることも出来ずにあきらめていたかもしれない。
モーザは机につっぷして、うとうとしている。お茶かミルクと、ちょっとしたお菓子でも用意できればいいのに。そんなことを考えながら部屋の中を見回していると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう? お城は今に今ままで無人だったし、あたりに人の住んでいるようすは無かったのに。
バンシーは保存食でもないかと厨房のほうに行ったきりだし、モーザは眠そうにしっぽをたらしている。扉は二度叩かれたのち、静まり返っている。奥のほうからバンシーが、ごそごそと物を動かす音だけがひびいている。
これは……出ないほうがいいんだろうなあ。
それでも、何もないことを確認しておきたい。
息をひそめ足音をしのばせ、ゆっくり近づいて扉をうすく押し開ける。
外にいたのは小柄な人影。でも、なんかシルエットがおかしい。
ズボンをはいた女性らしいその人影をよく見ようと、ゆっくり扉を開けた瞬間、いきなり顔に液体をぶちまけられた。
「なにこれ!? 生ぐさッ!!」
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